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コロナ禍におけるGIGAスクール構想。デジタル教科書は広がるのか

デジタル教科書の普及のカギを握る5つの要素

2020/06/29
公共経営・地域政策部 研究員 鈴庄 美苗 永野 恵

コロナ禍で急速に広がるオンライン授業。GIGAスクール構想は急ピッチで進められ、教育のICT環境整備が急速に進展する。そんな中、日本の教育制度の根幹の一つであった教科書制度は昨年から、紙教科書に加えデジタル教科書の併用を認める制度改正があった。急速な環境変化を迎える教育現場で、デジタル教科書は普及するのか。デジタル教科書を取り巻く環境を概括しながら、デジタル教科書の普及のカギを握る5つの要素を解説した。

1. デジタル教科書の検討の歴史、法定化までの流れ

デジタル教科書という名前を耳にしたことのある読者も多いのではないだろうか。韓国では10年以上先行してデジタル教科書導入に向けた実証研究が進められ、アメリカ、オーストラリア、デンマークなど世界各国でデジタル教科書の導入は進んでいる。
デジタル教科書には大きく、指導者用と学習者用があり、日本では指導者用デジタル教科書の普及が先行している。この指導者用デジタル教科書も含めて歴史を遡ると、日本でもデジタル教科書の検討の歴史は比較的長い。1985年に臨時教育審議会で情報化の必要性が指摘されたのち、2009年以降から政府で検討が本格化され、文部科学省においては学びのイノベーション推進事業を嚆矢に実証研究が着実に進められた。そして、2015年以降、学習者用デジタル教科書の法定化に向けて一層速度を上げて検討が進められ、2019年には「学校教育法等の一部を改正する法律(2019年法律第39号)」等関係法令の公布によりから学習者用デジタル教科書は制度化された。(以下、本稿は学習者用デジタル教科書に焦点を当て、特段の理のない限りデジタル教科書は学習者用デジタル教科書を指す。)

図表 1 デジタル教科書の法定化までの検討の大きな流れ

(出所)日本におけるデジタル教科書導入の可能性と課題―韓国の事例と比較して―(原、木下)等を参照し作成

この法制度により、紙の教科書に代えて1/2授業時数以下1はデジタル教科書を使用することができる「一部の併用」が認められることとなった。しかしデジタル教科書は、紙の教科書と同一の内容がデジタル化された教材に限定されている。デジタルの強みである動画・音声やアニメーション等のコンテンツは、デジタル教科書には該当せず、これまでの学習者用デジタル教材と同様に、補助教材として据え続けられる。したがって、デジタル教科書としての機能は、拡大縮小、ハイライト、反転、リフロー(フォントや文字サイズ、配色等を自由に変更できる機能)、音声読み上げ(機械音声)、総ルビ等にとどまる。これでは、デジタル教科書単体で出来ることには限界があると感じる読者も多いのではないだろうか。

2.デジタル教科書・デジタル教材への高まる期待―生み出す学びの変容―

デジタル教科書の制度化は進んだものの、デジタル教科書本体で出来ることに限界はある。しかし、デジタル教材や他のICT機器等との一体的な活用によって、デジタル教科書の活用できる機能は拡大する。文部科学省は「学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン」(平成30年12月)において、デジタル教科書本体で出来ること「だけでなく」、他の学習者用デジタル教材との一体的な使用や他のICT 機器等との一体的な使用により、学習効果が高まるとしている
さらに、2020年度から順次実施されている新学習指導要領が目指す主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善についても、デジタル教科書とともに、デジタル教材や他のICT機器等との一体的に使用が果たす役割が大いに期待されている。
新学習指導要領の順次実施に加え、デジタル教科書を推進する契機として、GIGAスクール構想の始動も挙げられる。GIGAスクール構想とは、令和元年度(2019年度)補正予算から実施されている取組で、全国一律のICT環境(1人1台端末及び高速大容量の通信ネットワーク)を整備し、Society5.0時代に向け個別最適化した教育の実現を進める施策だ。教育におけるICTを基盤とした先端技術等の効果的な活用が求められる中、学校ICT環境の整備の遅れや自治体間の格差があることへの課題認識から、国は多額の予算を投じ、ICT環境の整備に取り掛かっている。このGIGAスクール構想では、例えば「1人1台端末」の活用によって充実する学習の例として下表のような例を挙げているが、デジタル教科書・デジタル教材の強みを発揮できる部分が多い。GIGAスクール構想で実現を目指す学びの変容に向け、デジタル教科書・デジタル教材が根幹の一つを担うことが期待されていると読み取れる。

図表 2「1人1台端末」の活用によって充実する学習の例

✓ 調べ学習 課題や目的に応じて、インターネット等を用い、記事や動画等の様々な情報を主体的に収集・整理・分析

✓ 表現・制作 推敲しながらの長文の作成や、写真・音声・動画等を用いた多様な資料・作品の制作

✓ 遠隔教育 大学・海外・専門家との連携、過疎地・離島の子供たちが多様な考えに触れる機会、入院中の子供と教室をつないだ学び

✓ 情報モラル教育 実際に真贋様々な情報を活用する各場面(収集・発信など)における学習

(出所)未来の学び構築パッケージ「1人1台端末・高速通信環境」がもたらす学びの変容イメージ(文部科学省)

また、デジタル教科書の先進国である韓国、シンガポール、アメリカ等では1人1台端末を普及したことで急速にデジタル教科書がスタンダードな教材に普及したと指摘する有識者もおり、国外の状況も参照すれば、GIGAスクール構想の始動がデジタル教科書・デジタル教材の普及を後押しする契機になる可能性が伺える。
さらに、デジタル教科書単体で見ても、特別な配慮を必要とする子どもにとっては、重要な手段になると考えられる。例えば、視覚に障害を持つ子どもにとっては、デジタル教科書の拡大機能・リフロー機能等が、学習効果を高めることが指摘されている2。加えて、従来の拡大教科書における課題(検定教科書とレイアウトやページ数が異なる等)を克服できるというメリットもあるという3。 個々の状況に応じた学習を可能とするという観点で言えば、恩恵を受けるのは障害を持つ子どもに限らない。学習指導要領やGIGAスクール構想の目指す「公正に個別最適化された教育」の観点から、すべての生徒が個別の学習ニーズや理解度に応じた学びを進めていくことが期待されており、その点に関してデジタル教科書(・デジタル教材)は広く効果を発揮するといえる。

3. しかし広がらない、普及のカギを握る5つの要素

上記のように新学習指導要領が目指す主体的・対話的で深い学びや、GIGAスクール構想の目指す「公正に個別最適化した教育」を実現する根幹的な役割を果たすものの一つとして、デジタル教科書に期待できる部分は大きい。また、GIGAスクール構想により実現するICT環境が、デジタル教科書の普及を後押しする可能性が伺える。
しかし、現行の法令では、前述のとおり活用時数は原則1/2授業時数以下となっていることに加え、紙教科書同様の無償給与がされないといった制度上の大きなボトルネックがある。また、制度以外にも普及を阻む要素は多く残されており4、「特に実効性のある制度設計や具体的な施策」に対する不安の声が上がっており、現場での広範な普及には至っていない5
一般社団法人教科書協会の発表6では、普及のためには「1.自治体・学校への周知、2.環境整備、3.無償化の検討」が必要だとしている。また、放送大学教養学部教授の中川一史氏は「デジタル教科書が普及していくためのロードマップとして、1.活用、2.スキル、3.環境、4.制度」の4つを挙げている72つの指摘を総括すると、①活用、②スキル、③環境、④無償化等の制度、⑤周知がデジタル教科書の普及に必要な要素と考えられる。では、デジタル教科書の普及のカギを握る5つの要素について下表でそれぞれ見ていくこととする。

図表 3 デジタル教科書の普及のカギを握る5つの要素の概要について

デジタル教科書の普及のカギを握る5つの要素 現状の課題
①活用 デジタル教科書は、あくまで検定教科書の内容を電磁的に記録したものであり、紙の教科書と同一内容までしか認められていない。デジタル教科書に付加されている拡大・書き込み・機械音声読み上げ・背景色や文字色の変更・ルビ等の機能は有用である一方で、活用方法には限界があることも指摘されている。ICT機器やネットワーク環境を最大限に活用するためには、デジタル教科書に加え動画やアニメーション・関連ドリル等を埋め込むことのできるデジタル教材との併用が有効であると考えられる。
現在、デジタル教科書は先進校等での実証的な活用が始まっているものの、自治体による導入状況の差が大きいとともに、活用している(あるいは活用できる)学校が偏在している。デジタル教科書を単体で活用する例も乏しいため、単体での効果・デジタル教材と併用した際の効果、その他のICT機器等との連携のそれぞれについて、十分に検証されていない可能性がある。
②スキル デジタル教科書を使用して指導する教員のスキルの重要性についても、各所で指摘されている8。指導を行う教員も最低限のICTスキルを身につけることが不可欠であるほか、デジタル教科書の効果を高めるため、必要に応じて教授法の工夫が求められる。
中央教育研究所が実施した教師に対するアンケートにおいては、デジタル教科書の使用に関して、「児童・生徒が筆記用具を使わなくなる」「映像視聴に依存する」「自主性や思考力・コミュニケーション能力・学力が低下する」といった効果面の不安が挙げられているほか、「教師の指導力不足(指導力の二極化)」も懸念要素であるとされている9
③環境 大きく、デバイスとネットワーク環境の2点が普及の課題になると考えられ、以下に例示した要素を確保することが必要となる。(なお、ネットワーク環境についてはGIGAスクール構想で特に進むと考えられる一方、デバイスについては、端末の高額化やこれに伴う機器容量の課題については、引き続きの課題となる可能性がある10。)
・PDFダウンロードが可能な容量のあるデバイス(一例では、教科・学年別巻約700MB)の確保
・家庭への持ち帰りが認められる(低廉な)デバイスの確保
・デバイスの更新、保証など継続性の担保
・教室でのネットワーク環境の確保
・家庭でのネットワーク環境の確保
④制度
(無償化制度等)
【無償化】 無償給与の対象外となっており、現状では利用者個人の負担が必要である。一例では、デジタル教科書本体で1教科1学年(指導者用+学習者用デジタル教材)で10万円弱がかかる。一部の自治体では配布を行っている教育委員会もあるが、配布の場合、自宅に持ち帰ることが出来ないケースもある。
【その他、授業時数、著作権の課題】
活用時数は特別な配慮を必要とする子どもを除いて原則1/2授業時数以下となっており、あくまでも紙教科書と併用することが基本となっている。
また、2018年に著作権法および学校教育法が改正され、デジタル教科書の制度化に伴い、紙教科書と同様の著作権物の取り扱いが可能となった11。また、教科書等の著作物について、授業目的での公衆送信が認められる範囲が広がる12ことになった。一方で、紙教科書とデジタル教科書の補償金の考え方の違い等については様々な議論があり、今後も継続した検討が必要であると考えられる。コロナ禍の特例措置として、教科書一般について2020年に限って公衆送信に係る補償金が無料となっているが13、将来的には、デジタル教科書の機能・用途拡大を視野に入れた補償金額の算定が求められていくだろう。
⑤周知 デジタル教科書について十分な認知度があることは確認できず、例えば学校現場でも活用時数が1/2に限られていることの理解が至っていない。デジタル教科書自体の認知が低いことに加え、デジタル教科書の価値や効果が現場に届いていない可能性がある。
文部科学省が日本PTA全国研究大会参加者に対して実施したアンケート調査(小学校・中学校編)においては、学校へ家庭でデジタル教科書を使用することについて、40%弱は否定的な考え方を持つ層が存在しており、以下のような反対理由も挙げられており、デジタル教科書活用への漠然とした不安、心理的障壁があるように伺える。

・「デジタル教科書」では書く力や考える力、知識の定着等の面で、子どもの学習が充実するとは考えられないから

・「デジタル教科書」では健康面への影響が大きいと考えるから

・「デジタル教科書」では有害情報へのアクセスや個人情報の保護の面での不安があると考えるから

・「デジタル教科書」では保護者の費用負担が生じると考えるから

(出所)文部科学省「『デジタル教科書』に関するアンケート結果」(平成27年)より三菱UFJリサーチ&コンサルティング編集

上記のデジタル教科書の普及のカギを握る5つの要素は、一朝一夕で解決できるものばかりでない。国や教育委員会の実証研究等による確かな効果検証、グッドプラクティスの蓄積を重ね、効果を発揮できる制度や環境の整備によって、徐々に学校現場が自律的にデジタル教科書を活用していくことが望まれる。確かな効果検証や現場での実践の試行錯誤の積み重ねがないままに、トップダウンで学校現場にデジタル教科書を普及させてしまえば、手段であるはずのデジタル教科書が目的になってしまうことも懸念される。 GIGAスクール構想がデジタル教科書・デジタル教材の普及を後押しする契機になる可能性が伺えるものの、現場に価値訴求できないままにデジタル教科書の普及を打ち出せば上滑りの政策となりかねないことには留意が必要だろう。

4.COVID-19を新たなチャンスに出来るのか

そして、最後に新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響がデジタル教科書にもたらしうる影響について言及したい。新型コロナウイルス感染症により学校の長期休業、分散登校など直接対面での授業機会が減り、オンライン授業のニーズが急速に高まった。オンライン授業の急速な発展はデジタル教科書・教材の強み(例えば、生徒自身のペースで学び直しができること、教員がデジタル教科書・教材に掲載される問題について即時に生徒の進捗を確認でき回収・添削できることなど)を発揮する好機となりうるだろう。オンライン授業の急速な拡がりがデジタル教科書普及の契機となるためにも、前述の普及のカギを握る5つの要素の解消に早急に取り組む必要があるだろう。

日本の教育制度の根幹の一つであった教科書制度、その教科書が紙から、紙+デジタルに転換しつつある。そして新型コロナウイルス感染症、GIGAスクール構想によって、学校現場にまたとない教育のICT化の契機が広がり、さらに新学習指導要領の順次実施と歩みを共に、デジタル教科書が一層推進される時機を迎えている。転換期とも言える今だからこそ、今一度、デジタル教科書のカギを握る5つの要素を解消し、デジタル教科書の現場に届く価値を訴求していくことが必要ではないだろうか。

1 紙の教科書と学習者用デジタル教科書を適切に組み合わせ、紙の教科書に代えて学習者用デジタル教科書を使用する授業は、各教科等の授業時数の2分の1に満たないことを基準としている。但し視覚障害や発達障害等の障害、日本語に通じないこと、これらに準ずるものは教育課程の全部において学習者用デジタル教科書を使用することができる。
2 文部科学省「デジタル教科書」の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン検討会議」第2回配布資料4-6(2018)
3 同上
4 井上 芳郎「「デジタル教科書」の法定化と今後の課題」(2019)
5 文部科学省「平成30年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」(平成31年3月現在)では、指導者用デジタル教科書の普及に関するデータが掲載されており、年々伸びているものの普及率は都道府県ごとにばらつきがあり、小学校で56.6%、中学校で61.4%、高校で19.2%となっており、特に高校段階は非常に低い状態に留まっている。
6 一般社団法人 教科書協会「学習者用デジタル教科書の現状と課題文部科学省」(2019.11)「外国人児童生徒における教科用図書の使用上の困難の軽減に関する検討会議」第3回
7 教育新聞「深い学びの実現に向けて デジタル教科書の教科別活用法探る」(2020.1.9)
8 例えば望月之美「ICT活用の授業その実態と課題-小学校におけるデジタル教科書の活用実態-」(2019)では、教師はICTの操作だけでなく、ICTの有効活用の場の設定を深く考える必要があることや、現状では工夫が少ないことが指摘されている。
9 (公財)中央教育研究所「教師と児童・生徒のデジタル教科書に関する調査-小学校・中学校を対象に-」(平成25年)
10 城井 崇(元文部科学大臣政務官)「オンライン教育導入迅速化への提案」(2020.5)
11 一定の補償金を支払うことによる、デジタル教科書への著作物の掲載、供給等が可能となった。
12 改正前は、遠隔合同授業時に限られていた。
13 教育新聞「遠隔授業、教科書の利用可能に…補償金は不要」(2020.4.10)

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