岐阜県の郡上八幡は夏の「徹夜踊り」で知られているが、古くからの城下町としての趣がある町である。昨年、郡上市主催の「郡上八幡市民フォーラム」に筆者も参加させて頂く機会を得た。郡上八幡には多くの町家が残されており、この先人達の資産をどのようにして継承していくかがテーマの一つでもあった。
大変、短い時間だったが、同席されていた後藤治教授(工学院大学)、三浦卓也氏(マヌ都市建築研究所)とで町並み保存と経済的インセンティブの制度設計について議論させて頂くことができた。お二人のご了解を得て、その時の議論を以下に覚え書き的に書き連ねさせて頂く。
まず「町家を取り壊して更地にする(駐車場として運営)」と「町家の現状維持(リフォームを含む)」という所有者の2択行動を想定し、町並み保存の立場から「現状維持」へと誘導したいと考える。
この誘導策の一つとして固定資産税の不均一課税策を考えてみた。ここでは現状維持へ誘導したいので、一方の選択肢である「更地化」に重課(高い税率の適用)すれば良いことになるのだが、我が国では、こうした重課実施への心理的抵抗が強い。そこで標準税率を一律に上げて(例えば現状が1.4%なら2.1%へ引き上げ)、「現状維持(建物付)」には現行税率(ここでは1.4%)まで控除し、「更地(建物なし)」には非控除(税率は引き上げられたまま)という税体系を考えてみた(重課と比べて控除の実施例は多い)。ややギミックな感もなくないが、結果として更地(空き地)にのみ重課され、実務的にも建物課税と連動すれば事務手間も少ない等と都合がよく、現状維持への誘導も期待できそうである(注1)。
ただ、こうした重課の正当性を改めて整理しておく必要がある。
この議論の大きな前提として虫食い的な空き家・空き地の存在が地域の資産価値を下げているという認識がある(後藤教授によると独・英に共通する背景思想とのこと)。土地建物は個人資産であっても個々の資産形成において周辺環境からの影響は大きいことから、地域住民(地権者)は地域全体に一定の責任を負うという(都市計画におけるゾーニング規定の)思想をより明確にした考えと言えるだろう。こうした考えは景観法の根幹にもあり、その意味において市域全体よりも伝統的建造物群保存地区など一定の指定地区に限った方が理解が得やすいのかもしれない(注2)。
なお重課以外に誘導策として「既存不適格」の利用(注3)や住宅ローンの租税特例措置をリフォーム等に限定するなどのアイデア(注4)も話しあえた。
上述の内容は机上のアイデアに過ぎず、実施において地域住民の理解が不可欠であることは言うまでもない。まずは関係者が個々の不動産価値とそれらが連担することで得られる付加価値との関係について考え直すべきであろう。
(注1)空き家対策の場合にも同様に空き屋所有者に対して重課すればよい。この時には住民税の納税状況と照らし合わせながら控除対象を特定すると事務手間は少ない。ただ、この考えは不動産市場への放出を促す効果を期待しているもので、(潜在的)需要がない地域では適用が難しくなる。また更地になれば建物への固定資産税課税はなくなるので、実質的には減税(税負担の軽減)になってしまう。これへの対応は別途に必要だが、例えば空き地にして駐車場収入を得ている者へは外形標準課税等を課すこと等が検討対象となると考えられる。
(注2)後藤教授によると、ドイツでは歴史的建築物において屋根裏を居室に利用していても、その床面積を容積率に算入しないといったインセンティブも存在するという。そうした地域や建物特性を取り入れたインセンティブ策は検討に値するだろう。
(注3)町並み保全の点からは(建替えでなく)リフォームを推奨したいとする。容積率と建坪率が下げれば、従前と同じ建物規模での建替えはできない。また現建築物は既存不適格となっても、リフォームであれば延べ床面積等を減じる必然性はない。この利得を所有者が判断すれば、自ずとリフォームへと導くことができるという理屈である。
(注4)現行の住宅ローンには新築(および50m2以上の増改築)に対して減税措置がある。これを特区申請等してリフォームのみに認めるという考えである。さらにリフォームや中古住宅取得に対するローンの優遇制度(利息補助)も金融機関と協働して用意されても良い。
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