わが国に大きな経済活力をもたらしてきた国際MICEMICEの裾野拡大に向けた「ユニークベニュー」の再定義(1)

2022/05/23 前河 一華
MICE
観光

はじめに

観光振興における興味の主たるポイントが、これまでの人数から消費額へと変わり、1人あたりの消費額が大きいとされる「MICE」1が、各方面から注目されるようになった。MICEは、企業活動や研究活動等と直結、または深く関係している場合が多く、同じ特性を有する人が集まりやすい。このような同質的な集団に対しては、マーケティングによる戦略的なアプローチの効果が大きく期待できることも、地域がMICE振興に取り組む上では魅力的な点である。近年、話題となっている統合型リゾート(IR)2でも、収益源かつ魅力の一つであるカジノばかりに注目が集まっているが、特定複合観光施設区域整備法第2条で、観光振興に寄与する諸施設として、国際会議場や展示施設、見本市施設等のMICE施設の設置が義務づけられており、これも総体としては国際MICEを誘致する上での武器の一つとして位置づけられているものである。

このように注目度が高まっていたMICEであるが、令和2年以降、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴って多くは中止または延期となり、開催されたものもオンラインやハイブリッドに代替された。オンライン化の進展で参加者の減少、経済効果の縮小が見込まれ、経済効果を軸とした誘致の意義も揺らいでいたが、観光庁が「安全なMICEの再開と発展に向けた今後の取組の方向性について」を公表3し、誘致開催の再開に向けて取り組むと明らかにしたことで、再び注目度が高まってきた。

そこで本稿では、5回にわたってこれまでわが国が中心的に取り組んできた大規模、国際的なMICEを念頭においた誘致戦略をたどりつつ、その考え方を拡張し、地域がその特性を生かして地域密着、零細規模のMICE(本稿では「プチMICE」と称する)に取り組むことについて考えてみたい。MICEがまだ一般的な概念でないことをふまえ、まずは基礎的な考え方の共有として、注目度の高い経済効果について整理し、加えて次回第2部では社会的価値を幅広くもたらすMICEレガシーを紹介する。第3部で、わが国のMICE誘致戦略の特徴である選択と集中、そしてユニークベニュー4戦術を取り上げ、第4部では、ユニークベニュー戦術を地域に当てはめ、その特性に応じたMICE振興を行うことを提案する。最後の第5部では、当社による提案の方向性を先行的に体現しつつある具体的事例を紹介することで、地域におけるMICE振興のメリットや可能性を示すこととする。

1.わが国におけるMICE誘致とその効果

(1)国による誘致ターゲットは国際MICE

わが国でMICE誘致の中心的役割を果たしているのは観光振興部門であり、MICEは観光分野の一つとして認識されている。わが国観光振興の司令塔である観光庁では、MICEの主要な効果として「ビジネス・イノベーションの創造」「地域への経済効果」「国・都市の競争力向上」の3点を挙げているが、この主要な効果についての説明を読むと、いずれも「海外」「国際」といった言葉が用いられており、国際MICEを強く意識していることがわかる。

また、同庁がMICE開催状況として公表している数値も、ICCA (International Congress and Convention Association:国際会議協会)による国際会議(国際機関や国家機関等が主催する参加者50名以上、参加国3か国以上、開催期間1日以上)の開催件数であり、これもやはり国際MICEを強く意識5したものだと言えるだろう。

図表 MICEによる主要な効果

[1]ビジネス・イノベーションの機会の創造
MICE開催を通じて世界から企業や学会の主要メンバーが我が国に集うことは、我が国の関係者と海外の関係者のネットワークを構築し、新しいビジネスやイノベーションの機会を呼び込むことにつながります。

[2]地域への経済効果
MICE開催を通じた主催者、参加者、出展者等の消費支出や関連の事業支出は、MICE開催地域を中心に大きな経済波及効果を生み出します。MICEは会議開催、宿泊、飲食、観光等の経済・消費活動の裾野が広く、また滞在期間が比較的長いと言われており、一般的な観光客以上に周辺地域への経済効果を生み出すことが期待されます。 観光庁は、2017年度(平成29年度)に国際MICE全体の調査を実施し、日本国内で開催された国際MICE全体による経済波及効果(2016年(平成28年)開催分)を初めて算出しました。

[3]国・都市の競争力向上
国際会議等のMICE開催を通じた国際・国内相互の人や情報の流通、ネットワークの構築、集客力などはビジネスや研究環境の向上につながり、都市の競争力、ひいては、国の競争力向上につながります。

資料)観光庁資料より作成

(2)国際MICEがわが国に生み出す巨大な経済効果

MICEの主要な効果3つのなかでも、注目度が高いのはやはり「地域への経済効果」である。

観光庁の推計によれば、わが国に国際MICEがもたらしている経済効果(総消費額)は、令和元(2019)年6には9,229億円となり、同年の京都市における日本人観光客による消費額9,049億円7を上回る規模に達していた。その内訳と推移をみると、これまでは経済効果の多くを国際会議によるものが占め、平成28(2016)年には占有率64%に達していたが、全体の市場規模が拡大するなか、国際会議の金額規模はほぼ横ばいで推移したために、占有率は令和元(2019)年には39%まで低下してきた。一方、企業会議によって生じたと考えられる経済効果は急激に増加し、平成28(2016)年には国際MICEの経済効果に対する占有率14%にとどまっていたところ、令和元(2019)年には占有率41%に達し、ついに国際会議による経済効果を上回ったところである。

図表 国際MICEがわが国にもたらした経済効果(総消費額)

企業会議
【M】
報奨・研修旅行
【I】
国際会議
【C】
展示会・見本市
【E】
2016年 約774.9億円 約347.8億円 約3,445.3億円 約816.2億円 約5,384.2億円
2017年 約1,861.6億円 約391.8億円 約3,211.2億円 約1,547.0億円 約7,011.6億円
2018年 約2,696.2億円 約498.2億円 約3,388.2億円 約1,614.4億円 約8,197.0億円
2019年 約3,786.8億円 約249.7億円 約3,573.0億円 約1,619.0億円 約9,228.6億円

注釈)端数処理の結果、個別項目の積上と合計消費額が一致しない場合がある。
資料)観光庁「令和2年度MICE総消費額等調査事業」(令和3年3月)

このように、国際MICEは、その経済効果の規模を急激に拡大し、コロナショック前の時点では、消費額1兆円に迫る大きな経済効果をもたらしていた。その急拡大を支えていたのは、長年その主役を務めてきた国際会議ではなく企業会議であり、オープンで多人数からクローズドで少人数へと構造変化が進んでいた様子がみえる。

地域でMICE誘致に取り組もうとした際、どうしても国の施策を参照するために、大規模な国際MICE、特に「国際会議」や「展示会・見本市」に意識が向いてしまいがちであった。また、マスコミでの報道や一般の参加などもあって誘致の成果が見えやすい「国際会議」や「展示会・見本市」に比べると、開催情報や成果が企業内部にとどまる「企業会議」は、誘致による成果が見えにくく、説明責任の観点等から、企業会議の積極的な誘致活動には二の足を踏む地域もあった。「企業会議」による経済効果の伸張は、各地域において企業会議に対する注目度が徐々に高まってきていたことを示す結果と考えられる。このように誘致対象とするMICEの多様化は、これまでMICE誘致を意識していなかった地域においても、目を向けるタイミングを示したのではないだろうか。

一方で、コロナショック後、各種会議のオンライン化・ハイブリッド化が急激に進んだことにより、特に国際会議では、開催地を訪れる参加者の減少は避けられないとも考えられる。そのため、今後は経済効果だけでなく、他の多様な開催効果を意識することの重要度が高まっていく。続く第2部で、経済効果だけでないMICEの開催効果について説明する。

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  1. 日本政府観光局(JNTO)によれば、「MICE」とは、企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字であり、これらのビジネスイベント等の総称とされている。
  2. 特定複合観光施設区域整備推進本部事務局の説明資料によれば、『「観光振興に寄与する諸施設」および「カジノ施設」から構成される施設群』である。
  3. 観光庁「MICEの誘致開催の再開に取り組みます!」(令和4年4月15日付プレスリリース)
  4. 日本政府観光局(JNTO)によれば、「ユニークベニュー」とは、歴史的建造物、文化施設や公的空間等で、会議・レセプションを開催することで特別感や地域特性を演出できる会場とされている。
  5. なお、観光振興部門の主要ミッションは「地域外から人を呼び込む」ことであり、国の観光振興予算の多くがインバウンド観光を対象としていたのと同様、国によるMICE誘致の主な対象が国際MICEとなるのは必然的なことである。
  6. 原稿執筆時点での公表済最新年次かつコロナショック直前の数値となる。
  7. 京都市「令和元年京都観光総合調査」

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