1. ホーム
  2. レポート
  3. レポート・コラム
  4. 五十嵐敬喜
  5. 隠しても見え見えの話

隠しても見え見えの話

2019/02/15
五十嵐 敬喜

膨れ上がる臨時財政対策債

1月13日付の日本経済新聞の朝刊に、「自治体の赤字債、最多更新」という記事があった。「自治体の赤字地方債である『臨時財政対策債』(臨財債)の残高が、過去最多を更新している」(同)というのだ。「2017年度末では総額53兆円に達し」、「100億円以上抱える自治体は487と、全国の3割近くに」(いずれも同)なっていると報じている。
まず確認しておくと、「臨時財政対策債」(以下、臨財債)とは、自治体が国から受け取る地方交付税交付金(以下、地方交付税)の額が、本来受け取れるはずの金額に満たない場合に、その不足分を補うために自治体自身が発行する「特別の地方債」のことだ。さらに、地方交付税交付金とは、自治体間の収入格差を少なくするために、国が財政基盤の弱い自治体に優先的に交付するお金だ。その財源は、国税のうちの5税──所得税、法人税、消費税、酒税、たばこ税──のそれぞれ一定割合が充てられている。

臨財債は、建前上は自治体の借金だが、その償還費用(元本と利息)はすべて国が面倒を見ることになっている。具体的には、「後で」地方交付税として交付されるのだ。したがって、臨財債の発行残高が膨らんだからといって、自治体の財政が圧迫されるわけではないと言える。ついでながら、自治体が得る地方交付税収入や臨財債による収入は、いずれも一般財源で、使いみちは自由だ。

肩代わりさせられた国の借金

教育ローンという金融商品がある。例えば大学生が、入学金や授業料の支払いを賄うために、自らの名義で借金する類の借り入れだ。私も利用した。といっても、親として我が子の学費を出してやりたいが苦しくて、やむなく子ども自身に教育ローンを組ませて凌いだという次第だ。その商品は、在学中は利子のみを支払い、卒業後に時間をかけて元利金を償還していくという仕組みだった。私の場合、当然支払いはすべて私自身が行っているので、実態は、子供名義で親が借金しているということになる。

私は、臨財債の記事を見て、「同じじゃないか」と思った。地方交付税は国の税収(国税)で賄っている。しかし、税収額から算定される地方交付税の額が、本来交付すべき額に届かない事態が生じた。国は、国債を発行して不足分を賄わざるを得なくなった。ただ、それは一時的な不足ではなかったので、結果として地方交付税関連の国債残高が累増し、50兆円を超える水準に達してしまった。

そこで国は、2001年度から制度を変更し、不足分は国ではなく自治体が借金して賄うことにした。しかしその借金は、本来は国が負うべきものなので、償還費用(元利金の支払い)はすべて国が負担するという仕組みだ。この制度は、当初は3年間の臨時的措置として導入されたようだが、地方交付税の原資不足が解消しないため、ズルズルと現在に至るまで措置の延長が繰り返されているのだ。

肩代わりは一時的ではなかった

臨財債は国の「隠れ借金」と呼ばれているようだが、まさにその通りだ。交付税に関わる国債残高が50兆円を超えてしまったので、自治体名義で借金させることにしたのだが、今度はその残高が17年度に53兆円に達しているという話だ。合計すると軽く100兆円を超えていることになる。
問題は、先の教育ローンの例とは違って、借金の一時的な肩代わりでは済んでいないということだ。子どもの資金不足は在学中に留まらず、もう20年近くも続いている。要するに、生活費が足りていないのだ。恐らくその状況は今後も続く。しかし親は子どもの面倒を見てやると約束し、とはいえ余裕はないから借金するしかないのだが、あまり借金が増えすぎると具合が悪いので、子どもに、「とりあえずお前の名前で借金してくれ」と頼んでいるようなものだ。

自治体は安心できるのか。先の日経の記事によれば、埼玉県が「外資系機関投資家から『国が一方的に支払いを放棄したらどうするのか』と質問されたことがある」という。当然だ。これまでの経緯を振り返れば、それは決して杞憂だとは言えない。臨財債は発行しなければならないものではなく、財源不足額を上限に「発行してもよい」ものだ。だから努力して発行額を抑えている自治体も実際にある。

ゴールは国債残高の抑制

周知のように、国債残高は増え続けている。このことは何を意味するのか。それは、「その間、国は借金をただの1度も返したことがない」ということだ。もちろん、約束した金利は支払うし、満期を迎えた国債は償還する。しかしその支払い原資が新たな国債の発行であるなら、それは借り換えに過ぎない。その上、新たな資金不足を賄うためには新たな借金が必要だ。こうして借金残高が増え続けてきたのだ。

発行者の名義が自治体であっても、臨財債の実体は国債にほかならない。全体で見た国債の発行残高が今後も増え続けるなら、形の上で臨財債の償還を実施することがあるとしても、それは別の名目で国債を発行して調達した資金が充てられるに過ぎず、実態の改善とは言えない。目指すべきことは、国債の残高の抑制である。
「隠れ借金」という手で皆の目を眩ませようとしても、誰の目にも見えている。ゴルフで思いっきり空振りして、「今のは素振りです」と言い訳して、「残念な人」と思われるようなものだ。国際比較でも、国と自治体は一般政府と捉えられるので、隠しようがない。臨財債の発行といったごまかしはやめて、地方交付税の財源が足りないなら、国債発行で賄うべきだろう。その上で、トータルの国債発行自体を減らしていくための知恵を絞らないといけない。不都合を糊塗しても、不都合は不都合のままだ。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2019年1月17日より転載)

調査部
研究理事
五十嵐 敬喜

関連レポート

レポート