政策・経営研究39号最終
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「普遍性」と「個別性」5ここで2点指摘しておきたい。まず、自由貿易というのは経済覇権国が作り上げるルールであって、経済的弱者も利益を得ることができるという理論構成になってはいるが(リカードの比較優位の法則)、実際は、経済覇権国が最大の受益国として意図的に作り上げたルールだということである。そもそもアダム・スミスやリカードの言う自由貿易思想が現実に普遍的なルールとして確立するきっかけになったのは、1846年のイギリス議会による穀物法廃止であった。それは産業革命の勃興によって、イギリスが世界経済の覇者となり、自由貿易を推進する方が保護主義的な穀物法を維持するよりも国全体としては利益が大きいと判断したからである。その後、2度の世界大戦を経て、圧倒的な経済大国となったアメリカが主導して、GATT(関税と貿易に関する一般協定)、WTO(世界貿易機構)を経て、自由貿易が普遍的なルールとして認められるようになっていった。アメリカが覇権国として君臨していた時代には、ほかのどの国も自由貿易思想を正面からは否定しなかった。自由貿易によって被害を受ける自国の産業については、自由貿易の例外として特例を認めてくれるように働きかけることがせいぜいであった。もう一点。覇権国が弱体化すれば自由貿易という「普遍的」ルールは変質し、各国の「個別的」事情が優先されるようになるということである。WTOという多国間自由貿易交渉はアメリカの経済弱体化とともに後退し、いまや、TPPという特定のブロック内における自由貿易体制に道を譲ったのだが、しかし、実はその部分的な自由貿易体制であるTPPですら、アメリカは反対し始めたということである。2015年に一応の決着を見たTPP交渉の過程で、アメリカ側が自国の自動車産業保護を執拗に求めていたことは記憶に新しいが、第2次世界大戦直後のアメリカなら到底想像できない光景であった。そして、今回の大統領選挙においても、トランプ、クリントン両候補とも、TPP反対の論陣を張るに至って、誰もがアメリカの経済的凋落を実感したのであった。TPPの議論を通じて明らかになってきたことは、自由貿易思想が普遍的なルールとしてその地位を失い始めたということである。経済覇権国のアメリカが自由貿易思想に対して保護貿易的なスタンスを取り始めたからである。それでは、世界はこれから保護主義的色彩を強めるのであろうか。また、それは望ましいことなのであろうか。日本が普遍的ルールとしての「グローバル・スタンダード」に適応すべきだと考えている人は多い。普遍的ルールに対応することこそが進歩的だとする風潮も強い。しかし、それだけでは十分でない。なぜなら、TPPの例に見られるように、「グローバル・スタンダード」は国際的な政治経済情勢によって動くものだからである。アメリカの経済的凋落によってWTOは力を失い、TPPもその運用にあたってはさまざまな条件が付けられるようになってきた。普遍的なルールと見られてきた自由貿易は今や普遍的ルールとしての地位を追われようとしていると言えるだろう。それでは、自由貿易体制は崩壊するのだろうか。世界は再び保護主義に走ると見るべきなのだろうか。しかし、がちがちの保護主義は経済戦争を招き、国家間の対立を生む。これはわれわれが20世紀前半に嫌というほど味わった歴史的経験である。日本にとって重要なことは、自らを普遍的ルールに適合させるだけではなく、世界に通用する新たな「グロー

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