対中政策 西側結束に暗雲 米の先端技術規制 EUが疑念

2023/02/07

ウクライナ危機により、世界は米国を中心とした自由体制(西側)とロシアを中心とした強権体制(東側)に二極化するだろうか。西と東の間を揺れ動くインドや中国のような第三極がいるために、世界情勢はより複雑になるはずだ。第三極をうまく利用すれば、西側は東側に対してさらに有利に立つ。しかし第三極への対応で西側内の方針が分かれれば、西側そのものの分裂の危険が生まれる。

経済活動の基本は自由経済。これに加えて民主主義や人権の尊重など政治、社会面での価値観を共有することが、西側の構成国になる「条件」だ。西側との貿易、投資を通じて経済大国に成長したインド、中国などの第三極は、政治、経済で独自の路線を維持したいために、この条件の丸呑みを拒む。といって第三極に共通した価値観はなく、中印は軍事的にも、価値観でも対立する。西側の提示する条件への不同意だけが両国の共通認識だ。

第三極の存在は、時に西側にとり便利だ。ウクライナ戦は西側とロシアのエネルギー戦争でもあり、欧州連合(EU)はロシア産石油の完全禁輸を目指す。しかし、主要国すべてがロシアからの石油輸入をやめる強い制裁を実行した場合、産出量世界三位のロシアの石油供給が国際需給バランスから消えることになり、供給不足は今よりさらに深刻になる。それゆえ中印が対露制裁に参加せず、ロシア産を買い続けることは需給緩和につながる。しかも、交渉力の強い中印がロシアの石油を買い叩くため、ロシアの石油収入も減少する。西側にとって一挙両得だ。ウクライナ戦争で、いずれ停戦の機会が生まれた時には、中立的な立場の第三極、とくに中国の調停能力がその実現の鍵になるだろう。

ロシア製の戦闘機やミサイルに依存し、化石燃料でもロシア依存が強いインドは、ロシアとの関係の深さで中国に劣らず、国際舞台ではロシア批判を避けている。それでも台湾や南太平洋での軍事行動をちらつかせる中国と比べて、警戒不要な国と評価される。そのため、工業インフラ、熟練労働力、政府の工業化支援などで中国に劣るにも関わらず、中国からインドへの生産拠点の移転を模索する西側企業が増えており、インド経済は好調だ。

その中国をどう位置付けるかが、西側の政府と企業がいま一番頭を悩ます問題だ。これにつき、①敵国と見なす、②警戒が必要な第三極と見なす、③警戒が必要ない第三極と見做す――という三つの選択が存在する。ウクライナ戦争までは西側企業は第3の考えに立っており、たとえば米アップル社は最先端の主力生産拠点を中国の「iPhone(アイフォーン)シティー」に長年掛けて築いた。しかしバイデン政権が昨年、「半導体支援法」を成立させたのに続き、「人工知能(AI)とスーパーコンピューター」向け半導体技術の中国への輸出禁止を打ち出したため、日本を含めた中国とのビジネス関係の深い国々は早急な見直しと対応を迫られている。

米商務長官の昨年12月の米誌へのインタビューからすれば、米政府の中国の位置付けは「警戒が必要な第三極」だ。ウクライナ戦が証明したように、現代戦での鍵は、ミサイルについても発射数ではなく、標的の位置情報を正確に掴んだ上での着弾精度の高い攻撃だ。それゆえ中国の台湾への侵攻意欲をくじくには、中国に対して米国が頭脳戦での圧倒的優位性を維持することが不可欠。だから先端半導体輸出規制は必要。他方、経済自体を貧困化させ戦争継続を困難にするのが目的の「敵国」ロシアへの政策と異なり、中国に対しては経済そのものの貧困化は必要ない。そう商務長官は説明する。

脱中国対策の実行困難さから、西側産業界では米国の対中規制の緩和への希望が強いが、米政府の意図は明確で、共和党もそれを支持する。中国が台湾政策を根本から転換しない限り対中規制は緩和されないだろう。この点につき米政府は、半導体の競争力を持つ同盟国の支持も取り付け、半導体装置の対中輸出規制に日本、オランダの企業も応じる見込みだ。

むしろ、米政府が「中国経済そのものの貧困化を目指さない」という方針を貫けるか、それが問題だ。アジアの安定を覆す台湾進攻は絶対防ぐべきだが、米政権の戦略では、先端技術規制でそれは可能だ。この規制自体実施されれば、中国に主力生産拠点を持つアップル社のように存亡の危機に立つ企業も出てくる。だが、先端技術規制を超えて世界二位の中国経済そのものの弱体化を目指すなら、世界経済への悪影響は計り知れない。

中国の「需要」は世界経済を支える重要な柱だ。2008年のリーマンショックの不況からの世界経済の早期回復には、中国が実施した4兆元の景気刺激策が大きく貢献した。低価格で高品質な製造品の生産拠点である中国の「供給」は、長年にわたる世界経済の低インフレ環境の土台だった。中国経済の沈没は、高インフレ、低成長の悪環境を招きかねない。

前トランプ政権は中国を「敵」とみなし、経済弱体化を目指す政策を進め、無秩序に中国製品への追加関税を賦課した。バイデン現政権になり、対中政策の目標がようやく明確になったが、現政権もトランプ時代に無秩序に導入された追加関税をいまだ撤廃していない。

「半導体支援法」や、グリーン分野の投資促進を目指す「インフレ抑制法」に、米国は自国産業への投資補助を盛り込む。米国は、台湾防衛にかこつけて製造業での一人勝ちを狙っているのではないか。この疑念を強く持つEUは、加盟国が産業補助をしやすくする規制緩和で対抗する模様だ。対中政策での方針の相違は、西側の結束を乱す要因になりかねない。

(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2023年2月03日号より転載)

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