リスク管理高度化(1)「金利のある時代」に向けた事業法人の金利リスク管理とは
2024年3月に日本銀行がマイナス金利政策を解除し、本邦の金融環境は「金利のある世界」へと戻りつつあります。金利上昇時は企業の資金調達コストが増加しますが、一方で資産運用収入の増加や退職給付債務の減少などのプラス効果もあります。金利変動の影響は多岐にわたるため、金融機関のみならず事業法人でも自社の金利リスクを適切に評価・管理することが一層重要になります。
本コラムでは、事業法人における金利リスクの考え方について、金利変動が資産・負債に与える影響や損益発生のメカニズムを解説し、各企業で広がっている管理手法の例をお伝えします。
金利リスクとは
金利が上昇・下降することにより、債券等の有価証券投資や預金といった資産や借入金などの負債の価値そのものが変動することや、預金や借入金といった金利に関連する収益・費用が変動することにより損失を被るリスクを「金利リスク」と言います。前者は経済的価値の変動、後者は期間損益の変動によるものです。
以下では、それぞれのケースで金利リスクがどのように顕在化するか解説します。
(1)金利変動により企業の経済的価値が変化する仕組み
金利の変動は資産・負債の価値と密接に関係しています。一般的な例として、債券の場合、金利が上昇すると市場価格は下がり、金利が低下すると市場価格は上がります。この関係性は債券に限らず、預金や年金、借入金など金利が関係する全ての資産・負債に共通しています。
金利リスク管理では、金利変動による資産・負債への影響を測る指標はさまざま存在しています。そのうちの一つである「金利感応度」は、金利が変化した際の価格変化率を表す重要な指標です。
資産・負債にはそれぞれ固有の金利感応度があり、その高低によって金利変動時の価値の増減幅が異なります。例えば資産の金利感応度が高く金利上昇時に価値が大きく低下する一方で、負債の金利感応度が低くその価値があまり低下しない場合、負債側にギャップが生じ、純資産が毀損し企業の経済的価値が低下します。
(2)金利変動により将来の期間損益が変化する仕組み
金利が変動すると、バランスシートの価値だけでなく、損益の状況も変化します。具体的には、預金や有価証券投資、貸出金などの資産からの金利収入の変動、借入金などの負債に係る金利費用の変動などが発生します。企業が保有している資産・負債の状況により収益・費用の増減度合いが異なるため、金利リスク管理では将来の金利変動に対して期間損益(費用考慮後収益)の変化幅、すなわち不確実性をリスクと認識します。
金利リスクの分析手法と活用
今後、「金利のある世界」では金利リスクを適切に管理することで、経済的価値や期間損益の低下の抑制やコントロールが求められます。この状況下で、金融機関で発展してきたALM(企業の運用・調達方針から資産・負債構造をコントロールする管理手法・枠組み)が事業法人にも広がっています。
金融機関では、資産・負債のキャッシュフローのギャップを測定する「マチュリティ・ラダー分析」、金利感応度を測定する「デュレーション分析」など、経済的価値や期間損益に関するさまざまな金利リスクの分析手法が確立されています。
事業法人では、自社バランスシートにおける金利リスク管理の対象となる資産・負債を洗い出し、金利感応度の強弱を把握するための分析指標・ツールなどの導入が必要となります。特に足元の金融政策により金利環境が変化しうる状況下では、金利上昇の複数の予想シナリオに対して、自社バランスシートや期間損益が変化する度合いを予測する「シナリオ分析(シミュレーション分析)」が有効であり、実際に活用が広がっています。こうした自社バランスシート・期間損益の金利リスクを把握し、金利感応度に応じた資産・負債の金利構成等をコントロールすることが肝要です[ 1 ]。
今後もさらなる金利上昇が想定される中、企業は自社バランスシートにおける金利リスクを把握し、適切に管理する必要があります。「金利ある世界」において想定外の損失を被ることなく、企業価値を高めていくためには、自社バランスシートのポートフォリオ構成等に応じて分析手法や金利リスク管理態勢を整備し、金利リスク管理・ALMのPDCAサイクルを機能させることが重要です。あらゆる金利環境下において持続的な経営の実現を目指す皆さまにとって、これらの情報が足掛かりの一つとなりましたら幸いです。
[ 1 ]金利リスクの計測手法については、当社コンサルティングレポート「リスク定量化が支える成長のためのリスクテイク」(2022)を参照(https://www.murc.jp/library/report/cr_220607/)
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