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「移民大国」化する日本

2019/04/08

このところ、欧米諸国における政治の停滞・混乱が目立つ。例えば、議会制民主主義の模範とされてきた英国議会のEU離脱案をめぐる混迷ぶりは目を覆うばかりだ。あるいは、メキシコとの国境に壁を建設するべく、議会を向こうに回して国家非常事態宣言を発令したトランプ大統領にも驚かされた。イタリアにおける反EU政権の誕生や、フランスの長引くデモも気になる。また、アメリカの対中輸入課徴金の発動は、いまや、世界経済を激震させる最大の理由となった。

これら一連の混乱の背景にあるのは、グローバル化の「行き過ぎ」である。もっとも、グローバル化自体は、人類文明史において途切れることなく続いてきた歴史的潮流であり、それによって、高度な国際分業が進み、今日の未曾有の経済的繁栄が実現した。1万年前の世界は無数の小さな部族が世界各地に互いに孤立した状態で存在していたが、いまや、人類の大部分がほぼ1つのグローバル世界に住むようになった。いまでは、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自由に行き来できるようになることが経済を活性化させ、文明を一層高度化するという「神話」を誰もが信じている。

しかし、グローバル化には副作用があることもわかってきた。異なる宗教、異なる価値観や行動規範を持つ者同士でも、経済的利益のためなら互いに認め合い、共存できるというグローバリズムの思想は、たしかに理念としては素晴らしかったが、現実の世界では、様々な衝撃的事件によって打ち砕かれ始めた。最近のニュージーランドにおけるモスク銃乱射事件だけではなく、世界各地で同様の痛ましいテロが頻発していることは周知のとおりだ。多様性に対する寛大さこそ西洋リベラリズムの基本だったわけだが、そのような寛大さ(とその裏側にある経済的利益追求)の副作用が世界の政治的混迷という形で表出したということだ。

多様性が大事だという理屈は誰もが認めている。グローバル化なくして、いまや世界経済は成り立たない。それに対して疑問を呈することは「極右」のレッテルさえ貼られかねない。そして、現実的に考えても、グローバル化の流れを堰き止めることは非常に難しい。その結果、矛盾を抱えながらもグローバル化はさらに進んでいき、様々な新しい摩擦を生みだす。それにどう対応すべきか、政治は答えを出せないでいる。それが、先進国の政治的混迷の最大の理由である。

このまま移民が増え続ければ、欧米ではやがて移民が多数派となり、西洋的な価値観自体が消滅しかねない。実際、例えば、ロンドンでタクシーに乗っても、レストランで食事をしても、サービスを提供しているのはほとんどすべて外国人だ。これらのサービス業から移民や外国人労働者を追い出せば、その日から英国人は路頭に迷うだろう。つまり、もはやグローバル化を止めることなど、簡単にはできないということである。

日本にとっても他人事ではない。経済協力開発機構(OECD)の2015年外国人移住者統計によると、日本への流入者(有効なビザを保有し、90日以上在留予定の外国人)は約39万人となり、すでに加盟35カ国中4位の「移民大国」になっているからだ。さらに、日本政府は昨年末の出入国管理法改正によって外国人単純労働者の受け入れ拡大に踏み切った。日本が近い将来、欧米と同じ移民との摩擦にかかわる問題に直面するだろうことは目に見えている。日本としては、おそらくは止めることが難しい移民の増大にどういう社会政策を打っていくべきなのか、外国人とどう共存していくのか、本格的な議論を始める時期が来たようだ。

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