人事の現場で活きる法令実務Tips―勤労者皆保険への取り組み(1)~社会保険適用拡大の動きとこれから~

2023/08/30 向田 郁美
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社会保障の一環であり、主に企業で働く従業員の医療と年金を保障する被用者保険制度は、ここ数年で適用される企業や被保険者の拡大が続けられてきました。特に短時間労働者においては、適用となる企業規模の要件が2022年10月に「500名超」から「100名超」へ、さらに2024年10月には「50名超」へと拡大が予定される等、2年間で適用範囲が大きく広がる予定です。被用者保険制度は従業員と企業が保険料を折半する仕組みとなっており、従業員にとっては手取りが減ってしまう、いわゆる「年収の壁」問題の存在や、企業にとっては人件費増につながるといった問題があるため、必ずしも歓迎される改革ではないかもしれませんが、少子高齢化が進む日本において、社会保険適用拡大は避けられない動きでしょう。企業が社会保険加入のメリットをしっかりと理解し、従業員に対し医療・年金等の保障が増えるメリットを丁寧に説明することで、ひとり当たり就業時間の増加や新たな働き手の確保につなげる等、制度改革を企業経営に活用することが重要になってくるでしょう。本連載では、本稿で社会保険適用拡大の動きと今後の拡大の方向性、次稿で企業として求められる取り組みについて解説していきます。

「全世代型社会保障構築会議」における今後の社会保障の方向性

2021年11月~2023年2月にかけて、内閣官房の下、全世代対応型の持続的な社会保障制度の構築を目指した総合的な検討を行う「全世代型社会保障構築会議」が開催され、2022年12月に報告書としてまとめられました。今後の方向性を知るために、まずは報告書の解説から進めていきます。

「全世代型社会保障」の構築に取り組むべき理由としては、本格的な少子高齢化・人口減少時代に対処するために必要な取り組みであることが、冒頭で示されています。「全世代型社会保障」とは、これから生まれる将来世代も含めたすべての世代が安心できる制度であり、負担を将来に先送りせず、社会保障の「支え手」を増やすこと、年齢に関わりなくすべての国民がその能力に応じて負担し支え合うことが、基本理念として掲げられています[ 1 ]。

そのうえで、「働き方に中立的な社会保障制度を構築し、労働力を確保する」方針が示されました。具体的には、国民のライフスタイルや働き方の多様化に対応し、働き方に左右されず、どのような働き方でも国民のセーフティネットが確保されること、国民所得の持続的な向上が社会保障制度の持続可能性を支えることが示されています[ 1 ]。

では、今後、社会保険の支え手はどう拡大されるのでしょうか。これまでの社会保険適用拡大の経緯、そして国の方針について、次項から解説していきます。

これまでの社会保険適用拡大の経緯

社会保険適用拡大は、2016年10月から徐々に行われてきました。

まず、所定労働時間が「週30時間」から「週20時間」に拡大されました。従業員数については、「500名超」という企業規模要件が設けられました。それ以外に、「月額賃金8.8万円以上、年収で106万円以上」、「勤務期間1年以上見込み」といった要件が設けられています(勤務期間の要件は2022年10月に撤廃)[ 2 ]。

従業員数については、2017年に「労使の同意があれば、企業規模500名以下であっても適用可」となる要件が加わりました。その後、2022年10月に企業規模「100名超」、2024年10月に企業規模「50名超」まで拡大が続きます。

また、短時間労働者の適用拡大とは別に、2022年10月には適用業種の見直しも行われており、それまで適用対象外であった「5名以上が働く個人事業主の士業」が適用となりました[ 2 ]。

勤労者皆保険の実現に向け今後想定される適用拡大の方針

上記に述べた社会保険適用拡大は、さらなる見直しおよび拡大が検討されると、前述の報告書で示されています。

具体的には、短時間労働者の企業規模要件については、早急に撤廃する方向で見直しが提言されています[ 1 ]。

適用事業所については、個人事業主である農林水産業、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業等、非適用の解消が提言されています。ほかにも、現状社会保険適用ではない、適用業種で従業員5名未満の企業に対する適用が提言されています[ 1 ]。

短時間労働者については、複数事業所で通算した場合に週20時間以上になる従業員への適用も提言されています。

フリーランス・ギグワーカーについては、労働者性が認められる場合、社会保険を適用する方法の検討から始める方向性が示されています[ⅰ]。

また、国の指針とは別に、労働組合の中央組織「連合」が2023年5月、会社員に扶養される配偶者を対象とする「第3号被保険者の廃止」の検討を打ち出しました。今後実現した場合、制度の方向性によっては、働いている第3号被保険者は社会保険の支え手として、第2号被保険者に移行することが期待されています。

少子高齢化に対応し、持続可能な社会保険制度を構築するため、企業規模、業種、働き方等、さまざまな観点で社会保険の適用拡大が進んでいくことは、企業として避けられない状況です。第2回では、企業として勤労者皆保険について理解すべきことや、必要な取り組みについて解説していきます。

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1 全世代型社会保障構築会議報告書(cas.go.jp)(最終確認日:2023/8/21)
2 [年金制度の仕組みと考え方]第9 被用者保険の適用拡大(mhlw.go.jp)(最終確認日:2023/8/21)

執筆者

  • 向田 郁美

    コンサルティング事業本部

    組織人事ビジネスユニット HR第1部

    アソシエイト

    向田 郁美
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