TNFDの基礎知識:最終提言に向けた連載(1)「自然の定義と依存・影響、リスク・機会」

2023/08/10 早川 達也
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自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)による最終提言の公開が目前に迫っています。TNFDは世界の自然生態系全体(以下、「自然」とする)に関連して企業や金融機関が受ける財務的影響や、それらへの対応についての開示を促すフレームワークを構築しており、上場企業を中心に取り組みが浸透しつつある気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の「自然版」とも言えます。これまでTNFDはフレームワークのベータ版を複数回公表しており、TNFDに基づく取り組みの検討を進めている企業もあります。しかし、TCFDと比較して「自然」という、より広い概念を対象としているためか、検討の入り口でつまずくという声がよく聞かれます。

そこで本コラムでは、3回にわたって、TNFDの枠組みや提言を踏まえた開示に取り組むにあたって押さえておきたい基本的な内容を整理します。1回目の今回は、TNFDが定義する「自然」等の概念、ビジネスと自然関連のリスクとの関係性などについてTCFDと比較しながら説明します。

自然とは何か

TNFDでは、自然は「大気」、「海」、「淡水」、「陸」の4つの領域から構成されていると定義されています。企業活動などの「社会」は、この4つの領域すべてと相互作用しています。

これら4つの領域の資源が組み合わさり、企業や人々の生活に対して価値を生み出す状態が、環境資産(あるいは自然資本)と呼ばれます。生物多様性は、この環境資産の生産力と回復力を左右する重要な要素と位置付けられています【図表1】。

「自然」と「生物多様性」を同一視しているケースがよく見受けられますが、この2つは別の概念と認識することが、開示を検討する入り口として重要と言えます。

【図表1】TNFDフレームワークにおける「自然がビジネスと社会へ利益をもたらすプロセス」
TNFDフレームワークにおける「自然がビジネスと社会へ利益をもたらすプロセス」
(出所)TNFDウェブサイト[ 1 ]より当社仮訳・作成

自然と企業の関係性(依存と影響)

自然と、社会・企業活動との相互作用関係を、TNFDは「依存」・「影響」と表現しています。

「依存」の関係性とは、生態系サービスの恩恵によって企業活動が成立している状態を指します。生態系サービスには、原材料や水の供給等を指す「供給サービス」、水質の浄化や災害の緩和などを指す「調整サービス」等様々なものがあります。企業活動はこれらの生態系サービスによって成り立っており、この関係性をTNFDでは「依存」と表現しています。

企業は生態系サービスに依存する一方で、工場での取水や、農作業での農薬の利用などによって、自然の状態を変化させています。この関係性は「影響」と呼ばれています。

TCFDと比較すると、企業活動に関わる場所の自然の状態によって、依存・影響関係の評価が大きく異なるのも重要な観点です。2つの工場で同じ量の取水をするとしても、水が潤沢にある地域とそうではない地域とでは、企業活動によって及ぼす影響は大きく異なることとなります。

自然関連のリスクと機会

TNFDの枠組みでは、上述した自然と社会との関係性(「依存」・「影響」)に由来するリスクや機会について、分析、開示をします。

リスクについては、TCFDと同様の区分である「物理的リスク」、「移行リスク」に、連鎖的でより大きなリスクにつながる可能性のある「システミックリスク」を加えた3つに分類しています。

「物理的リスク」は、企業が依存している生態系サービスを生み出す環境資産の変化により起こるリスクを指します。土壌の質の低下による作物の収量の減少などがイメージしやすい例です。

「移行リスク」は、自然の悪化を阻止、または改善する方向に社会が変化することによって発生するリスクを指します。新しい法律の制定に伴う経営条件の変化や、消費者のマインドの変化に伴う製品需要の増減等が、これに該当します。

「システミックリスク」は、一つの損失が他の損失の連鎖を引き起こすような、より大規模なリスクを指します。リスクが発生した際に、回復が容易でなく、それゆえに評価が難しいという特徴があります。そのため、まずは物理的リスクと移行リスクを正確に捉えることが肝要です。

これらのリスクを回避したり、さらには自然の状態を回復させプラスの影響を生み出したりすることにより生じるのが「機会」です。TNFDでは「市場、資本フロー、製品とサービス、資源効率、評判、資源の持続可能な利用、生態系の保護・回復・再生」の7つのカテゴリに区分されています【図表2】。

【図表2】TNFDフレームワークにおける「依存・影響・リスク・機会の関係図」
TNFDフレームワークにおける「依存・影響・リスク・機会の関係図」
(出所)TNFDウェブサイト[ 2 ]より当社仮訳・作成

次回は、今回説明した企業活動と自然との関係性や、そこから生じるリスク・機会についてより具体的に分析するために、TNFDが提唱している「LEAPアプローチ」について解説します。

【関連サービス】
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【資料ダウンロード】
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[ 1 ] https://framework.tnfd.global/concepts-and-definitions/definitions-of-nature/(最終確認日:2023/8/1)
[ 2 ] https://framework.tnfd.global/leap-the-risk-and-opportunity-assessment-approach/assess/risk-identification/(最終確認日:2023/8/1)

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