より一層の普及が求められる応急手当の知識と技術

2012/05/21 小川 美帆
医療

突然の事故や病気におそわれた場合、そばに居合わせた一般市民による適切な応急手当により、ケガや病気の悪化を防ぐことができる。
特に、心臓や呼吸が止まってしまった場合、早急な119番通報、応急手当(心肺蘇生法、AEDの使用)の実施により、速やかに救急隊員に引き継ぐことが、傷病者の救命率を向上させるポイントとなる。消防庁「平成23年版 救急・救助の現況」によれば、平成22年中に全国の救急隊が搬送した心肺停止傷病者の1か月後の生存者数の割合は、救急隊の到着時に、家族等により応急手当が実施されていない場合(70,554人中3,813人、5.4%)より、実施されている場合(52,541人中3,414人、6.5%)のほうが1.1ポイント高い。
また近年、救急出動件数の増加等の理由により、救急車が現場に到着するまでの時間が長くなる傾向にあることからも、バイスタンダー(注1)による応急手当の重要性はますます高まっているということが出来る。

図表 現場到着時間及び病院収容時間の推移

(単位:分)

平成
13年
平成
14年
平成
15年
平成
16年
平成
17年
平成
18年
平成
19年
平成
20年
平成
21年
平成
22年
覚知から現場到着までの時間 6.2 6.3 6.3 6.4 6.5 6.6 7.0 7.7 7.9 8.1

注)平成22年は、東日本大震災の影響により、陸前高田市消防本部(岩手県)、釜石大槌地区行政事務組合消防本部(岩手県)分のデータが反映されていないもの。
資料)消防庁「平成23年版 救急・救助の現況

一般市民が応急手当の知識や技術を身につける機会としては、全国の消防本部において「応急手当講習」が開催されている。応急手当講習の種類には、普通救命講習と上級救命講習があり、このうち市民が受講する一般的な講習である「普通救命講習I」は、胸骨圧迫(心臓マッサージ)や気道確保、人工呼吸法といった基本的な心肺蘇生法やAEDの使用法等を3時間で学ぶことになっている。
平成22年の普通救命講習の受講者数は約140万人(平成23年版救急・救助の現況)と、多くの一般市民が受講しているものの、平成20年以降減少傾向にあり、「長時間の講習にはなかなか参加しにくい」、「短時間の講習を開催してほしい」という要望が挙げられていた。(消防庁「平成22年度救急業務高度化推進検討会 報告書」)
こうした状況を踏まえ、平成23年8月、受講者のニーズに応えるため、新たな応急手当制度の体系が構築された(注2)。具体的には、90分間で胸骨圧迫とAEDの使用法を中心に学ぶ「救命入門コース」や、カリキュラムのうち座学部分にe-ラーニングを活用したり、時間を分割して講習を実施する方法が導入された。今後は、これらの改正を踏まえ、地域の実情にあわせた応急手当講習が実施されることになっている。より気軽に受講しやすい環境が整えられた中、一人でも多くの市民の積極的な受講が望まれており、そのための行政による広報活動も必要である。
また、今回の制度改正は、学校教育との連携を強く意識したものとなっている。「救命入門コース」の時間(90分間)は、小学校の授業の2時限分相当としており、今後学校単位での取組みも大いに期待されている。
但し、一般市民がバイスタンダーとして行う応急手当については、心肺蘇生を行ったバイスタンダーのPTSD(心的外傷後ストレス障害)の問題も指摘されている。例えば、航空機の中で周囲の助けを得られず、ひとりで心肺蘇生を続けた女性が、PTSDになった例が知られている。わが国はバイスタンダーの心のケアや支援の仕組みが十分に整備されていない状況であるが、今後早急に検討される必要があるだろう。

(注1)救急現場に居合わせた人(発見者、同伴者等)のことで、適切な処置が出来る人が到着するまでの間に、救命のための心肺蘇生法等の応急手当を行う人員のこと。(消防庁「平成23年度救急業務のあり方に関する検討会」報告書)
(注2)応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱の一部改正について(平成23年8月31日付消防救第239号)

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