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越境するフロンティアとしての芸術とその戦略

2009/10/01

 一般に「芸術」は政策や経営、産業技術のフロンティアなどとは縁遠いと思われやすい。だが本稿はその「芸術」の観点に立ち、明治以降の我が国の基本政策を確認しなおすところから出発する。西南戦争以後、財政逼迫状況にあった明治政府は、不足しがちな外貨準備高を補う信用根拠として古美術品や伝統工芸技術を利用し、そこから東京美術学校の設立にいたった。漆芸や竹細工などの日本伝統技芸は、意外にもエジソン電球や蓄音機産業など当時の最先端イノベーションと直結している。
 1889年パリ万国博覧会とエッフェル塔などの例を引きつつ、恐慌を実体をともなう有為な価値創造で乗り切る観点、フェノロサ、岡倉天心、六角紫水などの仕事を再評価する。これらは実は筆者が東京大学「知識構造化プロジェクト」(2001-2005)のグランド・デザインを行う際のモデルとしたものである。筆者は1999年に東京大学建学122年目で初めての芸術の教授職として招聘された経緯がある。「IT革命」などの呼び声のもと、100年前にフェノロサ、天心から狩野芳崖、六角紫水らが行った仕事の21世紀版に取り組んだ。これについて簡潔に説明する。
 東大でのケースも踏まえ、成功の具体例として2016年東京オリンピックの可能性を考える[追記:本稿最終校正中に東京は候補地として落選。本文追記参照のこと]。1889年パリ万博、1936年ベルリン・オリンピック、64年東京オリンピックなどと比較しつつ、候補地を東京と競い合って敗れた「福岡オリンピック案」の特質を再評価する。これら全体を通じて、日本の分野横断的な産業・技術フロンティア開拓モデルとして「見立て」の可能性を指摘する。

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