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平成が終わり、令和が始まる

2019/05/22
五十嵐 敬喜

敗北の30年?

30年余り続いた平成が終わり、令和の時代が始まる。平成とはどんな時代だったのか。切り口によっていろいろな見方ができるが、たとえば経済同友会の小林喜光代表幹事は、「平成の30年間、日本は敗北の時代だった」と言っている(朝日新聞、1月30日付のインタビュー記事)。発言の詳しい内容は省くが、この記事の見出しを拾うと、「技術は米中が席巻」「激変に立ち遅れ」「挫折の自覚ない」「財界は権威失う」といった刺激的な表現が並んでいる。
確かに、その間の株価のパフォーマンスを見てもがっかりさせられる。平成のスタートは1989年、日本経済はバブルの絶頂期だった。その年の暮れに日経平均株価は史上最高値である38,915.87円を付け、私も含め多くの人たちが翌年には4万円の大台に乗ると期待した。しかしバブルはあえなく崩壊。周知のように、その後の平成の全時代を通じて、株価が4万円に届くことはなかった。それどころか、リーマンショック後の2009年には7,054.98円の安値まで下げ、昨年10月初の24,270.62円が平成の最後の10年間の最高値という成績だ。足元は22,000円にも届いておらず、30年前に比べて4割以上も低い水準だ。主要国を見渡して、そんな国がほかにあるだろうか。

望ましい経済成長が実現したのか

2012年12月から始まった安倍政権の下で、その経済政策であるアベノミクスによって経済が息を吹き返したと言われている。実際、民主党政権末期の株価は9,000円を割り込んでいたのだから、軽く2倍以上に上昇している。さらに、対ドルで80円すら割り込んでいた円相場が、足元では111円近辺だから、大幅な円高是正が実現しているのも事実だ。 また、今回の景気回復が始まったのも2012年12月だ。昨年12月で丸6年、これで、戦後最長記録を持っていた「いざなみ景気(2002年2月から2008年2月までの73カ月)」に並び、今年に入ってその期間を更新した可能性があるとされている。もっとも、ごく足元の情勢はやや微妙で、ひょっとすると昨年のどこかで景気がすでにピークを打っていた可能性も否定できない、と言われ始めている。
しかし、戦後最長なのかどうかはともかく、それまで低迷が続いていた経済が、アベノミクスの下で、明らかによくなっていると安倍首相は自負しているようだ。最たる部分は雇用情勢だし、GDPも大きく増加したと誇っている。GDPについてはこんなジョークがある。サラリーマンの街である新橋で、ほろ酔い気分のおじさんたちに、「日本のGDPの大きさを知っていますか」と聞くと、大抵、「おう、500兆円だろ」と正解が返ってくる。なぜか。それは日本のGDPが3年前も、5年前も、10年前も500兆円だったので、皆が嫌でも覚えてしまったのだ、というオチだ。
このジョークも今は通用しない。数字を確認すると、アベノミクスが始まった2013年1-3月期のGDPは498兆円で、2018年1-3月期は548兆円だ。500兆円のGDPが5年間で50兆円(1割)増えて550兆円になったのだ。政権が目標とする600兆円に向けて、着実に歩んでいるように見える。

期待される日本企業の復活

しかし、である。GDPが50兆円増えた全く同じ期間に、国と地方の長期債務残高はその3倍も増えている(932兆円から1077兆円に145兆円増加)。財政支出の「呼び水効果」どころか、注入した量の3分の1の水しか汲み出せていないのだ。こんなことを続けていたら、財政の健全化など遠のくばかりだ。GDP対債務残高の比率が主要国で唯一200%を超えているわが国が、この比率を下げようとすれば、債務残高の増加額の少なくとも2倍以上はGDPを増やす必要がある。
「借金の増加を抑制しつつ、経済を成長させる」ことが求められているのだ。これこそが令和の時代の最大の課題だと言っていいだろう。
ではどうするか。いわゆる財政金融政策ではダメだ。財政支出に呼び水効果が期待できないことは明らかになったし、「異次元」の金融緩和も、目標達成にはほど遠いうえに、このところ副作用が目立ってきていることは日銀も認めている。ここは「政策頼み」から脱却するしかない。「自助努力」である。
粗っぽく言えば、一国のGDPとは企業活動が生み出す付加価値(所得)の合計である。これを政府(税金)と家計(賃金)と企業(収益)が分け合う仕組みだ。経済成長とは、企業活動の成果を増やすことにほかならない。個々の企業にまでブレークダウンすれば、粗利を増やすことだと言ってよい。それを、コスト削減よりも売上げの増加で達成することが重要だ。なぜなら、コスト削減は別の企業の売上げを減らしてしまい、マクロで見ると縮小均衡につながりかねないからだ。
売上げを増やして粗利を拡大するためには、これまで日本企業が誇りを持って続けてきた「いいモノ、いいサービスを提供する」ことを堅持しつつ、「安く」ではなく「相応しい価格」で買ってもらうことが必要だ。それを実現させるマーケティング戦略やブランディング戦略の革新が欠かせない。また、従来の延長線上にはない新しいモノやサービスを繰り返し創り出すことも重要だ。総じてみれば、これまで日本の企業ができてこなかったことである。消費者に、もっと高い値段を、納得して払ってもらうのである。簡単なことではないが、企業が一皮も二皮も剥けない限り、「敗北の時代」は終わらない。
1つエピソードを紹介しておこう。東京のある大学で学生と教官の計35人がチョコレートの目隠しテストをしたそうだ。ゴディバの「カレ・ミルク」と森永の「カレ・ド・ショコラ ミルク」のどちらが好きですか、と。結果は、ゴディバが17票、森永が18票だった。甲乙つけがたい結果だったわけだが、値段はゴディバが24円/グラムで森永が3円/グラムと、実に8倍の格差がある。
消費者はゴディバのチョコレートに「納得して」24円支払っている。森永が3円ではなく、せめて10円、20円で売ることができれば、森永が生み出す付加価値が増加する。それは税収を増やし、賃金と森永の収益も増加させる。つまりGDPが増加し、経済が成長し、財政の健全化も進むのである。
令和をぜひ日本経済の「復活の時代」にしたいものだ。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』2019年4月11日」より転載)

調査部
研究理事
五十嵐 敬喜

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