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生産性を考える(続き)

2020/03/13
五十嵐 敬喜

◆低くない日本の生産性上昇率
前回の本欄(「生産性を上げるということ」2020.1.17掲載)で、GDPについて、2000年の水準と昨年(1~9月期)の水準を比較すると、その間の名目成長率が実質成長率を下回っていたことを指摘した。これがデフレだが、換言すれば、この20年弱の期間を通じて、平均するとGDPデフレーターの伸び率がマイナスだったということだ。GDPデフレーターは「実質生産1単位あたりの名目所得」のことでもあるので、実質生産(例えば個数や台数など)を増やした割には所得の増加につながっていなかったことを意味するわけだ。
わが国の成長率が主要国と比較して低いと言うとき、それが実質成長率のことであるなら、その主因は就業者数の伸びが低いことだ。「実質GDP=就業者数×就業者数1人あたり実質GDP」において、「就業者1人あたり実質GDP」で示される「生産性」の伸びが低いから実質成長率が低いのではない。実際、この生産性の上昇率を先進国間で比較すると、2000~18年の各国の平均上昇率は、日本:0.93%、米国:1.31%、英国:0.86%、フランス:0.66%、ドイツ:0.68%、カナダ:0.81%となっている。また12~18年の期間に限ると、日本:0.83%、米国:0.81%、英国:0.68%、フランス:0.88%、ドイツ:0.78%、カナダ:0.81%だ(以上の生産性上昇率の原データはILOSTAT database)。

◆生産性の上昇がもたらすメリット
生産性の上昇率は高い方がいいと言われているが、高いとどんなメリットがあるのか。上の式からも明らかなように、わが国のように就業者数が今後いっそう減少していくような国では、「就業者1人あたり実質GDP」を意味する生産性が上昇すれば、実質成長率の低下を軽減したり、うまくいけば維持・上昇させることができるだろう。
また、生産性が上昇すれば賃金が増えるとも言われている。これはどういうことか。以下の計算式で考えてみよう。実質GDPをY、就業者数をL、就業者1人あたり賃金をwとすれば、生産性はY/Lで表される。このとき、「wL/Y」を単位労働費用(ユニット・レーバー・コスト)と言う。実質生産1単位あたりの労働コストのことだ。一般に、「販売価格=単位労働費用+その他費用+利益」だとすると、単位労働費用が上がれば販売価格に上昇圧力がかかる。そうしないと利益が減少してしまうからだ。
一方、「単位労働費用=wL/Y=w/(Y/L)=就業者1人あたり賃金/生産性」と変形できるから、「賃金の上昇は単位労働費用を押し上げ」、「生産性の上昇は単位労働費用を引き下げる」ことがわかる。当然、賃金の上昇率と生産性の上昇率が同じであれば、単位労働費用は不変だ。したがって、生産性が上昇すれば、その上昇率と同じだけ賃金を引き上げても、単位労働費用は変わらない(販売価格に上昇圧力がかからない)。つまり、生産性が上昇すれば、それだけ賃金の引き上げ余地が生じるのだ。

◆生産性が上昇しても上がらない賃金
しかし、である。わが国の生産性の上昇率は、ほかの先進諸国に比べて決して劣っているわけではないのに、賃金の上昇率は明らかに低いのだ。2000年の賃金水準を100とした先進各国の18年の賃金水準は、米国:161.9、英国:160.3、フランス:149.5、ドイツ:144.8、カナダ:160.9であったのに対し、日本はなんと93.7であった(出所はOECD.Stat)。これはいったいどうしたことなのか。
この間、わが国の雇用情勢が著しく悪くて、働き手の側にも、賃金の上昇よりも雇用の維持・防衛を優先する姿勢が強かったとでもいうなら理解できる。しかし、それは明らかに事実に反する。むしろ、労働需給が逼迫してきたにもかかわらず、賃金が上昇してこなかった(どころか下落してきた)のだ。雇う側が、人手不足への対応として、賃金水準が相対的に低い非正規の雇用を増やして総人件費の上昇を抑えてきたという事実はあるだろう。
ただ、そうだとしても、労働分配率(企業活動で生み出される所得<付加価値>のうち、働き手が受け取る「分け前」の比率)の低下がなぜ起こってしまったのか。賃金上昇率を見たとき、もともと水準が低い非正規雇用者の分で上昇率が高まっているとしても、正規の雇用者の賃金上昇率が低いままなのは何故なのか。

◆問われる労働の質
気になっていることを指摘しておきたい。ある企業が、最新鋭の機械を導入することで生産性を顕著に上昇させることに成功したとしよう。その生産性の上昇が、より少ない人員で同じ生産水準が実現するようなものであるなら、経営者は人員を削減したり、雇用を増やさないことで収益を向上させることができる。また、新しい機械によって、より高性能・高機能の製品を生み出すことができるようになったのであれば、販売価格を引き上げたり、他社のシェアを奪ったりして、収益を向上させることができるだろう。ただ、いずれの場合も、「生産性が上昇した」からといって、働き手の貢献度が増したわけではないので、経営者にとっては賃金を引き上げようとするインセンティブは働かないのではないか。
ここで問題になるのが、わが国の名目成長率が実質成長率を下回ってきたという事実だ。端的には、物価が下がってきた(デフレ)ということだが、私の理解では、デフレは政策の失敗の結果ではない。人件費が主要部分を占めるサービス価格が上昇しないことが物価低迷の主因なのだから、「人が生み出す所得(付加価値)が十分に増えてこなかったこと」がデフレの本質なのだ。
そう考えると、就業者の追加的な貢献が企業活動の結果である所得を増加させるのであれば、それが賃金の上昇につながると言えるのではないか。顔がなく、容易に代替が利くような就業者1、就業者2ではなく、ほかの誰でもないA氏、B氏たちだからこその働きが所得を生み出すというなら、彼らの分け前が増えるのは当然ではないか。それは、換言すれば「労働の質」ということだ。最近、組合員一律のベアを求めるのではなく、能力(貢献度)に応じた賃上げを求める動きが労働組合側から出てきたことは、あながち経営者に対する忖度ばかりとも言えないのではないか。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2020年2月14日より転載)

調査部
研究理事
五十嵐 敬喜

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