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強引な相手との交渉―トランプ政権との交渉における日欧の違い

2019/05/15
秋山 卓哉

世界各国の政府はトランプ政権の強引な交渉術にどう対抗するか頭を悩ませている。日本政府とて例外ではない。当面の課題は、日米物品貿易協定(TAG: Talks on Agreement on Goods)と4月から6月の間に3度開催される日米首脳会談の場で予想される、米国からの貿易自由化の要求を日本政府がいかにしのぐかである。
現在、日本だけではなくEUもトランプ政権との貿易交渉を余儀なくされている。いずれもトランプ政権に対して安易な譲歩はしたくない。されど、トランプ政権、というかトランプ大統領は強引でとても彼が譲歩してくれるようには見えない。その強引な相手からどうやって譲歩を引き出せばいいか、譲歩を引き出せないまでも自分たちも安易に譲歩しないプレイヤーであるとどうやってトランプ政権に示せばいいか。悩ましい問題である。その悩ましい問題に日欧がどう対応しようとしているのか、2019年4月に行われた日米と米欧の貿易交渉およびそれに関連する動向を素材にここで論評してみたい。特にEUの選択は興味深い。交渉担当者(欧州委員会)の権限を制約することによって、トランプ政権に対決する意思(シグナル)を送っているのである。これは古典的な交渉戦術の一つである。それがどういう意味か、これから論じていく。
その前に貿易交渉に関して日米、米欧で起きた動きをおさらいする。4月15日と16日に茂木敏充経済再生担当大臣と米国通商代表部(USTR)のロバート・ライトハイザー(Robert Lighthizer)代表による閣僚級の日米二国間貿易協議がワシントンで開催された。TAGでは、交渉範囲の設定(物品に限定した交渉なのかそれとも物品以外の幅広い分野を含む包括的な自由貿易協定(FTA)なのか)、日本の農産物市場開放の水準(環太平洋パートナーシップ協定(TPP: Trans-Pacific Partnership)水準なのかそれともTPP以上なのか)、為替条項を含むのか等いくつかの争点・懸案が存在する。そのうち、農産品の日本市場開放についてはTPP水準で大筋一致となったとの報道もあった1 (本稿はこの報道を元に執筆した。ただし、4月末の日米首脳会談でトランプ大統領が依然として農産品の関税撤廃を要求する2など、今後の交渉でTPP水準以上の自由化を米国から求められる可能性はまだあるように見受けられる)。
ちょうどその頃、米国とEUの貿易交渉でも動きがあった。4月15日にEUの閣僚理事会(European Council)は、米国との貿易交渉に関する欧州委員会の交渉権限を承認したのである3。米国のトランプ大統領はEUの農産物市場の開放を求めているが、農産物の関税削減・撤廃は欧州委員会に与えられた交渉権限から除外されている。欧州委員会の狭い交渉権限にトランプ政権や議員は不満である。フランスを筆頭に農業国が農業分野の交渉に反対しており、報道ではEUが農業国に配慮したことが交渉権限からの除外の要因として説明されている。この交渉権限からの排除という事実をEUの強気の交渉スタンスの表れと捉えるか、それとも内部の意見さえまとめられない弱さの表れと捉えるかによって、EUの対トランプ政権の交渉方針の分析結果が変わってくる。
冒頭で述べたとおり、筆者は交渉権限の制限をEUの交渉戦術の一環と捉える。そしてそれはトランプ政権に厳しく対峙しようというEU側の態度の表明であると理解している。対して、後知恵的な言い方にはなるが、日本政府の「TPP水準を限度とする」という交渉スタンスはかなり控えめでつましい態度であったと思う。一見、TPP以上の関税削減・撤廃は断固として認めない、という強い交渉スタンスのように見えて、TPP水準ならOK、というシグナルでもあったからだ4。もちろん農業分野で譲歩したかわりに、為替条項など他の分野で米国が厳しい要求をしてくる可能性があり、TAG全体としてどう交渉が決着するかはまだわからない。このレポートでは農業分野の交渉を題材に、日本とEUがトランプ政権との交渉にどう対応しようとしているかについて分析を進める。なお、あらかじめ断っておくが、控えめ=弱腰、厳しい=毅然という意味ではない。筆者の関心は、交渉において具体的な言動を利用して各国が相手国政府にどのようなシグナルを送ろうとしているのか、を理解することであり、控えめがいいか、それとも厳しくいくべきかは交渉で達成したい目標次第で判断されるべきことである。

日米物品貿易交渉がスタートし、米国産農産物の関税削減・撤廃はTPP水準となった

4月15日と16日に茂木経済再生担当大臣とライトハイザーUSTR代表による日米二国間貿易協議がワシントンにて開催された。これは昨年9月に安倍首相とトランプ大統領の共同声明に基づくもので、4月下旬以降、6月末のG20首脳会議までに数度開催される日米首脳会議での皮切りでもある。
争点の一つである米国産農産物の関税水準は、TPPレベルを限度とすることが早々に明らかとなった。昨年9月に開催された日米首脳会談で「日本としては農林水産品について、過去の経済連携協定で約束した市場アクセスの譲許内容が最大限であること」を尊重する5とされていたから、そのとおりになっただけと言えばそれまでだが、とはいえTPPレベルを超えた農産品の自由化を要求される可能性は報道などで指摘されていたし、2018年の首脳会談後に公表されたトランプ大統領や要人の発言や、USTRなどの報告書からは米国の厳しい交渉姿勢が見て取れたから、もっと揉めると思っていた人が多かったはずである。直近の3月に公表された大統領経済報告でも日本との交渉でFTA締結を目指す6とされており、農産物の自由化の水準が明示されていたわけではないが、トランプ政権の強い交渉態度を予想させるものであり、トランプ政権が簡単にTPPを超える水準をあきらめるとは思えなかったのである。
トランプ政権の軟化は米国農業セクターが置かれた状況によって説明される。すでに多くの識者が指摘するとおり、TPP11や日欧EPA(経済連携協定)の発効により、両FTA加盟国からの農産物の関税が削減される結果、米国からの輸入農産物は競争力を失ってしまう。米国農業界はこの状況に不満であり、事態の早期改善、すなわち早期の日米貿易協議の妥結を求めていたのである。パーデュー(Sonny Perdue)農務長官も、二国間貿易協定交渉における農産物関税削減・撤廃の早期妥結を望むとの意向を明らかにしていた7
だが、一口に農産物といっても品目によって態度は異なる。筆者は今年1月に米国の各種農業団体と面談したが、牛肉や豚肉などの業界団体はTPP水準の早期交渉妥結を望んでいたのに対して、コメや酪農業界はTPP以上の自由化を求めていた。酪農業界は大きな政治力を有するが、乳製品輸出競争力を持つニュージーランドを含むTPP12では米国酪農業界も守勢に回らなければならなかったから、乳製品輸出国の攻勢を気にしなくていい日米二国間交渉のほうが彼らにとって都合がよいのである。こうした状況からTAGの農産物自由化交渉は難航すると思われていたのだが、TPP11と日欧EPAによる負の影響が顕在化することによって米国農業界の態度が軟化したと考えられる。
TAGの枠組みが設けられたのは、麻生太郎副総理・財務大臣とペンス(Mike Pence)副大統領による日米経済対話による時間稼ぎが失敗に終わったからではある。しかし、米中貿易戦争の長期化や米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA: United States-Mexico-Canada Agreement)交渉および難航する批准プロセスという僥倖があったとはいえ、本格的な二国間交渉を先延ばしにしたからこそ得られた成果だとすれば、日本政府の作戦勝ちという側面はあるだろう。仮に今後のTAGが日本に有利なかたちで終結すれば、厳しい貿易交渉は可能な限り先延ばしにせよ、という教訓を日本に残すかもしれない。

交渉者の権限を制約することで自分の譲歩を回避する

先述のとおり、4月15日にEUの閣僚理事会は、米国との貿易交渉に関する欧州委員会の交渉権限を承認した8。農産物の関税削減・撤廃は欧州委員会に付与された交渉権限から除外されている。昨年7月の米欧首脳会談で農産品は交渉対象外であると合意されていたものの、今年1月にUSTRが発表したEUとの交渉目標には農産物の市場開放を求めると明記していたことから、欧州委員会の狭い交渉権限はトランプ政権としてはおもしくろくないだろう。
報道ではトランプ政権はEUの農産物市場の開放を望み、しかし欧州委員会は農産物市場開放の交渉権限を持っていないからトランプ政権を納得させるのは至難である9として悲観的なシナリオを想定しているようだが、違う解釈が可能だ。農業大国でありEUの有力国であるフランスの反対が影響したことは間違いないが、筆者はフランスの強固な反対をEUが「利用」したと考えている。
どう利用したか、といえば、それはEUが簡単に米国に譲歩しないぞ、という強いシグナルをトランプ政権に伝達するために利用したのである。本心では欧州委員会に農業分野を含む交渉権限を認めたかったが有力国のフランスが反対したからそれができなかったわけではなく、トランプ政権がいら立つことを承知で意図的に交渉権限を狭める決断をEUがしたと理解するべきである。
交渉においてどの国も譲歩したいとは思っていない。譲歩するにしても最小限に済ませたい。では、どうやって相手に譲歩させればいいのだろうか。そもそもなぜ譲歩するのかといえば、「それは相手が譲歩しないと思っているから10」である。だから、相手に自分は譲歩しないと信じさせればいいのだが、自分は絶対に譲歩しない頑固者だと相手に信じさせるのはけっこう難しい。頑固を装っても虚勢であると相手に思われては意味がない。
農産品や工業製品の市場開放だけではなく、トランプ政権のEU産鉄鋼・アルミニウムに対する追加関税や気候変動対策の「パリ協定」からの米国の離脱、航空産業の補助金をめぐる対立など、米欧はトランプ政権発足以来、継続的な対立関係に陥っている。EUもトランプ政権が態度を軟化させるとは思っていないだろう。トランプ政権の譲歩が期待できず、EUも安易に譲歩したくなければどうしたらいいか。そしてEUは安易に譲歩しないぞ、とトランプ政権にどう伝達すればいいだろうか。
方法の一つが交渉者の権限の制限である。交渉する力を捨て去ることで相手に自分は譲歩が不可能であると伝えるのである。自由に交渉が可能だと固定した態度をとれなくなり、争点となっている交渉で譲歩しなくてはならなくなる。しかし、たとえば行政府が交渉する場合、立法府からその分野の交渉権限が制限されていると相手に伝え、相手もそれを知れば(そして交渉権限の再定義がそう簡単にできないならば)、譲歩する権限をもたない相手に譲歩を迫ることは不可能となる。こうして、権限を制限された側が固定された立場を堅持できるようになのである11。一方の交渉国はいら立つかもしれないし、交渉の場でその国の要求を伝えることはできるかもしれないが、譲歩する能力を欠く相手に譲歩せよと迫っても徒労に終わるだけである。
EUも米国との全面的な衝突は望んでいないだろうから、最終的には農産物を交渉のテーブルに載せる可能性は高い。しかし、トランプ政権が望む農産物市場開放を意図的に欧州委員会の交渉権限から外したのは、EUが簡単にトランプ政権に譲歩するつもりがないことを伝達するシグナルであり、交渉を有利に進めるためのジャブのようなものであり、端的に言えばかなりの嫌がらせである。ジャブが効いたかどうかは今後の交渉の経緯を見守るしかないが、欧州委員会の交渉権限の設定からEUのしたたかさが読み取れる。TAG農産物市場開放交渉で日本ペースに持ち込めた安堵感を日本政府が持っているとはいうが12、EUの交渉スタンスに比較すると日本政府はそもそも対立を表面化させる意思を持っていなかったと理解するべきだろう。

今後の展開

TAG交渉がはじまったとはいえ、目下のところトランプ政権にとって最大の貿易問題は米中貿易戦争である。米中貿易戦争の長期化によって日米貿易交渉が救われたとするならば、それが終われば日本は厳しい貿易交渉に直面することになる。ただ、報道によれば、米中貿易戦争後、トランプ政権の次のターゲットは、通商拡大法第232条に基づくカナダ・メキシコの鉄鋼・アルミニウム追加関税問題の解決とされる13
カナダとメキシコとの関係では、USMCAも批准の見通しが立っていない。USMCAの前身である北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉もトランプ政権の保護主義的な、もしくは脅迫的な貿易交渉の一例とされるが、批准段階に移行しているUSMCAはトランプ政権ではなく民主党が障害となっている。労働組合や環境団体の支持を受ける民主党はもともと自由貿易に積極的ではないのだが、USMCA批准においてもワイデン(Ron Wyden)やニール(Richard Neal)といった大物民主党議員が批准に反対している14。もしトランプ政権の次のターゲットがカナダとメキシコであれば、日米貿易交渉は先送りになるか、日本有利で交渉が進展する可能性がある。後者であれば日本の交渉担当者にとっては好都合である。 こうした他国の貿易交渉の進展具合もTAGの行方に影響を及ぼすが、今回の協議における日本政府の態度をトランプ政権がどう認識したかも(日本政府にとっての)交渉の難易度に影響を与えよう。識者がすでに指摘するように、茂木・ライトハイザー閣僚級会合が、日米首脳会談を前に日米が対立しているように見えないよう日本側が望んだ交渉だったとすれば15、それは日本がTAG交渉を決裂させる意思がないことをトランプ政権に示したのと同義であり、そうであれば今後の交渉ではトランプ政権が日本に譲歩を要求してくる可能性は高い。USMCA交渉で貿易と為替が分けられていなかったことを考慮すれば、TAGで為替問題が取り上げられる可能性は十分ありえる。実際、報道では、4月25日の財務相会談でムニューシン(Steven Mnuchin)財務長官が麻生財務相に為替問題を貿易交渉の中で取り上げるよう要求したとされる16。交渉を決裂させないために日本は譲歩をしてでも合意を取り付けようとするだろうと米国が予想するならば、今後の交渉は今回の茂木・ライトハイザー会合よりも日本政府にとって厳しいものになるだろう。

 

1 「米、難題棚上げ成果優先 日米貿易交渉、農産品・車を先行 対日赤字では不満表明」『日本経済新聞』2019年4月18日。
2 “Trump Looks for End to Japan Farm Tariffs Ahead of Two Visits,” Bloomberg, April 27, 2019,
https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-04-26/trump-abe-agricultural-tariffs.
3 European Council, “Trade with the United States: Council authorises negotiations on elimination of tariffs for industrial goods and on conformity assessment,” April 15, 2019,
https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2019/04/15/trade-with-the-united-states-council-authorises-negotiations-on-elimination-of-tariffs-for-industrial-goods-and-on-conformity-assessment/.
4 こうした読み替えは珍しいものではない。たとえば、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)ウルグアイラウンド交渉時、日本政府はコメの「関税化」に反対していた。もともと関税化は全面的な市場開放を狙ったものと受け取られており、関税化反対は自由化反対と同義であった。しかし、時間の経過とともに、関税化反対は、「関税化には反対する」という意味に代わり、逆にいえば関税化以外の方法(ミニマム・アクセス)なら容認という意味に変化していった。軽部謙介『日米コメ交渉―市場開放の真相と再交渉への展望―』中公新書、1997年、103-104頁。
5 外務省「日米首脳会談」2018年9月26日、https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_004367.html
6 Economic Report of the President, March 2019, p.506.
7 “U.S. Agriculture Secretary Sonny Perdue seeking ‘very quick’ deal on tariff reductions with Japan,” the Japan Times, April 12, 2019,
https://www.japantimes.co.jp/news/2019/04/12/business/economy-business/u-s-agriculture-secretary-sonny-perdue-seeking-quick-deal-tariff-reductions-japan/#.XLgcx6F7kdE.
8 European Council, “Trade with the United States: Council authorises negotiations on elimination of tariffs for industrial goods and on conformity assessment,” April 15, 2019, https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2019/04/15/trade-with-the-united-states-council-authorises-negotiations-on-elimination-of-tariffs-for-industrial-goods-and-on-conformity-assessment/.
9 「米国に報復関税 200億ドル相当 EUが準備 硬軟姿勢で軟着陸探る」『日本経済新聞』2019年4月17日。
10 トーマス・シェリング(河野勝監訳)『紛争の戦略―ゲーム理論のエッセンス―』勁草書房、2008年、21-22頁。
11 シェリング『紛争の戦略―ゲーム理論のエッセンス―』28-30頁。
12 「日米貿易交渉 米軟化の背後に農家の不満」『産経新聞』2019年4月17日。
13 “USTR official: Section 232 tariff resolution the top priority ‘after China’,” Inside U.S.Trade, April 19, 2019.
14 “A look at ITC’s underwhelming report on USMCA,” Politico, April 19, 2019, https://www.politico.com/morningtrade/.
15 木内登英「不透明感が強く残る日米貿易協議の初回会合」『木内登英のGlobal Economy & Policy Insight』2019年4月17日、
http://fis.nri.co.jp/ja-JP/knowledge/commentary/2019/20190417_2.html
16 “Japan resists U.S. pressure on FX in trade talks ahead of Abe-Trump summit,” Reuters, April 26, 2019,
https://in.reuters.com/article/usa-trade-japan/japan-resists-us-pressure-on-fx-in-trade-talks-ahead-of-abe-trump-summit-idINKCN1S2095.
環境・エネルギー部
副主任研究員
秋山 卓哉

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