政策・経営研究39号最終
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1環太平洋パートナーシップ(TPP)協定「普遍性」と「個別性」~TPPを分析するためのひとつのヒントとして~On Universalism and Particularism: Another View for the TPP Controversy劇作家の山崎正和氏は『装飾とデザイン』(中公文庫2015年)のなかで、人間には「普遍への志向」と「個物への固執」という対極的な2つの意志があり、それが人類の文明史を特徴づけているという興味深い議論を展開している。たとえば、建築の世界を見ても、ル・コルビュジェの簡潔で極限にまで機能性を追求した「普遍化された」デザイン(たとえば「サヴォワ邸」)とガウディの猥雑極まりない曲がりくねった曲線で装飾された「個別性の強い」建造物(たとえば「サグラダ・ファミリア」)を比較すれば、人間が一方で「普遍的」なものを、しかし他方では「個別的」なものを求めているらしいことを容易に確認できるだろう。たしかに、人間は、簡潔な、どこにでも適用できる基本形を一方で希求しながら、他方ではそれに飽き足らず、そこに自分自身の個性を反映させたいという欲求を抑えきれないものらしい。実は、この「普遍性」と「個別性」への2つの対極的なものを求める人間の性質はあらゆるところに噴出しているように見える。目、鼻、口、耳を備えた「人間の顔」という概念は普遍性を持つ。これは人種の違い、性別、年齢を超えて普遍的に存在している。しかし、現実に目の前にいる人間の顔はひとりとして同じではない。すべての人間はひとりひとり個別的である。別の例を考えよう。正三角形は普遍的な概念だが、現実世界では厳密に正三角形の形をした個物は存在しない。プラトンをはじめとする古代ギリシャの哲学者は、いわゆる「イデア」こそ物事の本質であって、現実にわれわれが目にするものはイデアの「模写像」にすぎないと考えた(山崎正和同上書。75頁)。これは芸術論の素人である私の仮説にすぎないが、ギリシャではいかにイデアに近いものを現実に創り上げることができるかを問い、それを実践することが芸術的行為の目的だったのではないだろうか。たとえば、ヴィーナスの彫像は「美しい女性」のイデアを具体的に目の前に創り上げようという彫刻家の必死の努力の結果であった。しかし、そのようにして創り上げられた数多くのヴィーナス像は2つとして同じものにはならなかった。しかし、イデアにできる限り近づけることが芸術だという考え方は、ギリシャ芸術に大きな制約を課したのではないだろうか。なぜなら、現実の世界においては、イデアで表現しきれないものがあまりに多いからである。やがて、芸術家たちは、イデアとしてのヴィーナス像を徹底して追い求めることをあきらめ、自分が造るヴィーナス像に自分自身の個性を反映させようとしはじめた。もっと言えば、現代的な考え方のなかには、イデアに代表される完璧な普遍性を追い求めるのではなく、あえて欠落した部分を残すことによって、人間の想像力を掻き立て、造形物の中にダイナミックな動きを生み出すことでかえって物事の本質を浮き彫りにすることが芸術の仕事でさえあるという見方もあるようだ。中谷  巌Iwao Nakatani三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長Mitsubishi UFJ Research and Consulting Co.,Ltd.Ph.D.Chairman,the board of counselors1芸術に見る「普遍性」と「個別性」

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