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なぜ今、「インクルージョン」なのか?

2018/08/03

昨今の新聞や雑誌でしばしば出合う言葉の一つに、「インクルージョン」(包摂)がある。「ダイバーシティ」(多様性)とよく似た文脈で使われることが多いが、社会的弱者であるマイノリティや障がい者、女性、外国人などに対する差別をなくそうという人道上の配慮だけでなく、彼らを積極的に組織や社会に参加させ、一人ひとりの創造的な力を発揮してもらうべきだという考え方が背後にある。私は「インクルージョン」こそ、21世紀の人類文明をリードする思想だと感じている。

実は、資本主義の歴史を振り返ってみると、「資本の論理」を支えていたのは「排除」という概念だった。コロンブスのアメリカ大陸到達後、ヨーロッパ諸国はアメリカ大陸に住む先住民を自分たちキリスト教徒とは異なる野蛮な「他者」とみなし、彼らを収奪することによって莫大な富を手にした。これは先住民を自分たちの仲間とは見ないで、あくまで「他者」として排除した典型的な例だろう。

その後の西洋啓蒙思想にしても、実態は同様だった。トーマス・ジェファーソンらによって起草されたアメリカ独立宣言は「全ての人間は平等に造られている」と唱え、不可侵の自然権として「生命、自由、幸福の追求」の権利を掲げたが、これはあくまで建前であって、ジェファーソン自身が大勢の奴隷を使用していたうえ、当時のアメリカはアフリカから大量の奴隷を輸入する典型的な差別国家であった。独立宣言の「全ての人間」とは白人男性のことであって、女性や奴隷は「排除」されていた。

人間による自然の搾取も同様だ。対価を支払うことなく自然を利用し、利潤を得るというのは産業活動の常識だった。これは自然を人間と対等の「仲間」とみなすのではなく、あくまで人間にとって利用可能な「他者」とみなし、「排除」していたということにほかならない。これが自然破壊、異常気象の原因になったことは言うまでもない。

最近、ニュージーランドのアーダーン首相が女児を出産し、6週間の産休を取るというニュースが流れたが、彼女が未婚であることや、首相という重要ポストにいるのに産休とは何事かといった批判は聞こえてこなかった。また、お茶の水女子大学では「多様性を包摂する」として、2020年度の学部・大学院の入学者から「トランスジェンダー」(戸籍上は男性でも女性と自認する)学生を受け入れることを発表した。

このようなニュースが日常的になり、社会もそれを当然のこととして受け入れるようになった理由は何か。人権意識の向上という側面はもちろんあるが、それ以上に現代資本主義の行き詰まりが背景にある。これまでのように、未婚の母やLGBTなどの社会的弱者を切り捨てるという「排除」の思想では、資本主義自体が活力を失い、長期停滞に陥ってしまうというわけだ。

その証拠に、近年、世界の経済成長率は大きく低下している。これをどう克服するのか。その答えの一つとして提言したいのは、これまで他者として切り捨ててきた自然やマイノリティに属する人たちに対する「排除の論理」に代わって、彼らを社会に受容する「包摂の論理」を導入することである。

オープン・イノベーションという言葉からも連想できるように、今後のイノベーションの成否を決める決定的な要因は、いかに異質な主体を「排除」するかではなく、むしろ積極的に「包摂」することによって、創造力溢れるネットワークを創れるかということにある。今、「インクルージョン」が重要な社会現象になっている所以である。

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