政策・経営研究43号最終
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シンクタンク・レポート68季刊 政策・経営研究 2017  vol.3をエリック・スティーブン・レイモンド(Eric Steven Raymond)が出版したのが1999年のことであった。すなわち、1990年代は「オープンソースの10年」であったと言える。興味深いことに、そのような動向と並行して、バスクにおいても料理のレシピのオープンソース化が進展していったのである。実際、筆者がビルバオ市の招へいで10日ほど同市に滞在した際にも、異なるレストランのオーナー・シェフたちが互いのキッチンに入り込み、料理等について議論をしている場面を何度も目撃した。また、リアルなつながりだけでなく、バーチャルな面でもシェフたちはネットワークを緊密に保持している。たとえば、ビルバオの一部のシェフたちは、「地獄のシェフ・ネットワーク(Inferno chef’s network)」(!)と名付けられたSNSで常時連絡をとりあっているのである。このような「オープンなネットワーク」の背景としては、バスク人の「お互いに助け合う精神」があるのではないかとの指摘がある。たとえば、農民においては、「アウソラン」と呼ばれる「家の建て替えなどの大作業時には近所同士で助けあう共同作業システム」が存在する。同様に、漁師においても、「アランツアレ」と呼ばれる、同業者組合による集団作業が存在する(高橋2015:51)。こうしたバスク社会に伝統的な「お互いに助け合う精神」が基盤となって、シェフたちによる「オープンなネットワーク」が構築されているものと推測される。さて、バスクのシェフたちは、実際にどのようなレシピをシェアしていったのであろうか。その代表的なカテゴリーのひとつが「分子ガストロノミー」と呼ばれる料理である。「分子ガストロノミー(Molecular Gastronomy)」という分野は、1988年3月に、2人の科学者、すなわちオックスフォード大学の物理学教授であったNicholas Kurti氏(1908年~1998年)とフランス国立農学研究所(INRA;Institut National de la Recherche Agronomique)の物理学者Herve This氏によって開始されたものである(This 2009:24)。その後2000年に、This氏によってINRAに分子ガストロノミー研究室(Team of Molecular Gastronomy)が創設された(川端2006:92)。This氏によると、すべての料理は計算式で表現することができるとのことである。たとえば、カスタードは、ミルクから油(O)を数滴たらし、最初に砂糖と卵黄をホイップする間に空気(G)が入り、そして(加熱の過程における卵の凝結による)小さく固い粒子(S)ができ、それらを液体(W)に分散させるため、(G+O+S)/W という式で表現されることになる(This 2009:26)。この「分子ガストロノミー」に、ミシュラン3つ星に輝く、フランスを代表するシェフであるピエール・ガニョー図表11 複合分散系(CDS;complex disperse system)の公式論出所:This2009(26)をもとに筆者作成

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