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事業や統括機能に応じて選択されるシンガポール

シリーズ「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」②

2021/04/28
大原 潤

グローバル展開をする日本企業が、アジア等に地域統括拠点を設置することは、迅速かつ効果的な事業運営を実現する上で、既に当然の施策となっている。そこで本連載では、事例をもとに地域統括拠点のロケーション戦略を読み解いていく。連載2回目の本稿では、アジアの中で地域統括拠点を置く都市として、多国籍企業から最も好まれるシンガポールについて論じる。

1.製造業における脱シンガポールの動き

シンガポールは、多国籍企業がアジアの中で最も好んで地域統括拠点を置く都市であった。安定した政権下で整えられるインフラ環境、英語が公用語の1つである、高度な教育を受けた優秀な人材を多く輩出している、などといった条件は、東アジアから南アジアにわたる幅広いエリア展開の中心地として魅力的な環境といえるだろう。

しかしながら、近年では統括拠点を設置した企業、特に製造業において、一部もしくはすべての機能を周辺国へ移管する例が散見される。日清食品ホールディングスは2020年10月、シンガポール法人の持つ地域統括機能をタイ法人に移管した。再編は「タイを中心とするアジアの事業拡大を図るため」という。シンガポールの国土面積は、東京都23区とほぼ同じとされており、人口はタイの約12分の1であり、その市場規模は決して大きいとはいえない。域内の重要市場であるタイのマーケティング機能を軸とした統括拠点形成へ転換する、という判断の現れであろう。さかのぼること2016年8月には、金属加工機械メーカーのアマダホールディングスも域内統括機能をシンガポールからタイへの移管を発表している。同国内の製造リソースを集約のうえ、技術センターと統合して域内の中核拠点と位置付けると同時に、シンガポールのコーポレート機能を併せることで統括機能を強化した。

2.脱シンガポールの背景

シンガポールはオフィスの賃料や人件費といった、企業活動の維持にかかるコストが非常に高い。それに加え、自国労働者の雇用を勧奨する方針から、日本人駐在員が利用することの多い専門職用の就労ビザEP(Employment Pass:エンプロイメントパス)の発給条件が厳格化され 、ビザの発給に必要とされる月給水準が上昇傾向にある。日本からの出向者を中心とした運営形態が多い日系企業にとっては大きな懸念材料であり、他国への統括機能の移転を後押しする理由の1つとなることは想像に難くない。人件費など拠点維持コストの上昇は、付加価値労働生産性の高い、例えば金融、不動産といった業種にとっては、単独でシンガポールを離れる選択肢を選ばせる材料とはならない。だが、多くの製造業にとって拠点維持コストの高騰は死活問題と考えられる。

前述のアマダホールディングスのようにシンガポールに統括拠点があっても、タイなどの周辺国に製造拠点を構える企業は多い。また、シンガポールに統括機能を持つ日系企業において、統括会社に対する優遇税制の活用があまり進んでいないことも、他国に目を向ける一因となると想定される。優遇税制の認定要件として、一定規模の投資を継続するなど経営の自由度が損なわれる、認定を維持するための手続きも煩雑であるなど、税の軽減効果に比して乗り越えるべきハードルが高すぎるものとして受け止められていると考えられる。JETROが2020年3月17日に発表した「第5回在シンガポール日系企業の地域統括機能に関するアンケート調査」によれば、優遇税制を「利用している、または過去に利用していた」と回答した企業は17.6%(19社)にすぎなかった。

3.研究開発(R&D)機能に特化

対照的に、継続して活発なのは図表1に挙げた研究開発(R&D)拠点設置の動きである。2021年2月、中国通信機器大手のファーウェイ(華為技術)はモバイルアプリの開発支援拠点を開設したが、この1年間でその規模が3倍になるなど急拡大を続けている。また、同年同月の米IT大手デル・テクノロジーズは、デジタルトランスフォーメーション(DX)に関する研究開発拠点を設置し、「シンガポールにおけるパートナー企業との連携」を選定背景に挙げた。2018年10月の独半導体大手インフィニオンテクノロジーズは「世界的に見てアジアは電子産業が盛んであり、その中でもシンガポールには、優秀な人材や新興優良企業が集中する傾向にある」ことが選定の理由だという。人材やアライアンス先の集積といったソフト面の環境整備に加えて、ハード面でも恩恵が用意されている。企業はシンガポール政府から、新規性や革新性を持つR&Dに対して、法人税への費用控除を得られる。この優遇制度は事前申請の必要がないため、企業側の負担を軽減できると想定される。知財の面でも政府は、取引・出願・紛争解決などの知財管理プロセスを整備し、さらに周辺国とのプラットフォームの共有化までも視野に入れて、アジアにおける知財のハブ機能となるべく基盤づくりを進めている。

【図表1】シンガポールに研究開発(R&D)拠点を設置した企業
【図表1】シンガポールに研究開発(R&D)拠点を設置した企業出所:NNA、JETROから作成

4.事業や機能に応じたロケーション選択が進む

拠点維持コストが増加し企業の負担が増える中で、業種や機能によって統括拠点を設置するロケーションを選択していく動きは続くだろう。前項で取り上げた製薬、通信機器、電子部品や半導体メーカーは、製造業の中でも売上高に占める研究開発費の割合が高い業種であり、彼らにとっては政府の研究開発に対する優遇税制が特に魅力的に映るはずである。R&Dの位置 づけが大きいからこそ、知財保護の環境整備が進んでいる、高度人材を集めやすい、といった環境もシンガポールにとどまり続ける重要な要素となってくる。

一方、製造業のR&Dといっても比較的小規模で製品開発・設計・調達・品質管理など生産周辺機能の一体性が求められる業種では、タイなど周辺国の生産拠点の巨大化が進むにつれ、シンガポールからの移転を検討することとなり得る。「製造業の統括拠点として好まれるタイ」(2021年3月22日付掲載)で述べているように、域内に統括拠点は複数存在しても構わない。シンガポールの設置機能を必要最低限にすることも考えられるだろう。タイやマレーシアなど周辺国の経済成長が進んできた現在では、事業や機能において最適な国家・都市を選んで統括拠点を設置していく動きは、今後加速していくのではないかと考える。次回は隣国マレーシアを例にとり、国家・都市とそこに設置される統括機能の関係について考察を深めていくこととしたい。

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【関連レポートはこちらから】

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」①
製造業の統括拠点として好まれるタイ(2021年3月22日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」③
産業・機能特化の地域統括に活用されるマレーシア(2021年8月20日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」④
インドネシアにおける地域統括機能・ロケーション戦略上の可能性(2021年8月24日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」⑤
1国2制度のもと法務・知財・為替の統括機能を強める香港(2021年10月25日)

グローバルコンサルティング部
シニアコンサルタント
大原 潤

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