空想未来社会を用いたプロトタイピングとリアリティの融合~SFプロトタイピングによる実現可能な未来事業戦略の創出~

2021/09/03 米谷 真人、鈴木 一範、川合 拓志
デジタルイノベーション

1. はじめに

21世紀に入り、ICTを中心とするさまざまな領域での技術革新が急速に発展し広く普及した。誰もが子供の頃に映画や小説などで見てきた、空飛ぶクルマや全自動の調理ロボット、アンドロイドとのコミュニケーション、声で欲しいものを叫べば自動的に届くサービスなど、夢のように思っていた生活が当たり前になる時代が、既に、あるいは近い将来に実現されそうである。

夢やビジョンを持ってあるべき社会や未来を描くことは、有史以来人類が行ってきた発展的アイデアの創出手法である。これまでも表現や形を変えてビジネスを牽引する手段として使われてきたが、その利活用はしばらく停滞していた。しかしながら、今般の新型コロナウイルス感染症によって、SFストーリーのような出来事が現実に起きうることを全世界が共通して経験したことで、創造力をより膨らませて、SFだと揶揄されたような視座から未来を描く「SFプロトタイピング」が、今改めて注目され始めている。

急速なICTを含む技術革新の広がりによって、社会は急激な変化をより起こしやすくなっており、未来社会を予測するのはさらに困難になりつつある。そのため、あるべき未来からのバックキャスティングの方が、予測の的中率が上がるという考え方が「SFプロトタイピング」への注目を高めているのかもしれない。また、ビジネスにおいては過去の延長線上での思考ではなく、未来創造思考が求められており、「今あるもの」から「今ないもの」への消費者思考の変化も進みつつある。このような状況のなかで、ビジネスでは今、「SFプロトタイピング」というSF的想像力が求められているのである。

なお、いざビジネスにSFを活用しようとする際、あまりにも現在地からかけ離れすぎているビジョンを打ち出してしまうと、逆に一歩を踏み出すための迷いや恐怖を増大させ、拒否反応から目標に向かえない副作用を併発する可能性もある。そこで、「SFプロトタイピング」を企業で活用する際は工夫が必要になる。

本稿では、この空想世界のSFストーリーを活用するSFプロトタイピングについて、活用事例を紹介し、その効用と課題について紹介する。また、現在地と未来をつなぐ「フォーキャスト・バックキャストのハイブリッドによる未来事業の創出方法」(図表1)による自社オリジナルの「未来ストーリー」を生み出す方法および、その手法の活用例として、今話題のカーボンニュートラルを取り上げ、脱炭素社会の実現をリ

【図表1】フォーキャスト・バックキャストによる自社の「未来ストーリー」の描き方・利点と課題および当社提案のハイブリッド法

未来の創造 方法論概要 利点と課題
フォーキャスト 自社のできることからボトムアップカイゼン型の将来計画 自社の現状からの改良・改善染み出しによる計画策定

自社の現状からの改良・カイゼン・染み出しによる計画策定

実行可能でロジカルであるが大きな社会の変革や顧客の潜在的なWANTに対応できない可能性

バックキャスト
(SFプロトタイピング等)
未来のストーリーからのバックキャスティング

自社独自の未来ストーリーの創出

未来からの気づきより逆算的にミッションを策定

SFなどの刺激的な未来ストーリーを踏まえた発想力によるツキナミではないビジョンを創出

創造・想像した未来と現実とのギャップで実現可能性に乏しくミッションに落とし込めない可能性

フォーキャスト/バックキャストハイブリッド
(当社ご支援)
自社の強みと未来ストーリーとの紐づきから実現できる未来を創造

自社のアセットの細分化と整理

未来ストーリーの個別技術の整理

紐づき関係を可視化により強みを生かして実現可能な未来を策定

未来のストーリーと現在地をデータを活用して紐づきを可視化するため自社アセット起点でロジカルに納得できる未来をミッションに落とし込める

(出所)当社作成

2. 未来を創造するSFプロトタイピング導入事例と課題

(1)SFプロトタイピングとは

「SFプロトタイピング」とは、SF的想像力を用いて科学技術の発展により現実に起こるかもしれない小説の世界のようなSFストーリーから着想を得て、未来を予測し、それを起点としたバックキャスティングにより、企業の事業企画や研究開発戦略などの自社オリジナルの「未来ストーリー」を創造する手法である(図表2)。従前の成功体験や既存事業から連続的に思考する従来のボトムアップによるカイゼン型の将来計画に比べ、より創造的な発想法といえる。この、SF的着想を活用するプロセスにより、飛躍性や意外性があり、夢のある革新的ビジネスやビジョンを発想できる効果があるとされている。

【図表2】 SFプロトタイピングの進め方

図 SFプロトタイピングの進め方

(出所)当社作成

SF的着想の活用は米国のインテルをはじめとする、海外大手企業で先行して進められていたが、最近では国内大手企業においても事例が出始めている。特に、新規事業創出や中長期の将来ビジョンの策定などにおいて活用の可能性が高い手法である。次に、SFプロトタイピングをビジネスに活用した企業の事例と、活用する上での現状の課題について説明していく。

(2)インテルの事例

インテルではインスピレーションを誘発したアイデアの創造と、関係する社員の認識を一致させて開発を進める目的で、SFプロトタイピングの手法を取り込んでいる。これにより創出される商品のプロトタイプを実際に市場へ投入し、ユーザーからのフィードバックを受けることによって製品開発を進める手法が活用されている。2011年には「The Tomorrow Project」において、世界的なSF作家や未来研究者に依頼し、インテルのテクノロジーに関連する4つの短編小説(『Last Day of Work』、『The Mercy Dash』、『The Drop』、『The Blink of an Eye』)が作成された。

インテルのSFプロトタイピングは、同社の元未来研究者である、ブライアン・デイビッド・ジョンソン氏が主導している。同氏は、SFプロトタイピングをビジネスに活用するアウトライン手法として、以下の5つのプロセスを提唱している。
①科学を選び、世界観を構想する

②対象の科学の飛躍を無理なく説得力ある時間軸で示す
③科学が人々に及ぼす効果について挙げる
④その効果により人間の変化が生じる点を創出する
⑤そのSFストーリーから何が学べるのかを抽出する

まず、①では考察の対象となる科学やテクノロジーを選択し、世界観を構築する。次に、②では選択した科学やテクノロジーの変化・成長を無理のない説得力のある時間軸で現況と照らし合わせて示す。さらに、③では人々の暮らしや政府、体制にどのような影響を与えるかを掘り下げて想像する。④では、③に対応して、人々がどのように科学やテクノロジーに適応するのか、科学、テクノロジーの側を変えようとするのかを創出する。⑤は、④から得られた推測や教訓、解決策などについて考察することで、新たな気づきや考え方を抽出する過程、と説明されている。

SFストーリーを具体的に創作するためには、作家やクリエイターなどの専門家との協業が望ましい。しかし、自社で適切な人材を抱えていることは稀なため、外部人材を活用するのが現実的だ。その際、いかにして外部人材に自社の保有技術を理解してもらうのかが重要である。また、SFプロトタイピングは、製品や事業計画などのアウトプットなどの自社の「未来ストーリー」に直接的に結びつくものではないため、有効性をどのように評価するのかという課題も見えてきている。

(3)ATOUNの事例

ATOUNは2003年、パナソニック(当時:松下電器産業)の社内ベンチャー制度により設立された会社で、人間の動作をアシストする「パワードウェア」の開発を事業の中心として推進している。同社は10年後のビジョン設定やプロダクトの開発ロードマップ策定を目的とし、SFプロトタイピングの活用に以下のプロセスで取り組んだ。
① 10年後の未来を想像する仮説を立てる
② 仮説よりSFストーリーを描く
③ SFの未来から現在へバックキャストを行う
④ 実際のプロダクトの実装に対してミッションを抽出する

同社は取り組みの中で、映像作家やSF作家、イラストレーターらと協力し、映画からバックキャストしたプロトタイプ「パワードスーツNIO」や2030年の未来の物語3編(『REFRESH MYSELF』、『ENJOY THE DIFFERENCE』、『LOOP OF LIFE』)を製作した。

SFプロトタイピングでは、主に小説の形で未来を想像するため、人によって受け取り方が異なる。SFプロトタイピングを基に、多くのメンバーが関わるようなプロジェクトを進める場合には、未来を創造する上での方向性に対する意思統一を図る必要性があることも指摘されている。

(4)小岩井乳業の事例

小岩井乳業では、若手社員による新事業立案のプロジェクトで、SFプロトタイピングの手法を活用している。同社は2020年にSF作家の樋口恭介氏を招き、プロジェクトに参画する若手社員の発想を広げるワークショップを実施した。「2030年の乳業メーカーの事業モデル」を表現する目的で同氏がショートストーリーを執筆し、このSFストーリーからのバックキャスティングにより、新事業案として自社の「未来ストーリー」につなげることを狙いとしている。商品開発や研究体制再構成なども含め、2021年3月にはプロジェクトメンバーで立案した事業案を経営陣に発表している。今後は、自社ブランドの新たな展開への活用が検討されている。

一般に、SFストーリーを創造するノウハウは社内に不足していることが多い。当活動のように自社の領域において、新たなストーリーを創るには、作家の協力が不可欠である。また、SFのアイデアレベルから、自社の「未来ストーリー」としての具体的な案へ落とし込むためには、種々の制約条件など多くの事項を的確に整理し、具体案に落とし込む必要があり、理想と事業現実のギャップをどのように埋めるかが次の課題として提示された。

こうしてSFプロトタイピングは、インテルのような米国ハイテク企業から、最近では日本の大企業においても、SFストーリーを用いたビジネスの未来ビジョン構築への取り組みとして徐々に広がりつつある。一方で、いざビジネスへの活用となると、現在地からの乖離により、打ち出したビジョンを直近のミッションへ落とし込むことが難しかったり、実行への拒否反応を引きおこしたりといった課題を抱えるケースも散見される。「理想的な未来を描いたSFストーリーを必ず自社で実現するのだ」と、自分ごと化させ、勇気を後押しするための施策が実行フェーズにおいては必要だと考えられる。

3. SFストーリーと現在地とを技術データでつなぎ自社のオリジナルの「未来ストーリー」を構築し未来事業を創出

このように、SFストーリーを用いた創造力を活用し、未来からのバックキャストによりビジョンを描く手法では、従来型のフォーキャスト(予測)にはない新しい発想やニーズが生まれる可能性がある。一方で、創造した未来と現実とのギャップが原因で、現実のミッションに落とし込めないという問題が起こる可能性がある。そこで、当社では、現在地と未来をつなぐ「フォーキャスト・バックキャストのハイブリッドによる未来事業の創出方法」により、実現性のある「未来ストーリー」を描く支援を提供している(図表1)。我々が支援する未来事業の創出方法では、特にSFストーリーを自社のオリジナルの「未来ストーリー」として自分ごと化させ、勇気を後押しし、ミッションを策定して実行まで進めるために、以下の3つの施策を重要視している。

(1)現在地(アセットやビジョン)とSFストーリーそれぞれの細分化と整理

まず、未来を自分ごと化させるために最も重要なのは、「自社とはいったい何なのか」という点を徹底的に洗い出すことである。長年にわたり受け継がれ、磨き上げられ、蓄積されてきた技術アセット(知的財産)や事業・サービスをキーワードで洗い出し、整理することで可視化する。さらに自社の強みとして今後も投資し、活用していくコアコンピタンスを明確にするために、経営層から現場に至るまで議論を行い「自社の強み」の把握と整理を行う。ここでいう知的財産は必ずしも特許出願されている必要はなく、ノウハウとして蓄積されている技術も幅広く拾い上げて整理する。

一方でSFストーリーについては、ストーリーの中核をなす科学技術が具体的な要素技術の集合として表現されるよう、個別要素技術の詳細な分解を行う。こうすることで、現在の具体的な技術とSFストーリーに登場する科学技術との紐づけが明確化される。当社は100以上の未来のSFストーリーを構成する要素技術を事前にデータベースに整理した。以下に「遠隔医療」領域の細分化因子キーワードの例を示す(図表3)。

【図表3】 「遠隔診断」領域の細分化要素キーワードの例

技術 活用
技術分類 個別要素技術 技術分類 個別要素技術 大分類 製品・サービス
通信・ネットワーク 医療機器のネットワーク 医療機器 ロボット動作精密化技術 遠隔診断 オンライン診療
5Gネットワーク カメラの高精細化技術 オンライン受診勧奨
クラウドサービス 心拍可視化技術 遠隔画像診断
情報セキュリティ 消費エネルギー可視化技術 遠隔看護
睡眠状態の可視化技術 遠隔妊婦健診
情報処理 病理画像解析技術 呼吸動作の可視化技術 遠隔治療 遠隔手術
生体情報の解析技術 予防・相談等 見守り医療
遠隔健康医療相談

(出所)当社作成

(2)現在地とSFストーリーとを客観的なデータでロジカルに紐づけ可視化

次に、自社の(広い意味での)知的財産と、当社が事前に用意するSFストーリーを、客観的な関連性データを用いて紐づけていく。具体的にはキーワードや引用情報などを用いながら、細分化された自社技術とSFストーリーの個別要素技術の紐づき関係を分析し、整理・可視化していく(図表4)。こうすることで、自社のもつコアコンピタンスが未来のSFストーリーに紐づいていることをロジカルに理解できるため、描かれたSFストーリーから、未来を目指すという共通の目標意識と納得感を醸成することができる。さらに、この紐づけ関係の詳細な分析結果からストーリーを再構築することで、自社のコアコンピタンスを用いることでしかできない具体的な自社オリジナルの「未来ストーリー」を作り上げることが可能になる。

【図表4】細分化因子の紐づき可視化のイメージ

図 細分化因子の紐づき可視化のイメージ

(出所)当社作成

(3)「未来ストーリーは自ら創るもの」という意識の醸成

SFストーリーで描かれた未来を自分ごと化させて、オリジナルの「未来ストーリー」として確信して目指すというプロセスにおいて、最も重要なことは、「未来ストーリーは自ら創るもの」という意識を社員あるいは社内の空気として共有できる社内文化をいかにして醸成するかである。

前節で説明したように、「要素の分解整理」→「紐づきの可視化」→「未来に向けたミッションの構築による自分ごと化」というプロセスを経て、初めて納得して自社の「未来ストーリー」達成へのミッションとして追及する文化が醸成されていくと考えている。

4.  2050年カーボンニュートラル社会をリードするプレイヤーの現在地

ここでは、「カーボンニュートラル(脱炭素)社会の実現」というSFストーリーを例として、このストーリーを個別の要素技術に分解し、それに紐づく現在の技術を抽出する。この現在の技術に対して、特許のデータを用いて有望性を指標化することで、未来の脱炭素社会の実現をリードする現在のプレイヤーを抽出し、現在とSFストーリーの紐づきを客観的データから可視化する。

方法としてはまず、カーボンニュートラルのSFストーリーを俯瞰的に見るために、その技術を実現するセクターやビジネスの上流下流の軸を用いてカーボンニュートラル社会のストーリーを整理する。その上で、整理されたその一つひとつのストーリーを、先に図表3で例示した「遠隔医療」のように、構成要素の個別技術およびそこから発生する製品・サービスに細分化し、構成要素に関連する技術定義を構築することができる。さらに、その技術に関連するデータ(例えば特許や技術論文など)を解析することで、自社の技術との紐づきの可視化や、自社独自のカーボンニュートラル社会に貢献しうる戦略の立案も可能になる。

以下では、カーボンニュートラル社会の実現を可能にする個別のSFストーリーの例として、スマートグリッドおよびグリーン水素技術を取り上げ、検討を行う。この各領域の個別要素技術の紐づけ関係にある現在の技術を抽出し、世界の特許公報や科学論文などの公開されている技術情報を用いて、技術の有望性について指標化をおこなった。例として、世界の特許公報から得られる技術情報のうち引用情報(後から出てくる新しい技術にどれくらい紐づくのか)、技術の新しさ、権利化状況などの因子を基に、特許ごとの有望性の指標を算出し、有望な技術を束として保有しているという観点から、カーボンニュートラル社会をリードする技術を持った有望なプレイヤーをリスト化した。

(1)スマートグリッド(スマートグリッド・エネルギーマネージメントシステム、仮想発電を含む領域)

スマートグリッド技術群が描くSFストーリーでは、家庭やビル内にとどまらず、都市やコミュニティのレベルで、エネルギーの需要と供給の最適バランスを自動的に制御し、個人の生活にエネルギーが寄り添った全く無駄のないエネルギー利用が実現する。特に再生可能エネルギーなどは太陽光・風力に代表されるように、生成の変動幅が大きく、必ずしも必要なときに必要な量だけ供給できるシステムになっていないことが現実世界の問題となる。これを解決する方法として、例えば個別の家庭やビルのエネルギー利用効率を高めるエネルギーマネージメントシステム(商用ビル向けエネルギー監理システム(BEMS)、住宅向けエネルギー監理システム(HEMS))、さらには住宅、ビルなどに設置された太陽光や風力発電によるエネルギーを電力グリッド内で取引するシステムや、余剰電力が発生した場合に一時的に充電し、需要があるときに放電するような仮想発電(VPP)というシステムも含めた一連の理想的なスマートグリッドシステムの確立が挙げられる。これらは、カーボンニュートラル社会を実現するキーストーリーの一つとなる。このスマートグリッドに貢献する有望技術を束として保有する有望プレイヤーを、世界の特許公報から得られる技術情報から抽出し、上位群リストを図表5に示し、この領域をリードする上位プレイヤーの技術をまとめた。

【図表5】特許データを用いたスマートグリッド上位有力企業

企業名 有望技術概要
GE(米) 住宅や施設でのエネルギー利用を最適化するために、電力消費・発電・蓄電機器と中央コントローラーでの通信を実施。得られた情報から、必要なアクションをレコメンドするシステム
東芝(日) 複数の発電所から、プラント運用や保守に関するデータを収集することで、高い操作性、経済性を有する発電所監視・診断・検査・保守システム
日立製作所(日) 風力発電等、再生可能エネルギーの発電量変動リスクを抑えるためのシステムや、再生可能エネルギーの過剰発電、発電不足の際の他発電設備との調整システム
サムスン電子(韓) スマートフォン等のモバイル機器を活用した、住宅や施設のエネルギー管理や、家庭内の無線ネットワークを利用した電子機器の監視・制御システム

(出所)特許庁(JPO)、米国特許庁(USPTO)、欧州特許庁(EPO)、世界知的所有権機関(WIPO)より公開されている特許情報

(注)上記の公開情報から特許情報29,936件(2001年以降出願)を対象とし、クラリベイトアナリティクス社特許データベースのデータを用いて当社独自に分析

上記の他にもこの分野においては、電力経路の制御という点でIT業界のプレイヤーも多くの有望な技術を保有している。インテルは車やスマートフォン、プラント、ドローン、施設、センサーなどのエッジデバイスの発電量に応じた制御において、有望な技術を多数保有している。また、アマゾンはデマンドレスポンスに応じるための電力制御過程で、蓄電を活用して、他の系統に対して電力変動が起きないようにするための有望な制御技術を多数有している。

(2)太陽光による水素製造(人工光合成・グリーン水素・電解水素生成・関連触媒・ソーラーフューエル生成を含む領域)

太陽光水素製造技術群が描くSFストーリーでは、化石燃料に頼らない海水などの無尽蔵な発生源から取り出される水素燃料やCO2を再燃料化することで使用してもCO2が増加しない、カーボンニュートラル社会を実現する燃料供給を可能とする。技術としては、太陽光や風力発電で得られる電気や、光触媒と呼ばれる光を受けて水の電気分解により水素などを取り出す材料の利用、無尽蔵にある海水の電気分解によるグリーン水素の生成、収集したCO2を変換して再燃料化(ソーラーフューエル)するものなどがある。これらグリーン水素およびソーラーフューエルは燃料としてトータルでCO2を排出せず、カーボンニュートラル社会を実現する上でのキーストーリーとなる。この太陽光による水素製造に貢献する有望技術を束として保有する有望プレイヤーを、世界の特許公報から得られる技術情報から抽出し、上位群リストを図表6に示し、この領域をリードする上位プレイヤーの技術をまとめた。

【図表6】特許データを用いたグリーン水素技術上位有力企業

企業名 有望技術概要
パナソニック(日) 水を電気分解する水電解装置、生成した水素を圧縮する電気化学式水素ポンプ、水素を電気に変換する燃料電池システム等から構成される、水素システムの技術を保有。
デノラ(伊) 水の電気分解により水素を生成する際に用いる、水素発生用電極の技術を保有。
トヨタ自動車(日) 人工光合成と呼ばれる光触媒を用いた水素製造において、エネルギー効率を高める技術を保有。
シーメンス(独) 水の電気分解により水素生成する電解槽、水素ガス貯蔵部、発電所までを含めた、エネルギー貯蔵システムの技術を保有。

(出所)特許庁(JPO)、米国特許庁(USPTO)、欧州特許庁(EPO)、世界知的所有権機関(WIPO)より公開されている特許情報

(注)上記の公開情報から特許情報10,476件(2001年以降出願)を対象とし、クラリベイトアナリティクス社特許データベースのデータを用いて当社独自に分析

上記の他にもこの分野においては、東京大学も基礎研究から応用に至るまで研究開発を推進し、太陽光を利用して水分解を行う水素製造装置に関する世界的に有望な技術群を保有している。また、産油国であるサウジアラビアは、急速に進む温室効果ガス排出ゼロ社会に対応する技術開発に乗り出している。サウジアラムコ社では、水や塩水などを電気分解することで水素を生成する水素生成用電極材料の技術などにおいて、有望技術を多数保有しており、砂漠の太陽光による再生可能エネルギーの活用による脱炭素社会のエネルギー供給を目指している。

5. おわりに

夢やビジョンを持ってあるべき社会や未来を描くことは、昔から人類が行ってきた発展の手法とされてきた。特に社会の急激な変化が著しい昨今、従来通りの未来予測では精度が低くなりつつあるため、自らあるべき未来を設定してバックキャスティングにより未来予測を行うSFプロトタイピングという手法がビジネス開発において活用され始めている。一方で、この手法はあまりにも突飛で現実的でないという直感から、打ち出したビジョンに対して実行に移る局面おいて、迷いや恐怖から拒否反応により目標に向かえないという副作用も起こり得る。

このような問題を解決するため、現在地と未来をつなぐ「フォーキャスト・バックキャストのハイブリッド」の方法により、SFストーリーを自分ごと化させ、自社オリジナルの実現性を伴った夢のある「未来ストーリー」を描くことが可能となる。「要素の分解整理」→「紐づきの可視化」→「未来に向けたミッションの構築による自分ごと化」というプロセスを経ることで、新たなビジネスへの可能性へ挑戦する勇気を後押しし、実行することが可能になる。このように、SFストーリーから着想を得て自社の具体的かつ夢のある「未来ストーリー」を創出し、具体的なビジネスミッションに落とし込む想像活動により、この「SFプロとタイピング」は今後の企業の創造的な発展に大きく貢献することができるだろう。

【資料ダウンロード】
『自社アセットを活用した新規事業領域開発と実行支援』のご紹介

参考文献
「インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング」 ブライアン・デイビッド・ジョンソン(亜紀書房)
「SFプロトタイピング:SFからイノベーションを生み出す新戦略」 宮本道人 他 (早川書房)
「SFの想像力を新ビジネスに 米国発、日本企業も導入」 (日経新聞2021/6/10)
「2060年未来創造の白地図」 川口伸明 (技術評論社)
ATOUN Vision 2030(https://www.youtube.com/watch?v=LFMFCIMWzQE

執筆者

  • 米谷 真人

    コンサルティング事業本部

    経営戦略ビジネスユニット 経営戦略第1部

    ディレクター

    米谷 真人
  • 鈴木 一範

    コンサルティング事業本部

    経営戦略ビジネスユニット 経営戦略第1部

    マネージャー

    鈴木 一範
  • 川合 拓志

    川合 拓志
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