政策・経営研究39号最終
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「普遍性」と「個別性」3ことなき者までも、同じこと也。そもからぶみをよまぬ人は、さる心にはあるまじきわざなれども、何わざも漢国をよしとして、かれをまねぶ世のならひ、千年にもあまりぬれば、おのづからその意世の中にゆきわたりて、人の心の底にそみつきて、つねの地となれる故に、我はからごころもたらずと思ひ、これはから意にあらず、当然理(とうぜんのことわり)也と思ふことも、なほ漢意(からごころ)をはなれがたきならひぞかし。」(丸山眞男著『丸山眞男講義録 第七冊 日本政治思想史 1967』東京大学出版会 1998年 284ページより孫引き)。本居宣長は、中華文明を普遍的なものとして崇めてきた当時の日本人がいかに知らず知らずのうちに「からごころ」に染まってしまっているかを嘆いている。自分の意見が絶対正しいと思って滔とうとう々と自分の主張を述べる人の多くは、実は知らないうちに中華文明に汚染されており、実は彼の主張の多くはどこかの「漢籍」(中国人の書いた文献)に載っているものなのだというわけである。また、「漢籍」を読んでいない庶民といえども、実は同じことであって、長い間に中国風のものの考え方が社会に流布してきたために、「からごころ」から脱却できないというのである。自分たちが知らず知らずのうちに普遍的な文明に飲み込まれてしまい、日本独自の文化(やまとごころ)を忘れてしまっている。その現実を直視することが必要であり、それこそ「からごころ」を脱却し、「やまとごころ」を取り戻す出発点になるというのが本居宣長の主張である。ここにも鮮明に中華文明という「普遍性」と日本文化という「個別性」が対比されており、知らず知らずの間に「普遍性」の虜になっているだけでなく、自分が「普遍性」の虜になっていることすら気が付かないでいるさまを嘆いている。ここで本居宣長を持ち出した理由は、彼の指摘がそっくりそのまま戦後日本人にも適用しうると考えられるからである。「からごころ」の相手国は中国からアメリカに移ったけれども、多くの日本人は第二次大戦敗戦直後にマッカーサーが持ち込んだ「アメリカン・デモクラシー」の思想を驚くほど素直に受け入れ、戦争以前の日本文化を「前近代的」「非道徳的」なものとして否定もしくは無視してきた。現代日本人の多くは、「からごころ」ならぬ「えびすごころ」の虜(「アメリカかぶれ」といった方が分かりよいかもしれない)になってきた。本居宣長に倣って言えば、現代日本人も自分自身が「えびすごころ」にとらわれていないかどうかを自問自答し、自分自身を取り戻すべきだということになる。なぜわれわれはそれぞれの民族が持つ個別「文化」に固執しなければならないのだろうか。その理由はなかなか厄介ではあるが、あえて言うと、人間は個人としては生きていけず、必ず特定の文化共同体の一部として生きるものだからである。共同体から完全に独立した理性的個人というものは、西洋啓蒙思想が生んだ、あくまで抽象的な概念であって、生身の人間はすべからく共同体によって育まれ、共同体の規範の呪縛の中で生活している。逆に、文明というものはそれぞれの地域に根差した固有の文化の中から、「普遍性」のある部分を取り出し、異なる文化圏においてもその妥当性を認められたものの集合体と解釈できる。したがって、文明は「文化の上澄み4「文明」(普遍性)を支えるのは「文化」(個別性)である

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