西側企業 供給網再構築の年 米『中国外し』インフレ拍車
2023年の世界経済のポイントは、次の点だ。①08年のリーマン・ショック以来、超緩和的金融政策を実施してきた主要国中央銀行は、昨年、高インフレに直面して引き締め政策に転換。高インフレ、引き締め、いずれも今後も当分続く。②高インフレの背景は、世界経済が「需要不足型」から「供給不足型」へと転換したことにある。
主要中銀の引き締めへの転換には3つの重要な意味がある。第一に、金融政策の決定は政治判断に左右されやすくなる。もし価格と賃金がすべて同率で上昇したなら、デノミネーション(デノミ)のように価格単位が変化するだけなので、経済への影響はない。インフレが経済に影響するのは価格、賃金の上昇率がばらつくからで、低所得者の賃金は上昇率が低く、購買する商品の価格は上昇率が高い傾向があるため、インフレは低所得者の生活困窮を生む。そのため「庶民」から利上げを求める声が上がる。
しかし利上げは、消費、投資などの総需要を減らすことでインフレを抑える。それで不景気が生じれば、困窮するのは生活基盤が不安定な低所得者だ。利上げをしても、しなくても庶民の不満が高まるために政治家は困惑し、中央銀行に混乱した指示を下す。その結果本格的な利上げが遅れ、1970年代の米国のようにインフレの長期化を招くこともある。
第二に、金融緩和時と違い、引き締め時には中央銀行が資産を買い支え、金融システムや政府財政の窮地を救うのが難しくなる。イングランド銀行(中央銀行)が利上げを進める中、英国蔵相が不用意な減税策をほのめかして英国債の価格下落が止まらなくなり、トラス前首相が50日の最短記録で首相を辞任した事件が状況変化を象徴する。金融緩和時なら、中央銀行が国債購入を増やすだけのことと市場は割り切り、さして問題とならなかった。
第三に、インフレがどれだけ長期化し、経済に打撃を与えるかは原因に依存する。需要の過剰な盛り上がりだけが原因なら利上げで抑えられる。現在のように構造的供給不足も原因の場合には、経済への打撃を弱めるために利上げに手心が加わりインフレは長期化する。
供給不足の構造要因の第一はエネルギーギャップ。昨年2月のロシアのウクライナ侵略でエネルギー不足が浮上したが、その背景に構造要因があり、ロシアはそれが深刻になるタイミングで行動した。脱炭素化の世界的認識の高まりから、近年再生可能エネルギー投資は拡大した。それでも、再エネが主力になる2030年代までのエネルギー需給をつなぐためには、化石燃料の増産がまだ必要だった。ところが再エネとは裏腹に、化石燃料への投資は金融市場には不人気で停滞する。この結果、エネルギー需給の不安が高まったのだ。
ウクライナ戦争により、西側にはさらにロシア産化石燃料からの脱却の必要も生じた。現状でロシア産石油の国際需給からの追い出しを強行した場合、米国のシェールオイルやサウジなど中東の石油生産余力だけでその不足分を補えるかは疑問で、需給ひっ迫は深刻となるだろう。このため西側はロシアからの石油輸入を続けながら、同時にロシアの石油収入を減少させる「両得」を狙い、ロシア産価格に上限を設ける制度を昨年末から開始した。
パイプラインで運ばれるロシア産ガスに依存する欧州連合(EU)は、ロシアがガス供給削減に踏み出したため、今後のガス備蓄の積み増しに不安が生じ、今秋正念場を迎える。 それでEUが液化天然ガス(LNG)の確保に奔走すればLNG国際価格が上昇し、日本へもその悪影響が広まる。
供給不足の第二の構造要因は、国際貿易原則の地政学重視への転換だ。中国を「国際秩序の再構築を目指す意思と力を持つ唯一の競争相手」と名指しした米国の戦略がこの転換を促している。
中国への西側の新技術提供を停止させることで、中国の産業、軍事技術を「ガラパゴス化」させ、先端産業でも、軍事力でも西側に挑戦できなくすることを米国の戦略は狙う。具体的な対策は「半導体」に向けられ、中国に新製品の半導体を供給した企業を米国の補助金の対象から除外したり、人工知能(AI)、スーパーコンピューターに関わる半導体技術の輸出を禁止したりする政策がすでに決められている。
米国のこの行動を、中国は世界貿易機関(WTO)に提訴した。それに対して米国は、トランプ政権時代に続き、「安全保障」を目的とする保護貿易措置なら黙認するというWTOルールを盾に方針を貫くだろう。まさに国際貿易の根本原則が、経済効率から経済安全保障に転換したことを象徴する出来事だ。
現在、中国は世界的な供給網(サプライチェーン)の中心的役割を担っているが、米国の政策の結果、今後技術の更新が止まり、中国産半導体の品質の劣化と高価格化が起こるなら、中国産半導体を掲載した中国製部品にも劣化と高価格化が起こり、日本を含めた西側企業は、中国を外したサプライチェーンの再構築を図らなければならなくなる可能性がある。安価で高品質の中国製品がこれまで低インフレの良好な世界経済環境を支えてきた以上、中国製造業の後退による高インフレ環境への転換で世界経済は長期的に苦しむだろう。製品の需要先としても、供給先としても重要な中国との取引の減少は、日本経済にとり痛手だ。
他方、世界経済全体から見て、中国製造業が後退した穴は、他の国の規模拡大で埋める必要がある。候補となる国は限られ、日本は先頭だ。はたして日本の製造業に中国の穴を埋める潜在力があるか。日本にとっても、世界にとっても、それが今後の再浮上の鍵となる。
(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2023年1月06日号より転載)
お問い合わせはこちら
テーマ・タグから見つける
テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。