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トランプ保護主義の背後にあるもの

2018/12/06

アメリカの社会学者ウォーラーステインは、「近代世界システム」の研究者として著名だが、彼は「中央が周辺を搾取する」というのが近代世界の姿であると説いた。確かに、世界の近代史においては、「中央」である欧米列強が「周辺」である非西洋諸国を支配してきたことは動かせない歴史的事実だ。

ところが、我々が大学で学んだのは、アダム・スミスやデイヴィッド・リカードの「自由貿易論」だ。異なる産業構造を持つ国同士が競争優位な産業に資源を集中させ、生産し、お互いに自由貿易取引をすれば、すべての国が潤うという周知の互恵的理論である。この自由貿易の考え方は、ウォーラーステインの「中心が周辺を収奪する」という世界理解とは根本的に異なる。

どちらの見方が正しいのか。この問いに正確に答えるには、充分な理論的・歴史的検証が必要だが、現在、どちらも根本的な修正を必要としていることは間違いない。

まず、ウォーラーステインの近代世界システム論はもはや現代世界には適用できない。中国やアジアなど、かつての周辺国が台頭し、逆に中心であった欧米が相対的に弱体化した。「中央が周辺を収奪する」事態が続けば世界はますます二極化するはずだったが、実際には、一部の周辺諸国が力をつけ、周辺が中央の経済力を脅かす状況になっている。もはや、単純に「中央が周辺を収奪している」とは言えないということだ。

他方、自由貿易論についても赤信号が灯り始めた。トランプの保護主義政策やイギリスのEU離脱に見られるように、世界の自由貿易を推進してきた当事国が自由貿易やグローバル化の動きに待ったをかけようとしているからだ。その背後にあるのは、自由貿易の弊害がアメリカやイギリスで顕在化し、政治的に放置できなくなったという事情である。

所得分配という面から見て、自由貿易のメリットが先進国に対して少なく、途上国に対して大きいことは、世界の所得分布推移に表れている。ブランコ・ミラノヴィッチという経済学者が発表した「エレファント・チャート」は世界各国のさまざまな所得分布にいる人たちの実質所得が、1988年~2008年の20年間に累積で何%上がったかを示したものだ。この20年間で所得の伸び率が最も高かった層は中国など新興国の中間層で、逆に、ほとんど所得が伸びなかったのが、アメリカやイギリス、日本など先進国の中流下位の所得層ということがわかった。

このグラフからわかるのは、中国のような新興国の中間層が潤った半面、先進国の中流下位層は大いに割を食ったということだ。トランプを支持し、イギリスのEU離脱を支持したのは、この層の人たちだった。ということは、エレファント・チャートの形が変わらない限り、中下位所得層の不満は続き、保護主義的政策が支持され続ける可能性は高い。

自由貿易を推進すると先進国中間層以下がネガティブな影響を受け、新興国の多くの中間層が潤う。つまり、現在起きている英米における保護主義政策の背後には、両国内の許容限度を超えた所得格差拡大という現象があるということだ。したがって、グローバリゼーションの副作用としての先進国の所得格差拡大こそ、保護主義を支える最大の原因なのだが、しかし、アメリカにしても、イギリスにしても、所得再分配政策に熱心な政治家は私の知る限り、ほとんどいないのが現状だ。

結局、先進国が本気で所得再分配政策に踏み込まない限り、保護主義的な動きは止まらないだろう。となると、トランプ再選もあながち「あり得ない」話ではなくなる。

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