バックキャストによる戦略策定の方法論 ~仮定的未来思考のすすめ~

2022/02/21 木下 祐輔
経営戦略
経営計画
新規事業

今日、未来予測を活用した戦略策定に取り組んでいる会社が増えているが、未来を予測するだけでは意味がなく、本当に大事なのは“意思を持って、ありたい未来を創っていく”ことである。そこで重要になるのが、曖昧な未来像からバックキャストして自社の戦略に落とし込むプロセスである。本レポートでは「バックキャストによる戦略策定の方法論」とそこで肝要となる“仮定的未来思考”のあり方について紹介する。

1. 民間企業における未来予測・バックキャストの取り組みの現状と課題

バックキャストとは、既存延長的な未来予測を通じて戦略を考えるフォーキャストとの対になるように使われている言葉で、“非連続的な未来像から逆引きの視点で戦略を考える”というものである。昨今、技術革新やさまざまな社会課題の顕在化によって事業環境の先行きが読みづらくなり、フォーキャスト視点による“過去から現在に至る道筋の延長線で捉える戦略定義”が難しくなってきていることから、目指すべき未来像から戦略を考えるバックキャスト視点の重要性が高まっている。これに伴い、未来予測やバックキャストの取り組みが、未来ビジョンや中期経営計画策定など、さまざまな経営テーマに活用されることが増えている。筆者は、未来予測、バックキャストによる戦略策定や、未来社会デザインについて多くの企業を支援している。こうした活動を通じ、バックキャスト思考に基づく取り組みの現況やその課題も認識することとなった。

このような取り組みは、各業界のリーディングカンパニーを中心に2015~2016年以降顕著に増加した印象がある。各企業はワークショップなどを通じて未来予測を推進している。当初は目新しさもあり、大きな成果が出ることが期待されていたが、実際の経営戦略や事業への落とし込みの段階になると、多くの“落とし穴”があることも見えてきた。会社によって取り組みの成熟度合いはまちまちだが、概ね同様の課題が浮き彫りになっている。「バックキャストによる戦略策定」において、“現業とのギャップが大きい”、“予測した曖昧な未来像をいかに戦略に落とし込むか”、“未来像をビジネスモデルとしていかに具体化するか”などの点を、多くの企業が問題意識として抱えている様子だ【図表1】。

本稿では、多くの企業の課題となっている「バックキャストによる戦略策定の方法論」について紹介する。

【図表1】未来予測・バックキャストの取り組みで陥りやすい“落とし穴”

図 未来予測・バックキャストの取り組みで陥りやすい“落とし穴

(出所)当社作成

2. 仮定的未来思考とバックキャスト型戦略策定の方法論

(1) バックキャストの考え方

まず本稿の主題である「バックキャストによる戦略策定」における「バックキャスト」の意味合いを定義する。本稿では「バックキャスト」を、「未来像を具体化する作業」と読み替える。

ただし、その“具体化”の意味合いにバリエーションがあるため、ややバズワードに聞こえる側面も否めない。下記が“具体化”のバリエーションの例である。

  • 2030年の曖昧な未来像から2025年の未来像を具体化する
  • 社会・生活者全体のマクロな未来像から自社事業に関するミクロな未来像を具体化する 等

いずれのケースにせよ、“未来像の具体化が難しい”というのがバックキャスト型戦略策定に対する問題認識に繋がる。これを打破する一つの切り口が「仮定的未来思考」である。

(2) 仮定的未来思考のパターン

ここで取り上げる「仮定的未来思考」とは、あえて“予想外なことが起こる”ことの仮置きや“逆張り”を含めて未来を発想することである。「仮定的未来思考」を通じ、当初想定していた未来像における“不確実性”を見出すことが鍵となり、そこで得られた“不確実性”をひもとき、対応策を考えることが未来像の具体化に結びつくのである。仮定的未来思考として代表的な5つのパターンを【図表2】で紹介する。

【図表2】仮定的未来思考の代表的なパターン

図 仮定的未来思考の代表的なパターン

(出所)当社作成

(a)問題を解決できる未来

まず真っ先に発想できるのは順当に訪れるであろう未来像で、別の言い方をすると“全くひねりのない未来像”である。この場合の具体化は、想定される未来像実現に向けた構成要素・取り組みをロードマップ的に定義することである。

(b)問題解決しきれない未来

想定していた未来像が何らかの阻害要因によって問題が解決されない未来像である。この場合の具体化は、その阻害要因を特定しその解消をロードマップに組み込むことである(次節で具体例を紹介)。

(c)副次的な効果として一見無関係な問題が解消される未来

仮定的発想によって、これまで全く想定していなかった無関係な問題が解決する可能性も発見することができる。一見して全く関係ない領域・事象と組み合わせてつじつまの合う説明ができれば、副次的効果として未来像に織り込むことができる。

(d)現状ビジネスモデルが崩れる未来

代替技術、強大プレーヤー、国際潮流・政策などで既存ビジネスや既得権益が失われる“不都合な未来”を発想するパターンである。そしていかにその未来を防ぐか、または新たなビジネスモデルにいかに生まれ変わるのかを具体化する。

(e)社会全体の大問題に翻弄される未来

現状水面下でくすぶっている社会問題が将来的に顕在化し、多大な影響を及ぼすような社会問題を発想するパターンである。一義的にはリスクマネジメント的な具体化が必要になる一方、自社の社会的パーパスを捉える切り口にもなりうる。

ここで“予想外なことが起こる”ことの仮置きや“逆張り”を含めて未来を発想した時に、筋道が通る説明ができれば、実現するかもしれない具体的な未来像の切り口として捉えられる。本稿ではこれを“不確実性の種”と呼ぶ。一見すると本論から逸れるように見えるこの“不確実性の種”の抽出と言語化が、バックキャストで重要になる。

(3) “不確実性の種”として得られる論点

「仮定的未来思考」で発想した“不確実性の種”を論点として言語化することで、戦略策定時の事業環境分析プロセスに織り込むことが可能である。これが、曖昧な未来像を戦略に落とし込む「バックキャスト型戦略策定」の中核部分である。

具体的なイメージとして、これまで“不確実性の種”をベースに得られた論点を挙げる【図表3】。

【図表3】“不確実性の種”として得られる論点(例 b:問題解決しきれない未来 の視点)

図 “不確実性の種”として得られる論点(例 b:問題解決しきれない未来 の視点)

(出所)当社作成

(4) バックキャスト型戦略策定プロセス

以上で紹介した「仮定的未来思考」と、“不確実性の種”を組み込んだ「バックキャスト型戦略策定プロセス」の全体像を【図表4】に示した。Step1で「仮定的未来思考」による論点を洗い出し、Step2で未来像を具体化するプロセスが、一般的な戦略策定プロセスにおけるマクロ分析/事業環境分析に該当する。

Step3の方針策定に移る上で重要なポイントは、バックキャストで得られた具体的な未来像を構造的に整理することである。可能な限り領域別、機能別(ハード/ソフト/サービス/プラットフォーム/ソリューション等)等の視点でエコシステム全体を整理することが重要になる。その全体像の中で対象領域・戦い方を絞り込むことで戦略方針の体系的な整理・理解に繋がる。

【図表4】バックキャスト型戦略策定プロセス全体像

図 バックキャスト型戦略策定プロセス全体像

(出所)当社作成

3. 最後に

今回、「仮定的未来思考」をベースに曖昧な未来像を具体化する「バックキャスト型戦略策定プロセス」について論じてきた。このプロセスにより、抽象的な未来予測で留まっている状態から一歩踏み出し、具体的な戦略方針に落とし込むことが可能になる。しかしながら、戦略を作ることはゴールではなく、一つの通過点である。冒頭で触れたように、真に重要なのは“意思を持って、ありたい未来を創っていく”ことである。企業であっても、個人であっても同様で、各人がありたい未来を定め、未来を創っていく意識を持つ社会でありたい。

執筆者

  • 木下 祐輔

    コンサルティング事業本部

    社会共創ビジネスユニット イノベーション&インキュベーション部

    プリンシパル ストラテジック・フューチャリスト

    木下 祐輔
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