各種サステナビリティ開示基準において、温室効果ガス（以下、GHG）排出量が少なく、気候変動へのレジリエンスが高い経済への移行に対応し、貢献するための「気候移行計画」の開示が求められ始めています。本コラムの1回目では、気候移行計画の定義、気候移行計画の策定と開示の必要性、気候移行計画策定に向けた課題について解説しました。2回目となる今回は、気候移行計画を策定する際に何をどこまで決定し、開示しなければならないかという、企業が直面する共通の課題に対する1つのソリューションとして、自社の気候移行計画の評価および開示に活用できる要件を定めた、「TPT開示フレームワーク（TPT Disclosure Framework）」について解説します。

TPT開示フレームワークとは

移行計画タスクフォース（Transition Plan Taskforce：TPT）は、2022年3月にイギリスの財務省によって発足した組織で、気候移行計画のグッドプラクティス（優れた取り組みや事例）を定義することを目的として、金融機関、企業、政府など、世界中の600を超える組織と関わる包括的なアプローチによって、移行計画の開示に資する資料群を作成しています。TPTが作成した資料の1つが、移行計画に関する開示要件などを定めたフレームワークである、「TPT開示フレームワーク」［¹］です。現在、TPT開示フレームワークを含むTPTの作成資料の一部は、TPTではなく国際会計基準財団（以下、IFRS財団）により所有・管理されています。IFRS財団が、国際的なサステナビリティ情報の開示基準を策定するための組織である、国際サステナビリティ基準審議会（以下、ISSB）を設立している点、また、同財団がTPT開示フレームワークをはじめとした資料を、教育資料の開発などに活用することを発表している点［²］などを考慮すると、TPT開示フレームワークが気候移行計画の開示に関する、グローバルな規範となる可能性が高まっていると考えられます。

TPT開示フレームワークが定める開示要件は、ISSBが公表したサステナビリティ情報の開示基準（以下、ISSB基準）と、整合するように設計されています。加えて、グラスゴー金融同盟（以下、GFANZ）［³］が公表した、気候移行計画フレームワークと同じ中核要素および構造を用いつつ、より深く詳細な開示要件を提供することによって、民間セクターの気候移行計画の策定を支援する、効果的な開示フレームワークとなっています。

【図表1】イニシアチブ間の関係性

（出所）移行計画タスクフォース「TPT開示フレームワーク」P.13の内容を基に当社作成

開示項目とその内容

TPT開示フレームワークでは、移行計画に関する情報を「野心（Ambition）」、「行動（Action）」、「説明責任（Accountability）」の3つの原則に基づき、開示することが求められています。原則は、GFANZのフレームワークで示されている気候移行計画の要素と一致する、5つの開示要素および19の開示サブ要素によって構成されており、開示要素では、各要素で求められる気候移行計画に関する開示内容の概要、開示サブ要素では、気候移行計画の開示に関する詳細な要件が定められています。

【図表2】TPT開示フレームワークの構成

（出所）移行計画タスクフォース「TPT開示フレームワーク」P.15の内容を基に当社作成

【図表3】開示要素の概要

（出所）移行計画タスクフォース「TPT開示フレームワーク」P.21の内容を基に当社作成

TPTは、TPT開示フレームワークの他にも、気候移行計画の開示を支援する関連文書を複数作成しています。例えば、TPT開示フレームワークで定められている開示要件に加えて、気候移行計画の開示内容を検討する際に、追加的に考慮すべき事項（それぞれの開示要件が設定されている理由・背景情報や、開示内容の具体例など）を紹介する、「Explore the Disclosure Recommendations（開示における推奨事項の探求）」や、特定のセクターに属する企業向けに、TPT開示フレームワークを解釈するための追加的なガイダンスを提供する、「Sector Guidance（セクターガイダンス）」、TPT開示フレームワークに沿って作成した気候移行計画の開示内容を、他のサステナビリティ開示基準に基づく開示に統合する際の追加ガイダンスとなる、「Technical Mapping（テクニカルマッピング）」といった文書などが公表されています。

【図表4】TPT開示フレームワークとその主要な関連文書の一覧

（出所）IFRS財団ウェブサイト［⁴］および表内文書［⁵］［⁶］［⁷］［⁸］の内容を基に当社作成

TCFD開示への組み込み

TPT開示フレームワークは、2017年に気候関連財務情報開示タスクフォースが公表した、最終報告書（以下、TCFD提言）における推奨事項を補完する形で、気候移行計画が含むべき内容に関する追加的な要件を提供しています。具体的には、TPTが作成した「TCFD Recommendations and Guidance – TPT Disclosure Framework TECHNICAL MAPPING（TCFD提言およびガイダンス – TPT開示フレームワークテクニカルマッピング）」において、気候移行計画に関連するTCFD提言の推奨事項などが特定されており、気候移行計画に関連する内容を、TCFD提言に基づく既存の開示内容に統合する形で開示する際に、TPT開示フレームワークが定めるどの開示要件を検討すべきかが示されています。従って、TPT開示フレームワークを用いることで、TCFD提言に基づき既に検討した内容を踏まえて気候移行計画を開示することができるため、TCFD賛同企業・機関にとって有用性が高いツールといえます。

【図表5】「TCFD提言およびガイダンス – TPT開示フレームワークテクニカルマッピング」における特定内容

「TCFD提言およびガイダンス – TPT開示フレームワークテクニカルマッピング」における特定内容

（出所）移行計画タスクフォース「TCFD提言およびガイダンス – TPT開示フレームワークテクニカルマッピング」P.3-11の内容を基に当社作成

今回の解説内容を踏まえると、TPT開示フレームワークは今後IFRS財団により管理されること、また、ISSB基準およびGFANZの気候移行計画フレームワークと整合しており、かつそれらよりもさらに詳細な開示要件を定めた、実用的な開示フレームワークであることから、気候移行計画の開示を支援する主流のツールとなる可能性があるといえます。また、特にTCFD提言に賛同した企業にとっては、既に検討したTCFD提言に基づく開示内容を補完する形で、気候移行計画についての開示を可能にする、有益なソリューションとなることが想定されます。
3回目となる次回は、ISSB、日本国内でISSB基準に整合するサステナビリティ開示基準を開発している、サステナビリティ基準委員会（SSBJ）、および環境問題への取り組みに関する、自主的な情報開示とスコアリングのシステムであるCDPの三者が、それぞれ定めている気候移行計画に関する開示要件と、TPT開示フレームワークとの間の対応関係について解説します。

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［ 1 ］TPT「Disclosure Framework」https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/knowledge-hub/resources/tpt/disclosure-framework-oct-2023.pdf（最終確認日：2024/12/24）
［ 2 ］IFRS財団は、HP内でTPT開示フレームワークおよびその他ガイダンスの公表を行っており、今後TPT が作成した資料の管理および更新を担うと想定される。https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2024/06/issb-delivers-further-harmonisation-of-the-sustainability-disclosure-landscape-new-work-plan/?utm_medium=email&utm_source=website-follows-alert&utm_campaign=immediate（最終確認日：2024/12/24）
［ 3 ］世界経済を温室効果ガス排出量ネットゼロに移行させることを約束している、世界最大の金融機関の連合体。https://www.gfanzero.com/（最終確認日：2024/12/24）
［ 4 ］IFRS「Transition Plan Taskforce resources」https://www.ifrs.org/sustainability/knowledge-hub/transition-plan-taskforce-resources/（最終確認日：2024/12/24）
［ 5 ］TPT「Explore the Disclosure Recommendations」https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/knowledge-hub/resources/tpt/explore-disclosure-recs-apr-2024.pdf（最終確認日：2024/12/24）
［ 6 ］TPT「TCFD Recommendations and Guidance – TPT Disclosure Framework Technical Mapping」https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/knowledge-hub/resources/tpt/tcfd-recs-guidance-tpt-tech-map-oct-2023.pdf（最終確認日：2024/12/24）
［ 7 ］TPT「IFRS S2 Climate-related Disclosures – TPT Disclosure Framework TECHNICAL MAPPING」https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/knowledge-hub/resources/tpt/ifrs-s2-climate-disclosures-tpt-tech-map-oct-2023.pdf（最終確認日：2024/12/24）
［ 8 ］TPT「TPT Disclosure Framework – European Sustainability Reporting Standards COMPARISON」https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/knowledge-hub/resources/tpt/disclosure-framework-esrs-comparison-oct-2023.pdf（最終確認日：2024/12/24）

SSBJやCSRDで要求される気候関連開示に対応するための必要なプロセス～何から始めるか～

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