政策・経営研究43号最終
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バスク自治州ビルバオの食文化65そもそもバスクには、“cuadrilla”と呼ばれる、独特な社会的慣習がある。“cuadrilla”とは、「休日や週末、一日の終わりの自由時間等に、ある集団がときどき会うこと」 (Pérez-Agote 2006:93)である。そして、“cuadrilla”のうち、最も典型的なものが、「ポテオ(poteo)」または「チキテオ(chiquiteo、txikiteo)」と呼ばれるもので、これらは「夕方から夜半にかけてタベルナやバルを梯子しながらつまんで歩く」(萩尾&吉田2012:208-209)という食文化なのである。ポテオの語源は不詳であるが、チキテオの語源は、「Txikito(チキート)」にあるようで、「チキート」とはバスク地方でよく使われる寸胴グラス(一番小さいサイズのもので、高さ約6センチメートル程度)のことである。このように小さなグラスが普及したのは、数軒のはしご酒をするために、一軒で飲む量は控えめにするということが理由のようである。そして、この「ポテオ」という独特な食文化は、単に個人的な趣味の活動であるだけではなく、バスクのアイデンティティと密接に関連した、政治的な活動でもあったのである。周知の通り、フランコの独裁政権の時代においては、「バスク語やバスク文化の完全な禁止は、バスクらしさの表明が違法行為と必ず関係したことを意味した。バスクらしさを公共の場で表現することは禁止された。禁止されたシンボルの発信、コミュニケーションおよび参加は、友達のグループ(cuadrilla)、ダンスやハイキングのクラブ、poteoのような日常の活動などの狭い交友関係、そして家族内の関係だけになった」(Pérez-Agote 2006:93-94)のである。そして、「じつは、飲食街の喧騒の中で繰り広げられるポテオこそが、様々な情報交換の場であった。(中略)『バスクなるもの』の継承維持の活動は、信頼できる仲間に伝えられ、各家庭に持ち帰られた。こうして、バスク語・文化の抑圧された状況に対する共通認識が確認され、抑圧に抗う共通意識の下地が緩やかに築かれていったのである」(萩尾&吉田2012:209)。つまり、ポテオの存在が、その後の民主化および独自の食文化の発展を支えるインフラストラクチュアとなったとも解される。フランコの時代の間、「poteoは、異なるcuadrilla(友人のグループ)同士の接点を提供し、これがのちに異なる組織間の関係づくりにつながっていった」(Pérez-Agote 図表10 ポテオする人々(ビルバオの旧市街)出所:筆者撮影

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