地方創生のための教育について考える(後編)

2016/03/01 喜多下 悠貴
地方創生
教育

前編において、地方部では教育投資が人材流出を促すジレンマを抱えていることについて論じた。また、こうした状況に対して、地域社会は「(流出していく人材への)教育投資に対する地域の便益」について、またそれを得るための仕組みについて改めて検討する必要があるのではないか、という点を主張した。

人口流出を出発点として考える

上述した問いに対して、本稿では、「人口流出=望ましくないこと」として、それを抑止する方法のみを考えるのではなく(注1)、人口流出が起こることを発想の「出発点」とする考え方が必要であることを主張したい。言い換えれば、一定程度の人口流出を「前提」としたときに、いかにして流出した人材から「便益」を得ることができるか、またそのために、地域と人が離れても繋がりつづける仕組みをいかにして作るのか、という論点について考えてみたい。

例えるならば、水槽に空いている穴をいかにして埋めるか?という問いだけではなく、流れ出た水を散逸させることなく、いかにして水槽に循環させるか?という形に、問いの立て方を転換することを提起したい。

進学流出は「武者修行」である

そもそも、人はなぜ地域外に学びの場を求めるのか。個々人によって様々な理由はあれど、主としてそれは、地域内では得られない学びや経験の機会を得ることができると考えるからだろう。このような前提に立つとすれば、地域外に学びの機会を求めて流出していった者は、「これまでの地域にはない(不足している)能力・知見・発想を獲得した人材」と捉えることも可能である(注2)
さらにここで重要なのは、個人が地域外でさらなる学びの機会を得ることができるのは、それまでにその地域が、追加的な教育を受ける基盤としての学力の獲得に対して投資を行ってきた、という考え方である(注3)

さて、これまでの議論は、「地方部での教育投資が、都市部で回収される」ことへの問題認識の上で進めてきた。しかし上記のような考え方に立てば、逆に「都市部での教育投資を、地方部で回収する」という可能性も期待できるのではないだろうか。
実際にこのような発想に立ち、都市部での経験を「武者修行」として捉え、その成果を地域へ還元させるための挑戦がみられるようになっている。富山県氷見市の「氷見市・まち・ひと・しごと創生総合戦略」には、こうした武者修行的発想が端的に表現されている。

若者よ、大海へ、そしていつか氷見へ
大学のない氷見市。高校を卒業した若者が大学進学のために都会へ 出て行く背中を見るのは、いつだって悲しいことです。しかし、こう考えてはいかがでしょうか。たくさんのことを学び、経験を積むために、気持ちよく大海へ送り出し、いつの日か成長した姿で戻ってきて、氷見のために力を発揮してほしい。そのためにも、私たちは 子どもたちの郷土愛を育み、様々な仕組みをつくり、Uターンを促進します。また、高い志と能力を持って、氷見市で事を成し遂げたいという人を惹き付け、その定住を支援します。氷見市は回遊する人材を受け止める、定置網のような存在でありつづけたいと願っています。

出典)富山県氷見市「氷見市まち・ひと・しごと創生総合戦略」p4
http://www.city.himi.toyama.jp/ct/other000013900/01himisistrategy01.pdf

こうした思想を仕組み化する事例の1つが、氷見市と鹿児島県長島町、慶應義塾大学SFC 研究所社会イノベーション・ラボの3者により制度設計の検討が行われている「ぶり奨学プログラム」である(注4)。学びの機会を求めて地域外に飛び出していく人材に対して資金面での後押しを行うとともに、地域に戻っている期間中は、地元事業者等の寄付等からなる基金から元金相当額を補填し返済免除とすることで、地域への「能力の還元」を促進する「ぶり奨学金」をはじめとして、若者の武者修行を地域ぐるみで支援する仕組みを検討している。

ぶり奨学金の創設(新規)
高校が存在しない長島大陸においては、多くの高校生が長島大陸の外での寮生活を余儀なくされ、若者の流出につながっている。また、寮費等が家計の大きな負担になっており、経済的事情から出生率の伸び悩みにつながっている。
そこで、子どもが高校・大学等に進学したときに、寮費等進学に必要な費用を保護者に支給する「ぶり奨学金」を創設する。
「ぶり奨学金」においては、回遊魚の鰤にちなみ、高校・大学等卒業後、長島大陸に戻ってきた(回遊)場合には、その期間の奨学金の返還を免除することし、また、出世魚の鰤にあやかり、それぞれの分野で地域のリーダーとして活躍(出世)することを期待する。
制度設計の詳細については、「地方創生における「ぶり奨学プログラム」の研究と推進に係る覚書」に基づき、慶應義塾大学SFC 研究所社会イノベーション・ラボの助言を受け、富山県氷見市と共同で研究することとする。

出典)鹿児島県長島町「長島人口ビジョン・長島版総合戦略」p35。下線は原文ママ。
http://www.town.nagashima.lg.jp/update/upload/20150813095731_079.pdf

なお、地域への「回遊」を促す仕組みに対しては、「地域に戻る術」を教えることによる補完が重要であることも付言したい。先の長島町では、地域における就職・起業を支援する「ぶり就職起業支援事業」を、ぶり奨学プログラムの一環として展開することとしている。また、長崎県松浦市では、産業競争力強化法に基づく「創業支援事業計画」の中で、地元の県立高校と協力し、市の商工観光課の職員が、市内で起業するという選択肢を高校生に伝える授業を行っている。子どもたちに対し、地域で生きるための方法を伝えるためには、このように組織、分野横断的な取組が求められるだろう。

それでも戻ってこない者とどう繋がるか

これまでに紹介した事例は、武者修行した個人が地域に戻る意欲や可能性を高めるが、当然ながら流出した者全員が地域に戻るわけではない。それでは、こうした「戻ってこない者」に対して、地域としてどのように関わるべきか。
ここでヒントとなるのが、「ネオ県人会」という新たな組織化の動向である。ネオ県人会とは、主に出身地から離れて(主に首都圏)暮らしているが、出身地のために何か行動を起こしたい、との思いを持つ有志からなる団体(注5)で、都道府県単位で徐々に設立が進んでいる。例えば、長崎県のネオ県人会である「在京若手長崎県人会 しんかめ」(注6)では、「東京出島塾」の名のもとに、民間企業と連携した五島列島への観光パッケージ商品の開発や、地元新聞との共同企画による、20年後の長崎の未来を描いた「長崎未来新聞」の紙面掲載など、地域外の視点から長崎県を盛りたてるためのプロジェクトを数々生み出している。

同様に地域外の出身者と繋がる仕組みとして、長野県小布施町の「おぶせ第二町民制度」も参考になる。この制度は、小布施という町に愛着を持つ町外の人に「第二町民」として登録してもらうことで、継続的に町に関心を寄せ、関わってもらう仕組みであり、一般社団法人日本小布施委員会がその実行を担っている(注7)。この制度自体は町の出身者に限定したものではないが、例えば地域の若者が進学等の理由で地域外に流出する際などにこうした仕組みを案内し、地域と人が継続的に繋がり続けることができれば、将来的に様々な形で地域に関わってもらうことが可能ではないだろうか。

本稿の論旨である、教育投資に対する地域の便益を考えるという観点からすると、地域は、こうした「地元には帰ることができないが、地元のために何か力になりたい」と考える者や組織とも積極的に連携し、その能力・知見・発想を還元する方法について検討していくことが求められるだろう。例えば「外の視点」を活かした地域振興のためのプロジェクト創出や、地元企業のために能力を発揮できるクラウドソーシング等の仕組みの検討、学校教育への参画(キャリア教育等)など、多様なアイデアが求められるだろう。

その地域で学んだという「縁」は「資産」である

童謡「ふるさと」には、「志を果たして いつの日にか帰らん」という歌詞がある。しかし、「地方消滅論」を突き付けられた地方部にあっては、「それでは遅い」というのが本音ではないだろうか。むしろ、たとえ「帰ってこない」としても、地域と繋がり続ける仕組みがいま必要とされているのではないだろうか。

こうした時、人と地域の繋がりを支える拠り所となるのは、「その地域で育てられた」という「縁」と、「だからこそ今の自分がある」という「恩」ではないかと筆者は考える。もちろん、こうした考え方を個人に強制することはできないが、そのような思いを育む教育投資を、地域ぐるみで進めていく必要性があるのではないか。そして流出人口を、地域が積み重ねてきた「資産」として捉える発想の転換が求められるのではないだろうか。

<参考資料>
矢野眞和(2009)「教育と労働と社会―教育効果の視点から」『日本労働研究雑誌』2009年7月号(No.588)
独立行政法人労働政策研究・研修機構(2015)『資料シリーズNo.162 若者の地域移動―長期的動向とマッチングの変化―』


(注1)地域内進学者および地域内就職者の増加を図ることによって投資の回収を目指す方向性として、地域内において魅力的な教育の機会、そして仕事を創出していく「自給自足」に向けた取組は、地方創生の「一丁目一番地」であることは疑いがなく、こうした動きを否定するものではない。ただし、こうした取組は一朝一夕に実現できるものではなく、本稿では扱い切れない大きなテーマである。本稿ではむしろ、「自給自足」へ注力することによって見落とされがちな、「流出者」の活用という観点を提示したい。
(注2)最近では、若者の「地元志向」が強まっているというデータが報告されている(独立行政法人労働政策研究・研修機構(2015)http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2015/162.html)。若者の地元定着が促されていると捉えることもできるが、こうした人的資本の蓄積の観点から見ると、全面的に首肯できる現象と言えるのか、検討が必要である。
(注3)こうした考え方には、『「学び習慣」仮説』が1つの論拠となると思われる。これは教育段階での学びの習慣が、その後の人生において継続することで、社会生活上の成果に結びついているという仮説である。これを提唱した矢野(2009)は大学生の学びを対象として仮説の検証を行ったが、この仮説が中学校、高校時代の学び習慣においても当てはまるということができれば、流出前の地域における教育意義の主張につながると考えられる。
(注4)3者の連携については、プレスリリース(2015年7月31日)を参照。(「自治体連携で地方創生「ぶり奨学プログラム」の研究と推進をします」https://www.kri.sfc.keio.ac.jp/ja/press_file/20150803_ba.pdf)。また長島町におけるプログラムの詳細については、町によるプレスリリース(2015年11月20日)を参照。(「ぶり奨学金制度に関する連携協定書を締結」https://www.kri.sfc.keio.ac.jp/ja/press_file/20151120_buri.pdf)
(注5)ネオ県人会の正確な定義はないが、こうした動きについて最も積極的に情報発信を行っている、日本財団CANPANプロジェクト、独立行政法人中小企業基盤整備機構が主催するイベント「出身地Day」におけるネオ県人会の紹介を参考としている。(参考:http://tips.smrj.go.jp/reports/syusshin20160111/
(注6)在京若手長崎県人会 しんかめホームページ(http://shinkamenagasaki.wix.com/about
(注7)一般社団法人日本小布施委員会ホームページ(http://obuse.2nd.town/

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