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「ふるさと納税」は改善されたか

2019/07/12
五十嵐 敬喜

新しい「ふるさと納税」が始まった

「ふるさと納税」が新制度に移行した。周知のように、自治体間で返礼品の過当競争が起こっていたため、返礼率を3割以下に抑制し、返礼品は地場産品に限るとしたのが新制度のポイントだ。総務省のそうした要請を無視していた市町村は新制度から排除されることになった。
しかし、この新装「ふるさと納税」も、もともと抱えていた深刻な問題点は何ら改善されておらず、むしろいっそう酷い制度になった面もある。
そもそもこの制度はどういう趣旨で作られたのだろうか。総務省のホームページを見ると「ふるさと納税」制度が持つ意義について、以下の3点が挙げられている(引用部分を「 」で示した)。
第1に、「納税者が寄附先を選択する制度」なので、「その使われ方を考えるきっかけになる制度」 だということ。それは「税に対する意識」を高め、「納税の大切さ」を自覚する機会になる。
第2に、「生まれ故郷」だけでなく、「お世話になった地域」や「応援したい地域」の力になれる 制度であるということ。それは「人を育て、自然を守る、地方の環境を育む支援」になる。
第3に、「自治体が国民に取組をアピールする」自治体間競争を促す制度であるということ。それ は「地域のあり方をあらためて考えるきっかけ」になる。 しかしこの制度を利用して「ふるさと納税」をしている人たちのうち、いったいどれだけの人たちがこの本来の趣旨を理解し、賛同し、寄附をしているだろうか。極めて少数だと思われるし、その少数の、志ある人たちにとっては、今の「ふるさと納税」は極めて迷惑で、不愉快な制度であるに違いない。

高所得層ほど得をする逆進的な制度

この制度の下では、「ふるさと納税」した人は、その金額から2,000円を差し引いた額が税額控除される。5万円寄附すれば4万8,000円が返ってくるのだ。その上で、寄附した自治体からお礼の品が送られてくる。その返礼率が上限の30%であれば、1万5,000円相当のお礼が貰える。10万円の寄付なら3万円、20万円なら6万円のお礼が貰える計算になるが、いずれも負担はわずか2,000円で済む。
ならば、たくさん寄附をした方が得だとなるが、寄附できる額には上限がある。上限を決めるのは寄附する人の年収だ。年収が多い人ほど上限も高くなる。ある「ふるさと納税サイト」を見ると、上限(正確には控除額の上限)は、年収500万円なら6万1,000円、800万円なら12万円、1,500万円なら36万8,000円という数字が掲載されている。年収が1,500万円ある人は、わずか2,000円の負担で10万円以上(37万円×0.3で計算)のお礼がもらえる。負担額の一定倍率のお礼が貰えるということであっても高所得層が有利であるのに、負担額は所得に関わらず一律2,000円だ。超逆進的な仕組みだと言わざるを得ない。

「ふるさと納税」の趣旨が泣いている

ふるさと納税した人が住んでいる自治体は、税額控除させられる分だけ税収が減ってしまう。ただ、そうして減少した税収の75%は国が補填してくれるという。ということは、100のふるさと納税が行われると、本来、税を受け取れるはずだった自治体が25、国(国民全体の税金)が75を負担する形で、寄附先の自治体に実質70のお金(30返礼後)が渡るわけだ(ふるさと納税サイトの運営業者への支払い等も自治体の負担)。もちろん、ふるさと納税をした人は2,000円の負担で30のお礼を貰うことになる。これが負担と受け取りの図式だ。受益者のメリットが非常に大きい一方、同じ大きさであるはずの負担は見えにくい。
また、新しい制度の下では、税額控除を受け取るための確定申告が不要になった。ワンストップ特例制度と言って、寄附先が年間で5つの自治体までなら、最寄りの自治体に申請書を提出するだけで税額控除が受けられるという(確定申告をすると寄附先の数の制限がなくなる)。「税に対する意識」を高め、「納税の大切さ」を自覚する機会にするという趣旨とは大きくかけ離れていると言わざるを得ない。
この制度は、自治体間で税を再配分する効果を持つわけだが、再配分のやり方が本当にそれでいいのかについては、もっと議論する必要があるだろう。少なくとも、国民を煽って、「生まれ故郷」でもなく、「お世話になった地域」でもなく、「応援したい地域」でもなく、「お得感のある返礼品をくれる自治体」にお金を流すことを奨励する仕組みが望ましいとは到底思えない。

「寄附」に戻すのが筋

ではどうすればいいのか。まずは本来の寄附税制に揃えるべきだろう。優遇措置は税額控除ではなく、所得控除で十分だ。寄附をする人は、税優遇は受けるにせよ、それなりの負担をするのだ。ふるさとへのお礼であれ支援であれ、自分が寄附するお金が何に使われるのか、それを知った上で、返礼品のためでなく、自治体のために「身銭を切って」貢献するのだ。それが寄附というものだろう。他方で、自分の住んでいる街に税金を納めるのは当然の義務だ。その使われ方を監視する必要はあるが、納めるべき税を勝手に他所に回すべきではない。
寄附を受ける自治体については、返礼率に上限を設ける必要はないだろう。寄附金で何をやりたいか、なぜ寄附が必要なのか、といったことを広く国民に訴えて、可能な限りたくさんの寄附を募ればよい。その時に、返礼率を低くした方がいいのか、高くした方がいいのか、どちらが自由に使える金額をより大きくできるのか、それはそれぞれの自治体が考えればよいことだ。
日本にもっと寄附文化を根付かせるとか、個人の確定申告の比率をもっと高めるとか、どちらもそうする方が望ましいと思われるが、「ふるさと納税」は新制度になっても、それには役立たない。それどころか、国民の「志」ではなく、損得「感情」を刺激することによって、税の無秩序な再配分を助長してしまう恐れすらあるのではないか。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2019年6月13日より転載)

調査部
研究理事
五十嵐 敬喜

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