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「有限」へ回帰する世界

2020/02/10

資本主義の基本的性格とは何か。それは、資本の増殖を際限なく求め、欲望を「無限」に追求する姿勢にある。
中世以前の世界で最も普遍的な倫理は、アリストテレスの「中庸」だった。欲望を「無限」に追求することは人間を不幸にする。身の程を知り、欲望の追求はほどほどのところでやめておくのが賢明だという知恵である。もちろん、東洋でも「吾唯知足」という言葉があるように、同様の教えがあった。
ところが、近代に入って、際限のない資本増殖を追求する資本主義が成立し、人々の価値観が変わった。もちろん、今でも、具体的な「モノ」についての人間の欲望は有限だ。どんなに美味い食べ物でも必ず「限界効用逓減の法則」が働く。1つ目のアイスクリームはおいしいが、2つ、3つと食べていくと満足度は低下していく。このことは、どのような快楽追求にも当てはまる。無限に「特定の」快楽を追求し続けることは不可能なのだ。
しかし、「資本の論理」は違う。そこには限度がない。なぜそうなったのか。それは社会学者の大澤真幸(まさち)氏が指摘しているように、「資本の論理」が具体的な「モノ」ではなく、貨幣であらわされる形式的な富を追求するという形をとるからだ。具体的な「モノ」ではなく、形式的な貨幣による富の蓄積を進めても「限界効用逓減の法則」は作動しない。資産はいくらあっても苦痛にはならないのだ。
この「限界効用逓減の法則」が作動しない、いわば、制約のない資本主義が、急激な経済成長を遂げたのはある意味、当然であったと言えよう。しかし、現実の地球は物理的に有限であり、無制限な成長はいずれ有限性の壁にぶつかる。21世紀に入って人類はこの壁にぶち当たり、「有限」の世界に立ち戻らざるを得なくなったのだ。それが現在、世界を震撼させつつある地球環境問題の本質だ。
今年のダボス会議は、地球環境問題の議論で例年になく盛り上がったという。このままでは人類が立ち行かなくなるという認識が、ようやく(トランプ大統領を除く)世界のリーダーたちにも浸透してきたのだろうか。
このような動きの背景にあるのは気候変動である。フランスでの最高気温が42.6度に達したこと、オーストラリアの山林火災が人力では鎮火不可能なほどの広がりを見せたこと、竜巻や大雨、台風、洪水などによる自然災害が急増していることなどだ。もちろん、それだけではない。「資本の論理」が有限な地球環境を本格的に破壊し始めたことを示す事例には事欠かない。海洋プラスチック問題、コンクリートや放射能、アルミニウムなど、生態系に吸収されない物質が大量に蓄積され、地質の形成に明らかな変化が生じたため、「人新世(じんしんせい)」と呼ばれる新しい地質時代が到来したと言われていることなどだ。
いずれにせよ、未曽有の発展を遂げた資本主義世界は、産業革命以来200年余の歳月を経て、ようやく「無限」の追求が無理であることを認識し始めたようだ。資本主義自体がなくなることはないかもしれないが、21世紀の資本主義は否応なく「有限」な世界との共存を模索せざるを得なくなったといえるだろう。もちろん、このような議論はローマクラブの『成長の限界』以来続いているのだが、ここまで気候変動の激しさを見せつけられれば、人類もいよいよ本格的に対応せざるを得なくなったのではないか。今後の環境問題は一部の運動家や専門家だけのものではなく、政治家や企業経営者も本気で取り組まざるを得ないテーマになってきたのではないか。
「無限」を追求する「資本の論理」から、「有限」を弁えた「中庸の教え」への回帰。これが21世紀のキーワードとなる。

【参考文献】大澤真幸『自由という牢獄』(岩波書店、2015年)

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