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「自粛」で委縮する日本経済

2020/04/01
五十嵐 敬喜

◆足元の1-3月期が景気の底?
新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で経済活動が一気に冷え込んでいる。昨年10-12月期に-1.8%だったGDP成長率が、足元の1-3月期もマイナス成長が続きそうだ。日本経済もついに景気後退かと思われるかもしれないが、景気後退は実はもっと前から始まっていた可能性が高い。景気の山・谷の判定に使われる景気指標の動きから見ると、景気のピークは2018年10月であったとみられる。そして18年11月から景気後退が始まっていたとすると、新型コロナウイルスが日本で蔓延し始める前に、すでに1年以上にわたって景気後退が続いていたことになる。
一方、日本経済は戦後すでに15回の景気後退を経験しているが、その平均期間は15カ月だ。18年11月から数えるなら今年1月でちょうど15カ月だ。政府の公式見解では「緩やかな景気回復が続いている」のだが、実は、1年以上も前から景気後退に陥っていて、むしろ、そろそろ「底打ち・回復」に転じる可能性が高かったのだ。世界経済の下押し要因であった半導体サイクルが、昨年のうちに上向きになってきたことが、輸出の回復を通じた日本経済の押し上げに寄与することも追い風だ。
しかし、現状が「緩やかな景気回復局面」であれ、「景気の底打ち局面」であれ、そのシナリオに重大な修正を迫っているのが今の新型コロナの影響だ。前者のシナリオを採るなら、景気がついに後退するということだし、後者のシナリオの下では、足元で景気がもう一段落ち込むことになろう。問題はその後だ。4-6月期以降もマイナス成長は続くのだろうか。先行きを見通すのは困難だが、成長率は景気の方向(上向き・下向き)を示すものだという点から考えれば、4-6月期以降もマイナス成長が続くよりは、悪いなりに「底這い状態が続く」可能性の方が高いのではないだろうか。中国との貿易やインバウンドの減少、それに伴う国内での生産や支出の減少、企業の資金繰りの悪化、家計所得の減少、「自粛」がもたらす消費の減少、等々の影響が一気に出てしまうのが足元の1-3月期ではないか。

◆決定的に不足している実態把握
連日の新聞やテレビの報道、そこに登場する専門家たちの発言から窺えるのは、今回の「新型コロナ」は「未知の感染症」であり、「有効な治療薬がなく」「感染力が強く」しかし「軽症者がほとんど」であるという特徴だ。そのため、「自分が感染していることを自覚しないまま他人を感染させてしまう」人が増えてしまうリスクが大きいという問題がある。
現状では、感染そのものを止めることは不可能なので、大事なのは爆発的な感染の広がりを防いで、感染者数の山を低くすることだ、というのが専門家の一致した見解だ。政府が招集した専門家会議が、「これから1~2週間が瀬戸際」「感染スピードを落とし、重症者の発生と死亡者数を減らすのが目標だ」というメッセージを打ち出したのが2月24日だった。政府が基本方針を発表したのが25日、全国的なスポーツ・文化イベントの自粛を要請したのが26日、全小・中・高校および特別支援学校の休業を要請したのが27日だった。
縦軸に感染者数、横軸に時間をとる。短期間に急激に山が高くなる線と、緩やかに上昇し、ピークも相対的に低い線。そんなグラフを目にすることが多い。望ましいのはもちろん後者だ。それぞれの線が描く面積(のべ感染者数)も後者の方が少ない。しかし問題は、縦軸と横軸の目盛りが全くわからないことだ。
既知の感染症であるインフルエンザの国内統計を見ると、ピーク時の感染者数は100万人以上、多い年では200万人を超えている。年間の総感染者数は数百万人から1,000万人に及ぶ。死因がインフルエンザと特定された死亡者数だけでも年間3,000人以上(18年は3,325人)だ。
他方、COVID19の国内感染者数は現状、のべ数百人レベルだから、その規模はインフルエンザとは全く比較にならない少なさだ。その理由は、インフルエンザに比べるとはるかに感染力が弱いのか、それとも、そもそも十分な検査ができておらず、感染者数が何人であるのかが全く把握できていないのか、どちらとも判断のしようがないのが実態ではないか。急激な感染を防ぐのは望ましいことだが、現状が急激なのか緩やかなのかをどう見分ければいいのだろうか。

◆情緒的な対応が「底打ち」を遅らせる
例えば、こんな新聞記事があった。「どれくらいの割合の人が感染しているかを把握するよりも、重症の患者を死なせないために検査を活用する段階になっている。検査ありきで『非感染証明』を求めて受診するのは、医療機関での感染を広げかねず、デメリットしかない」(聖路加国際病院、QIセンターの坂本史衣・感染管理室マネジャー、『朝日新聞』3月7日)。国内でPCR検査がなかなか進まない理由の1つを示唆する発言だと思われるし、安易に検査を拡大すると医療現場がパンクして、本当に検査が必要な重症者の機会を奪ってしまうという説明なども理解はできる。
COVID19が「家で大人しくしていれば、1週間もすれば自然に治る」感染症であるなら、そのように国民を説得すべきだろう。しかし、新たな感染者が出たと言っては記者会見を開いて発表したり、遥かに感染者も死者も多いインフルエンザの流行に対しては取らない対策(広範なイベントの自粛や学校休業の要請、海外渡航者の入国制限など)を打ったりすれば、「大丈夫です」というメッセージは伝わらない。逆に、大丈夫でないなら、もっと検査を徹底して実態の把握に努めるべきだ。
「正しく恐れよ」と言われても、何が正しいのかがわからないから、パニック的な対応を取りがちになるのだ。それは日本に限らない。感染者数や死亡者数に過剰に反応することが、世界的な金融市場の混乱を引き起こしている。日本の場合、とくに問題になるのは、実態の把握ができていないので「対策の止め時」の判断が難しいことだ。肺炎による死亡者数は年間10万人に上るが、今、その全員を対象にPCR検査をすれば、COVID19による死亡者数は飛躍的に増えるのではないか。徐々にでもそうしたデータが増えてくれば、活動の自粛要請を取り下げるのはますます困難になる。経済活動の低迷は長引かざるを得ない。足元の落ち込みが深いとしても、その後のV字回復は望みがたい。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2020年3月12日より転載)

調査部
研究理事
五十嵐 敬喜

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