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借金はインフレで楽になるのか

2020/01/21
五十嵐 敬喜

◆財政悪化が引き起こす超インフレ
私は仕事柄、経済講演をする機会が多いが、聴きに来てくれた人たちと講演後に話をしたりすると、話題が日本の財政問題になることが少なくない。中堅・中小企業の経営者の方々が中心だが、「日本の財政状況は相当深刻ではないか」「このまま放置すると大変なインフレになってしまうのではないか」「大幅なインフレにでもならないと解決(改善)しないのではないか」といった質問が多いと感じる。

日本の財政状況が深刻であることや、将来、大幅なインフレになってしまう可能性があるとの懸念は至極もっともだ。しかし、インフレにならないと財政状況が改善しないとか、インフレになったら改善すると考えるのは誤っていると思う。「インフレが借金問題を解決する」かどうかについて、世の中には根強い誤解があると思う。

◆所得を増やすインフレと減らすインフレ
やや極端な例を挙げよう。1,000万円の借金があって、物価が2倍、貨幣価値が半分になったとする。その結果、借金の実質価値は500万円に半減する。返済負担が軽くなって万々歳だ、と言えるか。

実質的な返済負担が軽くなるかどうかは場合による。物価上昇がどんな原因で起こったのかが問題だ。例えば、国内経済が過熱し、需給が逼迫して物価が2倍になったのであれば、給料も2倍になっているであろうから、借金の負担は半減すると言っていいだろう。しかし、大幅な円安が原因で物価が2倍になるような「輸入インフレ」のケースでは、借金の返済負担はむしろ増えるのであって、減ったりはしない。そのようなインフレの下では給料が減ってしまうからだ。

円の価値が半減すると、すべての輸入品の価格が2倍になる。この追加的な負担が経済の川下に転嫁されて、国内物価が上昇する。消費者を含めた経済の各主体が強いられる追加的な負担額の総合計は、すべて輸入価格の上昇分の支払いに充てられる。つまり、お金が海外に流出するのだ。その負担がなければ、そのお金はほかの支出に回すことができたわけで、所得が流出する(失われる)のだ。起こることは、所得が減って物価が上昇するという状況だから、1,000万円の借金の返済負担は実質的に重くなるのであって軽くなったりはしない。

結局、国内で起こるインフレが国内発のもの(ホームメイド・インフレ)か、輸入インフレなのかによって、結果は全く異なるのである。そして近い将来に日本で大幅なインフレが起こるとすれば、それは景気が過熱して起こるインフレではなく、円が大幅に下落して起こるインフレである可能性が高いと考えられるのである。

以上の説明で抜けているのは、大幅な円安が起これば、輸出サイドで巨額の為替差益が生まれるというプラス面だ。仮にドルベースで見た輸出金額と輸入金額が同じであれば、1ドルあたり〇〇円の円安がもたらす輸出部門の為替差益と輸入部門の為替差損の額(円ベース)も同じだ。輸入サイドで所得の流出が起こる一方、輸出サイドで同額の所得の流入が生じる筋合いだ。

その限りにおいては、大幅な円安が進んでも国全体の所得の総額は変わらない。しかし、円安による輸入価格急騰のせいで国内物価が上昇するので、実質ベースで見た所得水準が落ちてしまう。所得が減れば借金の実質返済負担は増えてしまうのが道理だ。物価上昇率が大きければ大きいほど、借金の重荷が増すことになる。

◆どちらが大きい、為替差益と為替差損?
もう少し具体的に考えてみよう。円安で輸入価格が大幅(たとえば2倍)に上昇すると、輸入企業の収益は激減してしまう。それを少しでも緩和するために、次の流通企業に価格転嫁を試みる。しかしコストの上昇分すべてを転嫁するのは無理なので、一部だけの転嫁に止まったらどうなるか。大幅な減益は免れないし、恐らく従業員の給料も引き下げられることになる。

次の流通企業でも、仕入価格が大幅に上昇するので消費者に価格転嫁したいのだが、すべてをというわけにはいかず一部の転嫁に止まれば、輸入企業と同じことが起こる。そして最後に、消費者が物価の上昇に直面することになるわけだ。

結局、この例の一連の流れを見ると、輸入業や流通業に従事する人たち(彼らは消費者でもある)の所得が金額ベースで減少する上に、物価も上昇するので、二重の意味で実質所得の減少に見舞われる。消費が減少して景気が悪化することは避けられないし、もちろん借金の実質負担も増加するわけだ。

一方、輸出企業には巨額の為替差益が生じる。輸出企業がこの増益分すべてを従業員への還元(給与やボーナス)や国内の設備投資に使ってくれれば、輸入サイドで生じたマイナス効果を打ち消すことができる。しかし現実には、為替差益の何割かは使われないまま輸出企業の中に残ってしまうだろう。

輸入サイドで生じる為替差損は、その全額が負担として実現する。輸出サイドの為替差益の何割かは、使われないままになってしまう。さらに輸入サイドの人たちは、所得の減少と借金の負担増加で消費を減らしてしまうのだ。大幅な輸入インフレがもたらす結果は差し引きマイナスだ。円の下落が大幅であればあるほど、インフレ、所得減少、借金の負担増の規模も大きなものとなる。

◆国民に見放されると通貨は暴落する
円の暴落はあるのか。市場が、そして日本人自身が、政府に財政を健全化させる意思も能力もないと見限ったときに、それは起こりうると私は考える。財政の問題だから、本来、売られるのは国債のはずだが、その場合には日銀が徹底的に買いに回ることになるだろうから、国債相場の大暴落はないだろう。暴落があるとすれば、誰でも売り買いできる為替市場だ。さらに付け加えれば、資産を持ち、その防衛のために円資産を外貨資産に替えようとする人たちは、すでに持っている外貨資産から円安で為替差益が得られる状況になっても、それを使うことなどは考えもしないだろう。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2019年12月12日より転載)

調査部
研究理事
五十嵐 敬喜

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