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どこまでエスカレートする米中対立?

2019/08/28
五十嵐 敬喜

追加関税の拡大で動揺する市場

世界規模での相場の乱高下や、その背後にある世界景気の先行きに対する懸念の高まり等々、一連の混乱劇の主役が米国のトランプ大統領であるのは明らかだ。何しろ、まさかそこまではやらないだろうと誰もが思っていたことを、突然やると言い出したりするのだから。8月1日に「対中制裁第4弾」として、約3000億ドル相当の中国からの輸入品に10%の追加関税を課す(実施は9月1日から)と発表したのもその1つだ。実行されれば、ほぼすべての中国からの輸入品に追加関税がかかることになる。この追加分は、スマートフォンやパソコン、衣料品などが中心で、米国の消費者の懐を直撃することは避けられない。それだけに「まさかやることはあるまい」と思われていたために、市場が受けたショックは大きかった。
さらに5日には、米財務省が中国を「為替操作国」に指定した。従来からトランプ大統領はツイッターで中国の「為替操作」を強く非難してきており、5日に人民元レートが対ドルで7.0元のラインを超えたことがきっかけになった(8日には基準値を1ドル=7.0039元に設定)。ムニューシン財務長官も「中国は通貨切り下げのための具体的な措置を取った。人民元の切り下げの目的は、国際貿易で不公正な競争優位を得るためだ」と中国を非難した。こうして米中間の争いが為替問題も含めエスカレートしていることで、世界経済の先行きに対する懸念が一段と強まり、市場にも大きな影響が及んでいる。

利下げはトランプ大統領が強制した?

それに先立つ7月31日に、FRB(米連邦準備制度理事会)が0.25%の利下げを決めたのは周知の通りだ。利下げの理由は「海外経済の先行き懸念」と「上がらない物価」だったが、私は、隠れた理由がトランプ大統領の「口撃」だったと考える。
トランプ大統領の最優先事項は、来年の大統領選挙で再選されることだと言われている。彼の最大の売りは、米国経済を強くしたということであろうし、それを象徴するのが株価の上昇だろう。実際、NYダウは、彼が2016年に当選する直前の18,000ドル近辺から、昨年10月には27,000ドル近くにまで上昇している。ところが、大統領が強い不快を示す中でFRBが利上げを継続し、昨年12月の利上げ後には一時22,000ドルを割り込むところまで下落した経緯がある。
利上げが株価下落の主因ではなくても、一段とヒートアップした大統領の「口撃」が度重なり、FRBの方針に強い影響を与えたとしても意外ではない。1月にはパウエル議長が利上げの「一時停止」を示唆するに至り、やがてそれが「利下げ実施」の示唆に変わり、ついに今回実行されたわけだ。
今回の利下げに当たって、パウエル議長は、「利上げの一時停止」であって、「利下げ局面の始まり」ではないと発言して市場を失望させた(利下げに対する市場の反応は株価下落)。しかし、すでに状況は変わっている。FRBは利下げの理由に「海外経済の先行き懸念」を挙げていたが、直後に「対中制裁第4弾」が打ち出された。まさにこれで先行き懸念が一段と高まったことは間違いない。そうなれば米国経済の悪化が確認できなくても、FRBとしては今後も利下げを続けざるを得なくなるのは確実だろう。

トランプ大統領のディール

トランプ大統領は中国に対する攻撃の手を緩めない。中国経済はすでにかなりの打撃をこうむっているし、「第4弾」はさらに痛手だろう。米中の対立は今後どうなるのだろうか。
以下、全くの私見だが、対立は長期にわたるが、短期的には小康状態を取り戻すのではないだろうか。トランプ大統領は自他共に認める「ディール巧者」だ。相手を潰すことがゴールではなく、常に相手から最大限の譲歩を勝ち取ることを目指している。追加関税も為替操作国指定もそのための手段だ。5月に国賓として来日した大統領が、安倍首相に「アメリカにとって中国とは、叩き潰す相手ではなく儲ける道具だ。……だから極端にいじめる必要はない。だが、強硬な部下たちが言うことを聞かないんだ」(近藤大介著『ファーウェイと米中5G戦争』講談社+α新書)とぼやいたそうだが、頷ける話だ。
6月末に行われた米中首脳会談では、「第4弾」の実施先送りとファーウェイへの米企業の禁輸措置の一部緩和を約束した。その見返りとして得る、「中国による米国の農産物の大量購入」が大統領選挙での支持票獲得につながると考えたからだろう。
しかしワシントン(政権、議会)には、ペンス副大統領を筆頭とする「反(嫌)中国グループ」が存在する。経済力をバックにした中国の軍事的台頭に強い脅威を抱いている人々だ。「今ならまだ潰せる」と考えて、中国のIT産業を代表するファーウェイ叩きを主導してきたのもこのグループだ。何よりも票につながる成果を勝ち取りたいトランプ大統領とは目指すものが違っている。当然、ファーウェイへの禁輸措置の緩和には反対だ。この米国の姿勢に不信と不満を抱いた中国は農産物の輸入を増やさない。そこで大統領が怒りを爆発させた、という図式だと思われる。
「第4弾」は、米国経済にも打撃を与える政策であることは間違いない。事前に開かれた公聴会では、数百の米企業が実施に反対したと聞く。世界経済全体に大きな悪影響を及ぼすことを予想して、株価が下落していくだろうし、さすがの米国経済も悪化は免れまい。先行き不透明感から設備投資が減少しているし、株価の下落が個人消費の足を引っ張ることも避けられないからだ。
こうした事態は、トランプ大統領にとっては、逆に票を失うことにつながりかねない。FRBに対する利下げ圧力を強めて、結果として金利の一段の低下が実現する可能性は高いが、それで株価が上昇するとか、それで企業が設備投資を増加させる、といった効果は期待薄だ。
だから、いよいよ国内の景気に悪化の気配が強まってくれば、トランプ大統領としては、対中国圧力を高めるだけ高めておいた上で、当面の事態収拾に動きだすのではないか。「反(嫌)中国グループ」の究極の目標は「中国の無力化」なのであろうが、それは長期的な目標として掲げたまま、目先は、米中が一旦矛を収めることが現実的な落としどころのように思える。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2019年8月9日より転載)

調査部
研究理事
五十嵐 敬喜

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