

多様な人財が
活躍できる組織へ
社長×チーフ・ダイバーシティ&
インクルージョン・オフィサーが語る取り組み
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(MURC)では、2025年1月より、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」推進のさらなる強化に向け、チーフ・ダイバーシティ&インクルージョン・オフィサー(CDIO)を設置しました。性別や年齢等の属性、職種、雇用形態などに関わらず、一人ひとりの個性や可能性を尊重。全社員がワーク・ライフ・バランス(WLB)をはかりながら能力を最大限に発揮し、「自律的キャリア」を形成することのできる職場環境づくりを進めています。CDIO設置に至るこれまでの取り組みと、MURCが描くこれからのビジョンを代表取締役社長 池田雅一と、CDIO矢島洋子が語ります。
「柔軟な働き方」と「自律的キャリア」をベースに
女性幹部の少なさに潜む「問題」に挑む
これまでもD&IやWLBを推進してきたかと思いますが、今回CDIOを置いた理由は何でしょうか?

池田: 当社は、D&Iを重視し、これまで多くの取り組みを進めてきました。特に、全社員のWLBを実現するための働き方改革には力を入れており、在宅勤務を積極活用できるよう就業規則に明記したのもその1つです。しかし、取り組みの評価・点検をしている中で「女性の幹部が増えていない」ことに気づきました。女性社員は生き生きと働き、社内の雰囲気も決して男性中心というわけではないので、自然に増えていくと思っていたのです。しかし、あらためて点検すると、どの部門でも管理職の女性比率は低く、それにも関わらず「なぜ私にこのポストを任せてくれないのですか?」といった女性社員からの声はありませんでした。それで、「生き生きと仕事をすること」と「上のポジションを目指すこと」は別のことだと理解しました。そして、この状況を変えるには専任で取り組む人が必要だと考えたわけです。
矢島: 私たちはシンクタンク&コンサルティングファームとして、長年D&I関連の調査研究や他社へのコンサルティングを行ってきました。だからこそ、自社でも積極的に施策を進めてきました。女性活躍やD&I推進において重要なのは、個々の社員のライフステージや業務特性に応じた「柔軟な働き方」が選択でき、どのような選択をしても公正な評価を受けられ、自律的なキャリアを積極的に追求できることです。当社は、創業当初から、自律的なキャリア支援の方針を持ち、働き方にも柔軟性があり、職種に応じた人事制度がそれらをバックアップしていました。そういう意味で、かなり以前から多様性を受け入れる組織だったといえます。配属や転勤についても、基本的に社員の意志が尊重され、年功によらない昇格管理も行われています。ただ、キャリアや働き方の選択は個々人の判断で行われており、自由度は高い反面、組織的なバックアップが薄かったことは否めません。そのため、育児や介護などで仕事にフルコミットできなくなった人がキャリアに消極的になる傾向がみられました。結果として、育児をはじめとするライフイベントの影響を大きく受ける女性のキャリアに影響が出ていたのだと反省しました。
また、当社の社員の中にも、日本社会に根強く残る「男女の役割分業意識」の影響が、多少なりともあるのではないかと感じています。わずかでも、そうした意識が残っているならば、見直していかねばなりません。
社員との対話の機会を増やしてきたそうですね。
池田: 私は社員から直接メールで相談を受けることがよくあります。「夫の海外赴任に同行したいが辞めるべきか」という声があり、もともとこうしたケースにも、長期休職制度の中で個別に対応していましたが、あらためて配偶者同行制度として明文化しました。「仕事のやりやすさ」という点では、「いつでもどこでも働ける」柔軟な働き方を掲げており、自宅や実家でも勤務可能です。ただ、「この制度に助けられている」という声は女性からがより多く、「子育てや介護などのケアワークを担っているのは、今もなお女性が中心」という実情が多かれ少なかれあると実感しました。つまり、いくら制度を整えても、男女ともに自分事として捉えられなければ本質的な変化は生まれないということです。だからこそ、今回は「ガツンと進めよう」と思っています(笑)。

矢島: 池田さんは就任当初から、タウンホールミーティングなど社員の声に耳を傾ける取り組みを始め、継続しています。寄せられた声には必ずフィードバックを行い、制度を作って終わりにせず、実際に使われているか、役に立っているかを確認・フォローしています。D&I推進もこうした姿勢にならって進めていく必要があると感じています。
池田: 就任当初の呼びかけで寄せられた会社に対する意見や改善提案は1,700件強ありました。当時の社員数は約1,000人でしたので、それだけ多くの課題があったのだと思います。集まった意見に対しては、共通意見には社内のポータルサイトで、個別のものにはメールで回答しました。こうした対応を進め、8カ月でほとんどの課題は対応できました。また、このプロセスで新たに実現した制度も多くあります。例えば、「不妊治療のために失効年次有給休暇の積み立てを使いたい」という声に、あらためてその必要性を強く感じ、制度として導入することができました。このように、現場の声をきっかけに実現した制度はたくさんあります。
矢島: シンクタンク&コンサルティングファームというと、研究職やコンサルタント職が主役だと見られがちですが、総合職(事務系統職)が担当する顧客支援や社内の企画・管理業務も非常に重要です。総合職の処遇改善やキャリア形成支援の課題にしっかりと取り組む必要があります。昔の話になりますが、私は入社当初、一般職(補助業務職)として働いていました。その中で「研究員やコンサルタントでない自分は社員と見なされていないのでは」と感じたことがありました。それ以来、「誰もが社員として尊重され、誇りを持って働ける会社にしたい」と思ってきました。池田さんが総合職や契約・派遣社員、パートタイマーの声を聞き、課題として重視していることは、当社のD&Iにおいて大事な点だと思います。
コロナ禍で徹底したリモートワークから
人が育つハイブリッドワークの追求へ
これまでの取り組みについて、具体的に教えてください。
矢島: コロナ禍でのすべての社員へのリモートワーク導入が、当社が柔軟な働き方をさらに進める大きな転機となりました。もともとリモートワークを活用していた研究職やコンサルタント職に加え、総合職や契約・派遣社員、パートタイマーも在宅で勤務できる環境を急遽整備しました。コロナ禍においては、「出社頻度の偏りは、健康リスクに関する不公平に直結する」との考えの下、丁寧に業務を見直し、可能な限りリモートワークに移行させました。その結果 「子育てや介護との両立のしやすさ」もアップし、男性の育児・介護への関わりも増加。「子どものお迎え」などをスケジューラに書き込む男性社員も増えているようです。一方で、出社のメリットもありますので、単に「週3日以上出社」といったように一律に定めるのではなく、「どんな場面で対面が有効か」を現場で考えながら、出社とリモートを組み合わせたハイブリッドワークの最適な形を模索中です。

池田: 補足すると、「出社しなくてもよい」と言うだけでは、「社長が代わったら元に戻るのではないか?」と社員が不安になります。そのため、就労管理要領に、主たる就業場所として「自宅」も明記しました。「実家」やいわゆるワーケーションも上司の承認を取れば可能です。これは簡単には変えられないので、社員に安心感を与えているのではないでしょうか。
その上で私は、「ワーク・ライフ融合」を推奨しています。これは職場と在宅のハイブリッドワークだけでなく、「仕事と家庭の時間を柔軟に組み合わせて両立させる」という考え方です。勤務中の中抜けなども含め、在宅勤務でのオンオフの切り替えも工夫し、社員それぞれの生活に合った柔軟な働き方を目指してもらいたい。今後は、親の介護を担う社員も増える見込みで、「ワーク・ライフ融合」がより重要になると思います。当社はこの課題に先んじて取り組むことで、シンクタンク&コンサルティングファームとしての社会的責任を果たしていこうと考えています。
リモートワークで対面機会が制限されることを踏まえ、パルスサーベイを実施しているそうですね。
池田: リモートワークで最も怖いのは、人との接点が減り孤独感が強まることです。一度そう感じ始めると、修正の機会が得られにくく、リモートワークを継続するほどリスクが高まることが研究でも明らかになっています。そこで、早期に兆候を察知する方法としてパルスサーベイを導入しました。一定のサイクルで言い回しを変えながら同じ質問を繰り返すことで、個人や組織の変化を見逃さない仕組みです。例えば「調子はどうですか?」と聞かれ、ずっと「普通です」と答えている人は問題ありませんが、「絶好調」と答えていた人が「普通」に変わると、それが重要なシグナルになることがあります。また、未回答の場合も何らかの不満や不調を感じている可能性があるため、貴重なデータと捉えています。
矢島: この調査結果は毎月、部門ごとの傾向として管理職にフィードバックされます。最初はどう活用してよいか戸惑いもあったようですが、次第に職場のコンディションを把握するツールとして活用されはじめ、今ではマネジメントに役立てる管理職が増えてきました。
採用や人材育成について教えてください。
池田: これまで、パートタイマーから契約社員へ、契約社員や派遣社員から正社員へといった形で、相当な人数を登用してきました。一方で、新規採用数も大きく増やしました。結果、社員数も大きく増加しています。

矢島: これまでは、個々の専門性を重視し、既存の営業マーケットの範囲にとらわれがちで、広い視野での採用に消極的な面がありました。しかし、「社会により大きなインパクトを与えられる会社を目指し、積極的に採用する」というメッセージを送り続けたことで、現場にも変化が生まれ、「さまざまなバックグラウンドを持つ新しい人材」の重要性を実感する人が増えたようです。また、「入ってくる人たちのためにも新しい営業市場を開拓しよう」とか、ベテランが自分の業務領域を担ってもらうために若手を採用するのではなく、「若手自身の希望を尊重し、将来のマーケット開拓に期待し、後押しする」という意識も広がっています。
女性の採用割合は、女性活躍推進法に基づく計画で35%以上という目標を設定していますが、これは実態に比べて高い水準ではありません。当社では部門別採用をしていますが、新卒における女性の採用比率は自然と高くなってきています。ただ、各部門で独自に採用を進めてきたため、年度によるばらつきが大きく、何もしなければ男女どちらかが極端に低くなる可能性がある点が課題です。一方、もともと女性社員比率の高い総合職は、近年、採用数が少なかったことから平均年齢が高くなっており、新規採用や社内ローテーションなどが課題になっています。
池田: 人材育成施策としては、若手の育成への投資と、希望に即したパートタイマーや契約社員・派遣社員の正社員化の促進を特に重視してきました。持続的な成長のために、採用を拡大し、育成することが大事ですが、そうした取り組みをするためにも、社員には時間的余裕が必要であり、働き方改革を推進するのはそのためでもあります。
社員は、業務に直接的に関係のある知識、情報の獲得には熱心ですが、自律的に新しいことに挑戦してキャリアを切り開くためには、幅広い見聞やスキルも必要です。また、今回のCDIO設置を機に、全社員にダイバーシティ、特に女性の活躍についての理解を深めてもらいたいと考えていますが、大切なのは、知識だけでなく、教養や考える力を育てることです。例えば、「在宅勤務で助かるという声が女性に多い」という事実から、女性が育児や家事の多くを担っている社会構造について考えることが、その一歩になります。こうした気づきや思考力が、組織の強さにつながると考えています。
そのために、一人あたり年間3万円まで自由に書籍(業務に無関係のものでよい)を購入できる「リベラルアーツ投資支援制度」を設けたり、自身の専門外の社会課題を学べる「MURCカレッジ」を新設するなど、会社として個人の学びを支援しています。ちなみに、カレッジの講師は、社内の各分野の専門家が担当しています。
また、部門を超えた交流を促すため、懇親会への補助や、クラブ活動・社内学会活動への支援も行っています。これらの機会を通じて、今抱えている業務だけにとらわれることなく、社員が他分野や社会の動きにより関心を持ち、新しいキャリアの可能性に気づくことを目指しています。若手やキャリア入社の人にとっても、仲間を知るきっかけになっています。
一口にダイバーシティといっても、さまざまな切り口があると思いますが、
他にはどのような施策を行っていますか。
池田: SOGI(性的指向や性自認)への対応としては、社員の理解促進のための研修などは行ってきましたが、職場環境の中でも特にトイレについては、自社ビルではないため、取り組みにくいという問題がありました。そこで、まず東京本社について、当社が入っているビル会社の担当役員に「必ず1つはオールジェンダートイレを設置するべきです」と提案したところ、すぐに実行してもらえました。性別を問わず、婚姻と同様の関係にある社員の「パートナー」を、当社において原則として配偶者に準ずる取り扱いとする「パートナーシップ認定制度」も新設しました。
矢島: シニア雇用については、個人の希望や能力に応じ、働き続けるための選択肢を広げています。60歳定年後も嘱託や契約社員として働くことができる仕組みはありましたが、定年前とあまり変わらない形で働き続けたいという声に応えて制度を見直しました。また、障がい者雇用では、こちらも何十年も前からの仕組みですが、熊本県にある就労支援施設と連携して採用を行い、完全在宅での勤務を行ってもらっています。近年は、聴覚障がいのあるアスリートの方についても、当社での仕事とスポーツの両立をバックアップしています。
部門を超えた協働(コワーク)に積極的だと聞いています。
矢島: 当社にはもともとプロジェクトベース(各業務ベース)で、部門の垣根を越えたチームを編成する文化がありました。近年はそれをさらに強化し、部門横断のコワーク(社内協働)がしやすい環境づくりを進めています。従来の、社員による自主的なコワークに加え、トップダウンでもテーマを設定し、「コワークの常態化」を目指しています。また、部門や勤務地を越えてR&Dに取り組める「事業開拓組織」という仕組みも長年にわたって活用されています。こうした施策は、多様な社員の育成や能力発揮機会の創出に大きな役割を果たしていると思います。
池田: 多くの企業が「コワークをしよう」とか「クロスセルを生み出せ」と言っていますが、うまく進まないケースが多いと思います。当社の場合、研究員とコンサルタントが一緒に仕事をしても、人事制度が異なるために評価が難しい面があり、同じチームとして成り立たないという声もありました。これは、コワークが進まない原因の1つ(=必要条件が揃っていない)です。また、「一緒にやることでどんなよいことがあるか」が見えなければ、人は動きません。つまり、動機づけ(=十分条件)も必要です。当社では、こうした課題に対応するため「協働推進室」を設置し、部門間連携を促進しています。コワークによるプロジェクト実施のインセンティブも用意し、これまでコワークが成立しにくかった領域でも実現するよう促進をはかっています。
矢島: 実際に、研究員とコンサルタントが一緒にプロジェクトに取り組むと、専門性の違いが活かされ、大きなシナジーが生まれています。職種を一本化するといった考え方もありますが、当社ではあえて研究員とコンサルタントという異なるタイプの人材を採用・育成し、それぞれの特性を活かす方針を取っています。その上で、両者が協力して取り組むことの面白さや価値を、より一層引き出していこうとしています。



代表取締役 社長
池田雅一 IKEDA Masakazu
1986年に三和銀行(現三菱 UFJ 銀行)に入行、法人営業と人事を中心に担当。
その後、人事部の担当役員であるCHRO(Chief Human Resource Officer)。
2021年当社代表取締役社長就任。島根県隠岐の島出身。「仕事の自由」「職場の安全感」「社会価値」を重視し、「個人生活の幸福無くして仕事の充実はない」と考え、社会にとって価値があり、働く人すべてにとって魅力ある会社づくりに取り組む。

CDIO / 主席研究員
矢島洋子 YAJIMA Yoko
1989年に三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に入社。研究員として、少子化対策の視点から、WLBやD&I関連の調査研究や政策提言、企業コンサルティングに取り組む。2004年4月より3年間、内閣府男女共同参画分析官。2018年7月に執行役員就任、2025年1月より現職。