試される自治~ローカル・マニフェストが問うもの

2007/11/12 西尾 真治
地方自治体
政策評価
地方創生

4年に一度の統一地方選挙

平成19年度は、4年に一度の統一地方選挙の年である。統一地方選挙のときに同時に選挙が開催される地域の割合(統一率)は年々減少傾向にあるが、地方選挙には、都道府県の知事選挙と議会議員選挙、市町村の長の選挙と議会議員選挙があるため、ほとんどの地域で何らかの地方選挙が行われる。多い場合には4つの選挙が同時に開催されることになる(ただし、統一地方選における都道府県・政令指定都市の選挙と政令指定都市以外の市町村の選挙は、投票日が2週間ずれている。また、19年度は、3年に一度開催される参院選とも重なる12年に1度の「選挙イヤー(亥年選挙)」でもある。)。

マニフェスト・サイクル元年

このように多くの地方選挙が重なることに加えて、今回の統一地方選挙が大きな節目となったのは、地方のマニフェスト(ローカル・マニフェスト)が平成15年の統一地方選挙でわが国ではじめて導入されてから、1期4年の任期が過ぎ、次の任期に引き継がれる最初のタイミングとなるからである。マニフェストにおいては、選挙時に具体的な「約束」を示し、後からその達成度をチェックし、次の改善につなげる「マニフェスト・サイクル」を構築することが重要とされる。すでにマニフェストが導入されている自治体においては、サイクルを一巡させ、次のサイクルにつなぐ時期に当たる。まだマニフェストが導入されていない自治体においては、はじめてマニフェストを取り込むきっかけの選挙となる。

滑り込みで間に合った公選法改正

ところが、意外と知られていないことに、国政選挙では認められたマニフェストの配布が、地方選挙では認められていなかった。選挙を政策中心にし、有権者に具体的な政策を約束として示すマニフェストの意義は、基本的には国政にも地方政治にも共通しているはずである。一部の先駆的な首長は、法律の網の目をかいくぐってマニフェスト型の政治・行政を推進し、良き前例を積み重ねてきた。国会議員においても、超党派の議員連盟が形成され、マニフェスト配布の解禁に向けた運動を推進してきた。それらの取り組みが実り、ギリギリのタイミングで公職選挙法が再改正され、今回の統一地方選挙から、地方選挙におけるマニフェストの配布が認められるようになったのである。

公選法改正で何か変わったか?

こうして、遂に地方選挙におけるマニフェストの配布が認められることになったわけであるが、多くの有権者の実感は、「これまでの選挙と特に大きな違いはなかった」というところではないだろうか。
今回の公選法改正では、ローカル・マニフェストの配布が認められたものの、いくつかの制限が設けられた。配布できるのは首長選挙に限られ、地方議員選挙においては認められていない。また、サイズはA4判1枚(表裏)までで、配布できる枚数にも上限が設定されている(国政選挙の場合はいずれも制限なし)。配布方法・場所にも制限があり、街頭配布やポスティングは禁止されている。いわば「ビラ」の範囲が拡大されただけであり、ビラ1枚に載せられる情報は限られ、結局、従来のビラとさほど変わらないものが作成される。しかも枚数や配布方法が限定され、ほとんどの有権者の手にわたっていない、というのが実態である。

軽視される有権者

つまり、「政策を有権者に届ける」という目的に対してはほとんど前進していないため、今般の公選法改正はあくまでも改革の第一歩として、二の矢、三の矢を継いでいかなければならない。その気運の高まりがほとんどみられないのが気がかりである。
国政選挙において解禁されたマニフェストの配布が、地方選挙において実質的に認められないのは、地方政治においては有権者に政策の情報を届ける必要はない、と捉えられているとみるべきである。政策の情報が有権者に届かなければ、住民自治などかなうべくもない。地方分権がなかなか進展しない大きな要因の一つが、ここにあるのではないか。

分権改革の行方を左右

有権者にとって、選挙の際に候補者の政策の情報を入手できないこと、候補者にとって、政策の情報を有権者に伝えられないこと、はあまりにおかしい。こうした素朴な疑問が、地方政治へのある種の不信・あきらめのもとで、風化してしまっているのではないか。
ローカル・マニフェストは、このように意識の下に埋没してしまった問題に改めて気づくきっかけを提供する。気づいたところで、いかに行動するか、が問われる段階に来ており、それが第2期を迎えた地方分権改革の行方を左右することになると思われてならない。

執筆者

facebook x In

テーマ・タグから見つける

テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。