政策・経営研究43号最終
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バスク自治州ビルバオの食文化69ル(Pierre Gagnaire)氏が共同研究で参加し、この考え方が、世界のトップシェフたちに強い影響を与えていった(川端2006:92)。そして、「分子ガストロノミー」は、前述した「ヌエバ・コッシーナ・バスカ」の運動にも影響を与えていくことになる。もともと、「ヌーベル・キュイジーヌ」の特徴を表現する10ヵ条のうち、8番目は「現代の技術革新への興味」であった。具体的には、「エスプーマ」と呼ばれる空気ポンプで泡を作ってソースにする、アルギン酸や塩化カルシウムを使ったキャビアもどき、ゼリーのようなスパゲッティ等、「分子ガストロノミー」の考え方のもとで、シェフたちはこれまでになかった料理を次々とつくり出していったのである(土田2015:74-75)。そして、これらの新しい料理は、「『食べられる彫刻』でもあり、まさに芸術作品」(高城2012:89)と高い評価を得ていくことになるのである。⑥まとめ:ビルバオからの示唆以上、ビルバオの食文化が高い評価を獲得した背景として、5つの重要な要素を分析した。すなわち、(1)ビスバオを代表する名物郷土料理(バカラオ)が存在していたこと(2)美食倶楽部の存在がバスク人に潜む高い食文化DNAを象徴していること(3)ポテオがピンチョス等の独自の郷土料理発展のインフラストラクチュアとなったこと(4)ヌエバ・コッシーナ・バスカが食文化を育む誇り高い地域の独自性を確立したこと(5)レシピのオープンソース化が個々の店舗でなく地域全体の水準を上げたことを表層的な要因としてあげられる。ただし、これらの5つの要素のさらに前提として、バスクに特有の、家族を中心とした隣人たちとの共同作業「カセリオ」や、農村における「アウソラン」または漁村における「アランツアレ」のような近所同士で助けあう共同作業システムの存在を指摘することができる。そして、これらの諸要素が互いに結び絡み合い、バスクのアイデンティティを再構築することを通じて、ビスバオの食文化が世界を代表する水準にまで引き上げられたと理解することができる。換言すると、タラ等の海の幸を中心とする美味しい食材が豊富にあったこと、ミシュランの星を得るほどの高い技量をもつシェフたちが集積していること、観光客が多数来街していることは、ビルバオの食文化が高い評価を得た理由において実は決定的な要因ではないのである。自由と独立の象徴としてのバカラオ料理、フランコ圧政下においてカモフラージュとしても機能した美食倶楽部、バスク・ナショナリズムを増幅させた「ボテオ」と「ピンチョス」、反権威主義としての「ヌエバ・コッシーナ・バスカ」、そしてバスクの共同作業の伝統を踏まえたレシピのオープンソース化など、ビルバオそしてバスクの伝統(および独特の歴史)と密接に結びついた、地域のアイデンティティを表象する食をめぐる“文化”の存在こそが、ビルバオの創造的な料理人たちの活動の基盤となっているのである。こうしたビルバオの食文化に関する歴史的構造を整理すると、図表12のような図となる。国連世界観光機関(World Tourism Organization、略称:UNWTO)は、同機関としては初めて「フード・ツーリズム」をテーマとした報告書 “Global Report on Food Tourism” を2012年に発行している。同報告書において、「フード・ツーリズム」は「ガストロノミー・ツーリズム(美食観光)」だけではなく、地域文化を巡る観光をも含む幅広い概念として位置づけられている(UNWTO2012:5)。そして、「世界はますますグローバルに開いている。一方で、観光客は、地域のアイデンティティと文化に基づいた経験を求めている」(UNWTO2012:10)ことを背景として、「近年、地域に根付いた文化とライフスタイルを学ぶために、食文化は不可欠に要素となっている」(ibid.)と分析しており、「観光の訪問先における料理は、休暇におけ6おわりに

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