政策転換のスピード感~港湾政策を例に~

2007/01/09 原田 昌彦
港湾

「格差社会」が叫ばれる中、安倍新政権は「成長重視」路線を標榜している。成長重視(競争促進)か平等重視(格差是正)かという問題は、いわば政策上の普遍的な対立軸であり、さまざまな政策分野においてこの対立軸上で政策が変遷してきた。本稿ではその政策転換の一例と功罪について述べてみたい。
国土政策においては、1962年に最初の全国総合開発計画が策定されて以来、「国土の均衡ある発展」という名の下に地域間格差の是正が一貫した政策課題であった。四全総(1987年閣議決定)の時代には、経済のグローバル化が進展する中で「地方の国際化」に国も地方自治体も邁進し、国際交流の基盤となる空港・港湾の整備が推進された。
特に港湾に着目してみると、1985年に策定された長期港湾政策「21世紀への港湾-成熟化社会に備えた新たな港湾整備政策」では「外貿定期船の寄港する港湾を(中略)地方へ配置する」ことが掲げられ、大都市圏から地方圏に至るまで全国各地にコンテナターミナルが建設された。この結果、地方港の国際化が進展し、国際定期航路の開設されている港湾数は1992年の24港から95年には39港に急増した。しかし、地方港に発着する航路の多くは韓国・釜山港と結ぶ航路であったため、地方発着貨物の多くが釜山港経由で世界各地と輸送されるようになった。このことは1995年1月の阪神・淡路大震災で神戸港が壊滅的な被害を受けた際、いわゆる「ハブ機能」の低下として大きな社会的関心を集めることとなった。
震災から約半年後の6月に策定された長期港湾政策「大交流時代を支える港湾-世界に開かれ、活力を支える港づくりビジョン-」ではこの問題にいち早く対応して「中枢・中核国際港湾」構想を掲げ、全国4地域の中枢国際港湾(東京湾・大阪湾・伊勢湾・北部九州)と8カ所の中核国際港湾(苫小牧・新潟・仙台・常陸那珂・清水・広島・志布志・那覇)を重点整備することとした。
しかしながら、この構想は当初「中核国際港湾」の整備に重点が置かれたほか、約20の地域国際流通港湾において、コンテナターミナルとしても利用可能な「多目的国際ターミナル」の整備が同時進行で進められたため、重点化は必ずしも実効を伴わなかった。結果的に国際定期航路の開設されている港湾数は2002年に60港まで増加した一方、香港、シンガポール、釜山、高雄、さらには上海といったアジア主要港の貨物取扱量が急増する中で、神戸港や横浜港をはじめとするわが国の中枢国際港湾は伸び悩んだ。わが国が「失われた10年」と呼ばれる長期不況にあえぐ中で国際競争力の強化が国民的な支持を得て、2002年に「スーパー中枢港湾」構想が打ち出され、2004年には3地域(京浜港・阪神港・伊勢湾)がこれに指定されて地方分散から大都市集中という政策転換がようやく実現した。
政策転換に約10年も要する間に、アジア主要港とわが国主要港の貨物取扱量の差はもはや挽回不能なまでに拡大した。これはNIEs、ASEAN、中国等の経済成長と生産拠点化に伴う必然であるものの、国際競争力の低下を食い止めるための有効な対策をもっと早期から打っていれば、という感は拭いきれない。さらに、地方港の整備は地域間格差の是正が目的だったはずだが、結果として、地方には(時に過大な)港湾施設のストックが残り、今後もその維持コスト負担と有効活用に頭を悩ませることとなる。
筆者はこのように政策転換に時間を費やした最大の要因は、政策の全体最適化よりも個別課題への対応、さらには組織の存続や事業規模の維持拡大が優先される行政組織の行動原理にあると見ている。スピード感を持った政策転換を実現するためには、政策立案システムそのものにメスを入れる必要があるだろう。

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