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満鉄調査部に学ぶ日本シンクタンクのあるべき方向性

2011/04/01

 本稿の目的は、戦前に南満洲鉄道株式会社(満鉄)と称された株式会社に設立された調査部の活動を跡付けたものである。満鉄調査部と称されたこの調査機関は、発足当初は、初代総裁・後藤新平らのバックアップを受けて積極的調査活動を展開したが、当初の国際状況の厳しさが過ぎ去ると同時に縮小された。ところが、1917年のロシア革命は状況を一変させた。社会主義国家・ソ連の誕生とともに、資本主義体制と対立するこの体制を調査する必要性から、満鉄調査部は再び脚光を浴び始めたのである。1920年代から30年代初めにかけて調査部は、多くのソ連調査書を世に送り出した。そして31年の満州事変から満洲国の「誕生」のなかで、同調査部は、経済調査会を結成して、満州国の経済国策の立案にあたった。さらに37年の日中戦争から41年のアジア太平洋戦争の中で、調査部はその規模を拡大して総合調査を立案実施していく。しかし、42年から急速に強化された戦時統制化で、国策に深く関与した調査部は、それゆえに国策当事者たちとの摩擦と軋轢を深め、自由が奪われていき、42年には関東憲兵隊の大弾圧を受けた。このあとは、大規模な調査活動を展開することなく、45年の敗戦とともにその終焉を迎えることとなった。満鉄調査部は、民間機関でありながら、国策に深く関与して調査活動を展開した数少ない調査機関のひとつだった。戦後の高度成長から経済低迷を迎えている今日、日本を取り巻く国内外の情勢が混迷する中では、満鉄調査部のような民間調査機関の重要性は増すことはあっても減ることはないのではないか。

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