政策・経営研究43号最終
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バスク自治州ビルバオの食文化63に楽しむために食堂や居酒屋に集まっていたのだが、そのうち、心おきなくいつでも飲食に使えるような場所を仲間うちで作ろうという機運が出てきたことにあるらしい」(吉田2012:279)とする説もある。その他、バスクの家「カセリオ」を中心とした隣人たちとの共同作業の伝統が、この「美食倶楽部」に継承されている、との解釈もある(渡部2004:201-202)。なお、この「美食倶楽部」の隆盛はバスクの政治情勢と密接な関係があるとの見解もある。「70年代まで続いたフランコ将軍圧政時代までは、いろいろなクラブを作るのが難しかった歴史的背景」(高城2012:145)を踏まえ、「実は目的は別でも名目上『美食倶楽部』にしてカモフラージュに使っていたそう」(ibid.)である、とのことである。いずれにしても、今日において、ソシエダ会員の男性たちは、「常日頃、美味しいといわれる店に行っては研究に余念がない。こうした食に対する感度の高さは異常なほどで、星の数ほどある飲食業界を支えているといっても過言ではない」(山口2013:41)とのことで、バスク地方全体で数百あると推定される美食倶楽部の存在が、バスクにおける独自の食文化に対する独自の食文化を育んだ土壌となっていることは間違いないであろう。③バスク・ナショナリズムを増幅させた「ポテオ」と「ピンチョス」バスクのバルで提供される最もポピュラーな食べ物が「ピンチョス」である。「ピンチョス(スペイン語:Pincho、バスク語:Pintxo)」とは、もともとは「串」という単語であり、そこから転じて、複数の食材を串刺しにしたおつまみのことを今日では意味している。このピンチョスが誕生したのは、「19世紀後半にアルフォンソ12世が『バルでお酒を提供する時は何かを食べさせる』という法律を作った。これを契機に飲む際に、(当時は無料の)おつまみ程度の食べ物がついてくる風土が、スペイン全土に広がっていった」(高橋2017:43)という説がある。代表的なピンチョスは「ヒルダ(Gilda)」であり、アンチョビ、オリーブの実、青唐辛子の酢漬けを楊枝に串刺ししたものである。もっとも、この「ヒルダ」が誕生したのは比較的最近のことであり、1970年代の終わり頃とのことである(山口2013:43)。ちなみに、これは奇しくもフランコの軍事独裁政権が終わり、バスクの民主化が開始されたのと同じ時期である。「ヒルダ」という名称は、米国の女優リタ・ヘイワース(Rita Hayworth)が主演する代表図表7 ソシエダ・ガストロノミカの調理場出所:筆者撮影

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