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GDPデフレーターが低下するインフレ

2015/08/13

◆GDPデフレーターが示すもの

少し理屈っぽい話から始める。GDPは国内総生産の英語の頭文字だが、その意味は「一国の中で生産されたモノとサービスの(付加価値の)総合計」のことだ。生産されたものは販売され、誰かが需要し購入する(在庫の増加は生産者が購入したと想定する)から、生産=購入(需要)が成り立つ。GDP統計が発表されたときに、個人消費、設備投資、輸出などがどれくらい増えたかという内訳が発表されるが、これはGDPを需要(購入)面から捉えたものだ。

さらに、生産されたものを誰かが購入すれば、売り手は所得を得る。したがって、生産=購入(需要)=所得という関係が成立する。これをGDPの三面等価という。つまり、GDP(国内総生産)は最終需要の総合計でもあるし、経済主体(家計と企業と政府)が得た所得の総合計でもあるのだ。

次に、「名目GDP/GDPデフレーター=実質GDP」という関係を考える。デフレーターというのは価格を示す指標だが、GDPデフレーターはGDPの需要項目である個人消費や設備投資などの個別の需要ごとのデフレーターを総合したものだ。しかし、そう説明しても理解しづらいことは否めない。

そこで、GDPデフレーターは次のようなものだと考えるともう少し分かりやすくなる。GDPデフレーター=名目GDP/実質GDPだから、三面等価を考慮すれば、「GDPデフレーター=名目総所得/実質総生産」と読み替えることができる。つまり、GDPデフレーターとは「実質生産1単位当たりの名目総所得」のことだと理解できるわけだ。

「GDP=国内需要(個人消費、設備投資等々)+輸出-輸入」という関係があるので、輸入の減少はGDPを増加させる。このことから、たとえば原油の輸入価格が下落すると、輸入デフレーターが低下し(小さくなり)、逆にGDPデフレーターは上昇する(大きくなる)ことが分かる。原油価格の下落で国内の物価が下落している時に、総合的な物価指標であるGDPデフレーターが上昇することに違和感を覚えるかもしれない。しかし考えてみると、実質生産が変わらなくても輸入コストの低下によって国内の経済主体の所得が増えるわけだから、「実質生産1単位当たりの名目総所得」は大きくなる。GDPデフレーターの上昇は、国内の名目所得の増加を意味しているのだ。

◆財政が引き起こすハイパーインフレ

さて、話は飛躍するが、日本で将来ハイパーインフレが起こるのではないかと懸念する識者は少なくない。原因は財政だ。ここでは財政そのものには深入りしないが、日本が財政の健全化に失敗して物価が暴騰するというシナリオだ。

財政インフレは、(1)財政支出が増大し、需給がひっ迫して起こるものと、(2)国債を中央銀行が直接引き受けるなどして、通貨の発行量が増大して起こるものとが想定されている。しかし私は、日本で財政を原因とするインフレが起こる場合は、そのいずれでもないと思う。起こるかもしれないのは、(2)の変形というか、日銀がタブーとされる事実上の国債の直接引き受けを行っていると市場が受け止めて、為替市場で円が信認を失うような事態だ。お金が溢れてインフレになるのではなく、円が暴落してインフレになるケースである。

この場合は、前節の議論に照らせば、まず輸入デフレーターが暴騰する。輸入価格の上昇が国内に価格転嫁されると、国内需要デフレーターが上昇する。価格転嫁が十分に行われれば、輸入デフレーターの上昇と国内需要デフレーターの上昇が相殺しあって、GDPデフレーターは変わらないかもしれない。そうであれば、実質(数量)ベースで見た経済活動が変わらなければ、GDPはとりあえず名目でも不変だ。名目の所得総額が不変の下で、国内物価(国内需要デフレーター)が上昇することになる。収入が変わらず、物価が跳ね上がるのだから、日本全体で見て実質ベースで所得が減少することになる。ちなみに、価格転嫁が不十分な場合は、国内物価の上昇率は相対的には小さくなるが、GDPデフレーターが低下して国内の名目所得の総額が減少するから、結局、実質ベースで見た所得の減少は免れない。

◆インフレでは借金問題は解決しない

一般に、インフレは借金の実質返済負担を軽減すると言われている。ただし、こうした議論の前提には、物価が上昇する一方で所得も増加するという想定がある。物価と収入が同程度に上昇すれば、実質ベースで収入が増えるわけではないにせよ、確かに借金の実質返済負担は減少する筋合いだ。

しかし、日本で将来起こりうるインフレが円相場の下落によるものであるなら、それは前節で見たように所得の増加を伴わない。それどころか、そうした物価の上昇は需要の減少を通じて実質ベースでGDPを減少させるだろう。その先では名目GDPとGDPデフレーターの低下も避けられない。

名目ベースで所得が減少すれば借金の実質返済負担は軽減されるどころか、いっそう増大することは自明だ。そんな中で、財政の健全化を進めるために増税と歳出削減を断行せざるを得なくなれば、経済はますます縮小することになる。それは、まさに今ギリシャが陥っている状況と同じだ。

日本の財政問題は、いずれ必然的にか、あるいは意図的にか、ハイパーインフレによって解決されるという見方が多い。しかし、それは全くの誤りである。好況による健全な物価上昇ではなく、財政問題を原因とする物価上昇、とくにハイパーインフレは日本経済に深刻な事態をもたらす。何としても回避する必要がある。そのためには、日銀が、財政ファイナンスだと誤解されかねないあまりにも大量の国債購入をやめる一方で、政府は、説得力のある財政健全化シナリオを提示し、実行する必要がある。残念ながら、今のところそのどちらも実現しそうにない。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2015年8月6日より転載)

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