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ヘリコプターマネーという考え方

2016/06/15

◆輪転機を回す究極のデフレ脱却策

一向に勢いがつかない最近の景気だが、元凶は消費の不振だろう。そこで、ということなのか、大量にお札(さつ)をばら撒いて消費を盛り上げ、デフレの克服にもつなげようという主張が出てきているようだ。この政策(?)は、空からお札を撒くイメージから「ヘリコプターマネー」と呼ばれている。ちなみに私が子供の頃には、時折、飛行機(ヘリコプターではなくセスナ機だった)を使って宣伝ビラが撒かれることがあった。運よくビラが近くに舞い降りて、それが拾えた時にはひどく興奮したものだ。

さて、この政策を発想するベースにあるのは「貨幣数量説」だ。世の中のお金の量を増やせば物価も上がる(お金が2倍に増えれば物価も2倍になる)という考え方だ。お金=現金(日銀券)のイメージが強いから、輪転機を回してもっとお札(さつ)を印刷して、ばら撒けば、デフレも克服できて景気もよくなるという根強い「信仰」があるのだ。

具体的にはどうやってばら撒くのか。「ただ紙幣を印刷して配ればいいだけじゃないか」「1万円札を印刷するコストは1枚当たり16円。160億円かければ10兆円分(1億人で割れば1人10万円!)の印刷が可能だ」というほど単純ではない。何しろ、お札は日銀券とも呼ばれるわけで、日銀の負債だ。それに価値を持たせるためには、日銀は負債の裏付けとなる資産を保有しなければならない。新たに10兆円分の紙幣を流通させるためには、日銀が追加的に10兆円相当の資産を積む(手に入れる)必要がある。

◆借金に拠らない政府の資金調達

この場合、資産として計上されるのは通常なら国債だ。日銀は国債を購入する一方、代わり金を銀行から預かっている日銀当座預金口座に振り込む。振り込むと言っても、単に記帳するだけのことだ。次に預金者(家計や企業)が銀行から現金を引き出す際に、銀行はこの日銀当預口座から現金を引き出して渡す。こうしてお札は市中に出ていくことになる。

さて、ヘリコプターマネーでは政府が現金をばら撒くわけだ。したがって政府が新たに国債を発行して、これを日銀が購入し、代金が、政府が日銀に持つ当座預金口座に記帳される。政府はここから現金を引き出して国民に配るというプロセスだ。

しかし中央銀行である日銀は、政府が発行した国債を直接購入することは原則として許されていない。また、バラマキのために新たに国債を大量に発行すれば、財政状況がいっそう悪化してしまう。こうした問題を回避するためには、日銀が「政府の負債にはならないもの」を資産として計上した上で、代金を政府の口座に振り込めばよいわけだ。これが「政府紙幣」の考え方だ。

◆政府紙幣の発行

日銀が資産に計上するのは「政府に対する信用」のようなものが適当だ。例えば政府がお札(ふだ)を用意し、これに「金10兆円也 財務大臣 麻生太郎」と書いて、これを桐の箱にでも入れて日銀に渡す。日銀はこのお札を10兆円の資産として計上して、大切に金庫にしまっておくといったことだ。こうすれば、日銀は政府の当座預金口座に10兆円を振り込むことができる。そして政府がこの口座から引き出すのが政府紙幣だ。政府紙幣は日銀券と全く同じ価値を持ち、したがって区別なく使える。銀行に預けることもできる。

政府が日銀に渡すお札(ふだ)は借金の証文ではないので、政府は返済義務は負わない。財政赤字にもならない。それだけにこのお札は、日銀以外の誰かにとっては無価値の代物だ。だから日銀はそれを手放すことはなく、永久に持ち続けることになる。勿論、いつか政府に余裕が生まれた場合に、政府がこのお札を買い戻す可能性は残されるとは言える。

◆ハイリスク・ローリターン

政府紙幣という考え方は、政府にとっては「打ち出の小槌」だ。財政赤字には繋がらないし、コストも小さいので思い切った額で発行することができる。そうなれば消費も増えるだろうし、物価も上がるだろう。やってみる価値があるのではないかという気もしてくる。

しかし、やはりこれは「トンデモ政策」の類いだろう。話がうますぎるのだ。こうしたバラマキ政策の効果は、基本的には1回限りだ。この政策が起点となって好循環が回り始めるのなら、「呼び水効果」がある政策だと言えるが、財政を使って景気刺激を試み続けて、結局うまくいかなかった結果が今日の状況なのではないか。

われわれが目指すべきなのは、持続的な経済成長だ。ヘリコプターマネーにそれなりの効果があるとしても、持続的な成長につなげるためには毎年やり続けなければならない。物価も上昇させたいのなら、相当な量の現金をばら撒く必要がありそうだ。おそらく10兆円単位のバラマキを続けることになるのではないか。

貨幣数量説によれば、マネーの供給量を増やしすぎるとハイパーインフレを招いてしまう。私自身は、そうした直接的なメカニズムで制御不可能なインフレになってしまうことはそれほど心配していない。むしろ問題は、お札(ふだ)は政府の負債ではないという「詭弁」のほうだ。屁理屈をこねて、ひたすら輪転機を回して、いいとこ取りを狙う筋悪の政策という印象が強い。結果として、市場の信認を棄損することになれば、円の対外的な価値、つまり円相場が暴落する可能性がある。本当に怖いのは、このルートを通じて起こるハイパーインフレだ。タダのものには用心した方がよい。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2016年5月16日より転載)

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