前編では、英国においてPFI市場の大幅な縮小が起こっている現状を紹介するとともに、新たな官民連携の形であるPF2の内容を紹介した。本編では、韓国における状況を紹介するとともに、我が国に対する示唆を導出する。
1.韓国におけるPPI制度
(1)PPI制度の歴史
韓国におけるPPI制度(注1)は、1990年代に高速道路、鉄道網等のインフラ資産を早急に整備するために導入された。政府の予算措置がなくとも、民間事業者にインフラの事業権を与え、民間の資金で整備することを可能とするため、1994年にPPP法が制定された(注2)。したがって、有料道路や港湾など、利用料収入が発生するインフラ資産の分野において、PPI制度が用いられることとなった。
PPIについては、1994年の導入後、最低運営収入保障制度(Minimum Reverse Guarantee 以下「MRG」)の導入を含む1999年の改革、日本におけるBTO(Build-Transfer-Operation)方式に近いBTL(Build-Transfer-Lease)方式の導入や対象施設の拡大を含む2005年の改革、更なるPPP制度の活性化を目指した2015年の改革を経て、今日に至っている。
(2)事業スキーム
韓国における事業手法として、6種類の方式が法律上は定められているが、実際に活用されているものは、独立採算型の事業手法であるBTO方式と、サービス購入型の事業手法であるBTL方式の2種類である。
BTO方式は、道路、鉄道、港湾等の利用料収入が見込まれるインフラ資産を対象として実施されるものである。政府が民間事業者に対して事業に係る権利を付与した後、民間事業者が施設を建設し、完成後に政府に寄付を行い、事業期間にわたって施設の管理運営権が付与され、利用者からの利用料を徴収して建設費の回収、運営・維持管理の業務を遂行することとなる。なお、建設段階における民間事業者への支援の仕組みとして建設補助金の制度が導入されている。これは、民間事業者が建設費を全額負担する場合には事業として成立しないと考えられる事業を対象に、インフラ資産の性質毎に設定されている範囲(道路であれば30%以内)で政府が補助金を支給するものである。また、運営・維持管理段階における民間事業者への支援の仕組みとしてMRGなどの仕組みがある。
BTL方式は、日本におけるBTO方式とキャッシュフローの流れが同等の仕組みであり、民間事業者が施設の建設後、政府に寄付を行い、事業期間にわたって政府からリース料として建設費分の割賦払いがなされる仕組みである。
図 1 BTOとBTLの比較(韓国)
(出典)企画財政部資料をもとに三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
(3)PPI制度の現状
①案件数の推移
PPI事業の新規案件数は、PPI草創期にはそれほど多くなかったが、MRG制度の導入、BTL手法の導入により案件数・事業規模ともに大きく拡大した。しかし、2008年の世界金融危機を受けた資金調達コストの増大、2009年のMRG制度の廃止等の影響もあり、近年、新規案件は案件数・事業規模ともに縮小傾向にある。
図 5 韓国における新規PPI事業数・事業規模の推移
(出典)企画財政部資料をもとに三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
これまで実施されたPPI事業では、事業件数で見るとBTLが約7割を占めているものの、BTO事業は一般に事業規模が大きいことから金額ベースではBTOが約7割となっている。BTO事業を分野別に見ると、道路の比重が高くなっている。
なお、BTO事業については、収益面でのリスクが存在するものの、比較的大きなリターンが見込まれることから、インフラファンドによる投資も盛んであり、一定のリスクマネーが供給されている。
②MRG制度の概要と変遷
韓国の独立採算型の事業方式であるBTO事業では、事業の安定性を計るため、MRG制度が導入されていた。
MRG制度とは、個別事業に関して、政府と民間事業者で締結した契約に基づき、収入額が一定金額を下回った場合に、その金額が補填される制度であり、PPI事業に参入する民間事業者のリスクを下げ、案件数の増加につながった。
MRG制度において、補填される基準となる金額の設定にあたっては、民間事業者の見積りに拠るところが大きかったため、民間事業者は過大な需要を見込むことが多かった。また、利用者数を増やすインセンティブが働きづらいため、利用者数を増加させようとしなかった。こうした中、政府は巨額の損失補填が必要となり、議会や国民からの批判が強かったこともあり、2003年・2006年に、対象事業、対象期間、対象費用を制限するなどMRG制度の対象範囲を狭める方向で改正が進められ、補償範囲を狭める方向での改正がなされ、2009年にMRG制度は廃止されることとなった。
③直近の改革
MRGの廃止により、民間事業者が新たに独立採算型のPPI事業に参画することが難しくなり、PPI事業の案件数は大きく減少した。PPI市場の活性化と景気回復に向けた投資拡大の観点から、「民間投資活性化方策」が2015年4月に発表され、新たな事業方式の導入を含む改革案が出された。
この中で、特筆すべきは事業リスクを官民で分担する仕組みであるBTO-rs及びBTO-aが導入された点である。
BTO-rsは、政府がSPC(Special Purpose Company)(注3)に出資する場合と同様の効果を持ち、PPI事業契約において定められる政府と民間のリスク負担割合に応じて、損失発生時には政府も一定割合の損失を負い、超過利益発生時には政府が一定割合の利益を受領する仕組みである。本方式は、英国におけるPF2と類似している。
図 6 BTO-rsにおける政府・民間の負担額の例
(出典)企画財政部資料をもとに三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
BTO-aは、民間事業者の損失に上限を定め、上限を超える部分の全額について政府が負担する方式である。収益が発生する場合については、民間事業者と政府で共有することとなる。
図 7 BTO-aにおける政府・民間の負担額の例
(出典)企画財政部資料をもとに三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
BTO-rsは民間事業者の損失に上限が設定されていないことから、BTO-aと比較すると民間事業者のリスクは高くなる、BTO-aは民間事業者の損失に上限が設定されており、リスクは低いものの、収益率が低くなる。企画財政部の試算によると、BTOでは収益率が7~8%台である事業は、BTO-rsでは5~6%台、BTO-aでは4~5%台になると見込まれている。対象事業として、BTO-rsは鉄道事業、BTO-aは環境事業等に適用されることが想定されている。
2.我が国に対する示唆
PFI先進国である英国、韓国において、近年PFI市場が縮小している点、従来のPFI制度の改革が行われている点について説明した。両国は、日本のトレンドである「官から民へ」の流れではなく、「民から官へ」の流れであることは共通である。しかし、両者は、改革の目的が大きく異なっている。英国ではPFIが必ずしも望ましいものとは考えられておらず、「民間事業者の法外な利益を制限する」ことを目的として既存のPFIに制限を加える観点から改革が行われた。一方、韓国ではPPIが望ましいことを前提として、独立採算事業について「民間事業者のリスクを低減する」ことを目的として改革が行われた。
こうした違いも踏まえ、我が国に対する示唆を導出する。
(1)英国の事例から見られる示唆
PFIの先進国である英国においては、既にPFIの問題点が整理され、政府出資や政府へのリスク移転など「民から官へ」の流れが進んでいる。また、公共投資削減、金融危機等のマクロな動向に加え、会計制度の改革や補助金の削減等によりPFIと従来手法がイコールフッティングになったことで、新規案件数の大幅な縮小が起こっている。また、従来型発注、PFI、PF2の役割分担、あるべき官民連携の形、官民リスク分担のバランスについてのコンセンサスは取れていない状況にある。特に、PF2の特徴である政府出資の主な目的は、「民間リスクの低減」ではなく「民間収益の削減」であることから、事業リスクの大きさと政府出資の規模が対応している訳ではない。この点は、「民間リスクの低減」を目的として官民のリスクシェアの手法を導入し、韓国と異なっている。
また、英国においては、PPP/PFIが適している事例の類型のみならず、PPP/PFIが適していない事業の類型についても整理されている。会計検査院(National Audit Office)がPFI制度に係る評価レポートを発行しており、第三者の目線で制度自体を評価している。
英国では事業規模が小さな事業にはPFI手法が適しておらず、大規模かつ複雑な事業においてPFI手法が適していると整理されている。この点、我が国においても、「多様なPPP/PFI手法導入を優先的に検討するための指針」(平成27年12月15日)にて、優先的検討の対象基準(注4)として、事業費の総額が10億円以上または単年度の事業費が1億円以上の事業が挙げられているなど、プロジェクト規模が大規模なものにはPFI手法が適しているものと考えられている。
我が国においても、「あるべき官民連携の形」について、PFI先進国である英国においてもまだ模索を続けている点を肝に銘じることが必要である。また、PFI手法が適している事業・適していない事業について、第三者の評価も活用し、整理すべきではないか。
(2)韓国の事例から見られる示唆
韓国においては、独立採算事業が数多く実施されてきたが、政府による損失補填のあり方が事業数に大きく影響している。2015年より新たな事業手法が導入されるなど、政府による損失補填のあり方について試行錯誤している段階であるが、少なくとも、政府から何らかの損失補填がなければ独立採算事業は成り立たない点では一致しているものと思われる。わが国においても、独立採算型の事業の実施が推進されているが、政府補てんの要否は、需要を見積もることの難易度に影響される。例えば、新規のインフラ資産の整備等、需要を見積もることが困難である事業については政府による何らかの補填が必要になるだろう。我が国における、今後の独立採算事業のあり方を検討するうえでは、BTO-rs、BTO-aの導入により独立採算事業の数が再び増加するか、政府・事業者ともに受け入れられるリスク分担と言えるか、注視する必要がある。
(3)まとめ
我が国においては、「官から民へ」の掛け声のもと、PPP/PFI事業の更なる拡大が進められているが、PPP先進国である英国・韓国の事例を見ると、PPP/PFIの拡大のみを追求することが本当に正しいか疑問がある。PPP/PFIの目的は、あくまでも「国民に対する低廉かつ良好なサービスの提供を確保」することであり、PPP/PFIの増加そのものは目的ではない。PPP/PFIが最適な事業・分野についてはPPP/PFI手法の拡大を目指しつつ、PPP/PFI手法が適していない事業・分野については従来型手法、あるいは新たな事業類型を検討することが重要である。
3.参考文献
National Audit Office “Making Changes in Operational PFI Projects”(2008.1)
National Audit Office “Private Finance Projects”(2009.10)
HM Treasury “A new approach to public private partnerships”(2012.12)
OECD “OECD REVIEW OF PUBLIC GOVERNANCE OF PUBLIC-PRIVATE PARTNERSHIPS IN THEUNITED KINGDOM”(2015.12)
日本総合研究所「平成26年度諸外国における官民連携事業(PPP)の実情把握業務調査報告書」(2015.3)
難波悠「PFIからPF2へ ―英国のPFI改革策―」(2012.12)
坪井薫正、宮本和明、森地茂「英国での改革の論点を踏まえてのわが国におけるPFIの実態分析」(2015.12)
株式会社野村総合研究所2011年1月「韓国におけるPPP/PFI制度とインフラファンドに関する調査」
奥田恵子2010年10月「韓国における交通PPI の動向と問題点─仁川空港鉄道事業を事例として─」
韓国企画財政部2016年9月「民間投資制度の概要及び政策方向」
(注1)韓国においてはPFIは「PPI」と呼ばれている。
(注2)1994年にPPP法(The Act on Promotion of Private Capital into Social Overhead Capital Investment)が制定された。なお、その後の改正で、PPP法は、PPI法(The Act on Private Participation in Infrastructure)と名称が変更された。
(注3)特定の事業のみを実施することを目的に設立される法人格
(注4)公共施設等の整備等の方針を検討するに当たって、多様なPPP/PFI手法の導入が適切かどうかを、自ら公共施設等の整備等を行う従来型手法に優先して検討する仕組み。
テーマ・タグから見つける
テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。