2020-2021SEARCH
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■忍び寄る分断社会社会課題解決の共通の目標に向かって、市民と行政が協力して、取り組むことができれば、自治体・地域にとって大きなチカラになることは間違いありません。協働、共創といった言葉が役所で多用されることも、その期待感があるように思われます。しかし、実際の地域社会では、静かに分断が進んでいるように思われます。我が国では、海外と比較し、政治イデオロギー、人種的な差別が、暴動を起こすような大きな問題にはなっていませんが、人口減少に伴う地域格差、教育機会の不平等を生み出す所得格差、社会保障の国民負担の年代格差、正規・非正規労働の労働格差などは確実に拡大しています。また、地球温暖化問題についても、前提とする危機意識の理解に応じて、エネルギーの在り方についての論争が待っていることは避けられそうにありません。防衛問題、人権問題などでも考え方の分断が進んでいます。加えて、新型コロナは、情報格差、リスク意識の格差によって感染抑制の行動ギャップが明らかになっただけでなく、リモート社会への移行は、従来のコミュニティ、職場の中に新たな分断の土壌を生み出す要因になる危険性も持っています。■寛容力が必要と言われるが・・・協働、共創といった耳当たりの良い言葉も、それが仲間内だけでの言葉であれば、その外側に、新たな分断を生み出しかねません。本来、協働、共創といった価値には、異なる考え方、利益基盤の違う集団を結びつけることで、“化学反応”、“相乗効果”を期待することにあるはずです。アメリカの社会学者であるリチャード・フロリダ(1957-)は、クリエイティブな都市形成にとって、Technology(技術)、Talent(才能)に続く3つ目のTとして、Tolerance(寛容力)をあげたことは有名です。個人の自己主張が強いアメリカ社会において、寛容力の重要性に着目したことはよくわかりますし、実際に寛容力がある都市が成長しているという分析も興味深いものです。しかし、もともと寛容力がある国民が圧倒的に多い日本において、あらためて寛容力を求めることが、分断克服や地域活性化のカギと言われても腑に落ちないと思うのは私だけでしょうか。一見は多様性があるようにみえても、遠慮や配慮、忖度、関心の欠如によって、実質には均質的な集団になっており、組織や地域の活性化につながっていないことも多くあるように感じます。■真の寛容力とは何か人は、誰も自分事でない場合は、寛容になれるものです。「思い通りにならないことは黙っておこう」「そんな先のことなど自分には関係ございません」という意識から生まれる寛容です。この寛容力を持った人が多くいても、ものごとは予定調和に終わるだけで、クリエイティブな社会が生まれないことは当然です。この無関心や忖度が生み出す寛容によって、地域や組織のなかに、不満がたまっていけば、水面下で分断や停滞が進行します。「自分で考えろ」と強くいってみても解決にはなりません。そこには、リーダーの姿勢や組織文化があるからです。市民、部下、そして起用した専門家までにも、リーダーや組織が、暗に個人の寛容を求めていることが少なくありません。親が少し大きくなった子供に“文句があるなら言え”といっても、子供の立場すれば、“言えるわけないだろ”となるわけです(我が家の少し前の日常風景であります)。Toleranceを寛容力と訳しましたが、もともとの語意には、我慢、忍耐といった意味を含んでいます。時には許容しがたい、理解しがたい互いの価値や考え方を尊重して認め合うといった姿勢が必要ということです。一方、そのベースとなる社会には、問題や目標に対して、自分事として考える個人やグループの存在が必要になるのです。保守的な地域であれば、健全な分断や対立を顕在させながら、そのうえで協調路線をつくっていくといった高度なプロセスが必要になるでしょう。まちづくりには、よそ者や若者が必要だいうことをよく聞きますが、保守的な地域には、こうした事情が地域側にあるように思います。彼らに創造的破壊の役割を期待しているのです。■壁を乗り越える地域づくり自治体として、静かに進行する分断に対処していくためには、まず住民が感じている問題の本質や構造をしっかりと理解をして、その真の欲求に耳を傾ける姿勢が重要です。分断を煽ぐということでなく、まず、市民間、地域間にある違いや立場、価値を自治体職員が深く認識できれば、その理解が市民との信頼につながり、自ら動き出す市民も多くなるものと思います。自治体職員にとって、すべて調整できるものではありませんし、選挙や議会での議論を経ないと解決できない問題も多いと思いますが、それらのプロセスも新しい地域づくりには不可欠です。環境問題、財政問題、男女格差など、先送りにできない問題が山積みの都市・地域において、分断を恐れることなく、主体的・対話的な市民力を信じることが重要です。自らの価値に基づき行動する市民を育み、その価値観を分断でなく、束ねていく寛容力のある都市・地域こそが、社会課題を我がものとして乗り越え、新たな可能性が得られると信じています。分断を乗り越える地域づくりを考えるMessage [ メッセージ ]6上席主任研究員永柳 宏政策研究事業本部名古屋本部副本部長

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