高齢者医療制度改革の行方と課題

2010/10/18 田極 春美
社会政策
高齢者
医療

2008年4月、75歳以上の高齢者を対象とした「後期高齢者医療制度」が開始となったのは記憶にまだ新しいところである。しかしながら、昨年夏の衆議院選挙の結果、同制度の廃止をマニフェストに盛り込んだ民主党が政権を握ると、11月には厚生労働大臣主宰の会議として「高齢者医療制度改革会議(以下、「改革会議」)(注1)」が設置され、現行制度廃止後の新たな制度の具体的なあり方についての検討が始まった。9回の検討を経て、8月20日の改革会議では「高齢者のための新たな医療制度等について」と題する中間とりまとめ(案)が大筋で了承された。
この中間とりまとめでは、新たな制度の基本骨格として、(1)後期高齢者医療制度を廃止して、高齢者も現役世代と同じ制度に加入すること、(2)75歳以上の国保加入者については現役世代とは別に都道府県単位の財政運営とすること、(3)医療給付費の1割相当を高齢者の保険料で賄うこと、(4)市町村国保の広域化を図ることなどを掲げている。新制度では、サラリーマンである高齢者とその被扶養者は「被用者保険」(健康保険組合や協会けんぽ)に、それ以外の高齢者は「国保」に加入することになる。この点は後期高齢者医療制度前の老人保健制度と同じである。この結果、75歳以上の高齢者1400万人のうち、1200万人が国保に、200万人が被用者保険に加入する見込みとなっている。
厚生労働省では、「後期高齢者医療制度の最大の問題点は年齢による差別があったこと」としており、新制度では年齢によって保険証が変わることがなくなること、健診も現役世代と同じになることなど、年齢による差別的な取り扱いが解消されるとしている。ちなみに、改革会議の下で5月に行われた『新たな高齢者医療制度に係る意識調査(注2)』の結果では、「一定年齢以上の高齢者だけを1つの医療制度に区分することについて、どのように感じられますか」という質問に対して、75歳以上の高齢者では「適切・やや適切」という回答(33.7%)と「適切でない・あまり適切でない」という回答(33.1%)が拮抗した結果となった。一方、65~74歳では「適切でない・あまり適切でない」が64.3%を占め、「適切・やや適切」という回答(19.4%)を大きく上回る結果となっている。つまり、当事者である75歳以上の高齢者よりも、今後、後期高齢者医療制度に加入することになる75歳未満の高齢者のほうが、年齢による制度区分に抵抗を感じている結果となっている。
改革会議の中間とりまとめで示された新制度は、後期高齢者医療制度の問題点を解消しながらもその利点は残そうという姿勢がみられる。この点を見る限り、現行制度を改善したものといえる。しかしながら、現段階では、高齢者医療制度の最大の難問である財政負担のあり方については踏み込んだ方針を示しておらず、「引き続き検討する」という表現にとどまっている。また、高齢者医療の財政運営のあり方についても「都道府県単位の財政運営とする」とのみ表現されており、現行と同じ「広域連合」とするのか、あるいは「都道府県」とするのかを明らかにしていない。高齢者医療制度の財源としては、高齢者自身の保険料、現役世代からの支援(主として保険料)、公費という構成は変わらないが、その割合や負担方法などは「これからの議論」ということになる。少子高齢化の進展と経済の低迷で、現役世代からの負担を増やすことにも自ずと限界がある。また、わが国の財政状況を考えれば、公費の増額も容易ではない。そもそも公費の性格上、年金や介護、あるいは教育、公共工事、防衛といった他分野との調整が必要であり、国家財政が厳しくなればなるほど、公費依存の高い医療保険制度下では萎縮した医療に陥る危険性が高まる。また、国債発行によって財源調達を図っている現状を考えると、公費への依存は将来世代へのツケ回しともいえる。したがって、財源手当ての裏づけもなく、安易に公費投入という解決策をとることは望ましくない。高齢者医療制度は高齢者だけの問題ではないこと、国民の”耳に良い”政策を打ち出すよりもむしろ、適正な医療サービスを享受するためにはそれなりの費用負担が発生するということを国民にきちんと伝え、説得するプロセスが必要である。また、保険料の軽減措置や患者一部負担金についてもきめ細かい設定を行い、負担の適正化を行う必要があると思われる。
改革会議では、今後、医療費等の将来推計などを行いつつ、「年末までに結論を得る」こととなっている。財源問題の徹底した議論と国民への十分な説明が期待される。


(注1)改革会議のメンバーはhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/dl/info02da.pdf
(注2)詳細は、http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/info02d-35.html

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