PFIは終わったのか ~英国におけるPFI廃止の提案~

2017/10/27 馬場 康郎
PFI
英国

わが国では、PFIの更なる活用が進められているが、PFI発祥の地である英国においては、新規のPFI事業数が大きく減少している。そうした中、PFIに変わるPF2(注1)が導入されたものの、新規案件数は低迷が続いている。

さらに、英国では、議会第二党である労働党の影の大蔵大臣(注2)であるJohn McDonnell氏が新規PFI事業の中止及び現在契約期間中のPFI事業についての公有化 (back in-house)を提案するなど、PFIそのものへの批判も高まっている。本稿では、英国におけるPFIに係る批判を紹介するとともに、今後のPFIに係る動向を考察する。

なお、以下では特段の断りがない限り「PF2」も「PFI」に含むものとする。

1.英国におけるPFIへの批判

(1)かつての批判

英国において、PFIへの批判は2000年代後半から目立つようになってきた。特に、初期に実施されたPFI事業において、事業期間中の民間資金借り換えやPFI事業のSPV株式売却益によって民間事業者が受領する多額の利益を差して「過剰利益」(excessive profits)や「棚ぼた的利益」(windfall gains)であるとの批判がなされてきた(注3)。これらについては、PFI案件数の増加による利益水準の低下(注4)、民間資金借り換え時における官民の利益分配ルールの確立、PF2における政府出資により現在ではそれほど大きな問題とは認識されていない。

また、「PFIクレジット(PFI事業に限定される補助金)を目当てにPFI手法が採用される事業が多いのではないか」、と言った批判もなされてきたが、当該PFIクレジットについては2010年に廃止されている。

(2)労働党からの直近の批判

①2017年9月労働党大会での批判

2017年9月25日に開催された労働党大会において、影の大蔵大臣であるJohn McDonnell氏は更に強くPFIを批判した。具体的な発言内容は以下の通りであるが、PFIに対して非常に厳しい姿勢が見られる。

発言内容
PFIへの批判 PFI事業は納税者に長期間に亘り莫大なコストを負担させ、民間事業者に巨大な利益をもたらした
新規事業でのPFI手法不採用 我々(労働党)が政権を獲得する場合、新規PFI事業について一切契約を行わない
既存PFI事業等の公有化 既存のPFI契約及びPFI事業に関わる職員を、公有化(back in-house)する。
鉄道、水道、エネルギー、郵便等を再公営化する。
※補償として、PFI事業の株式と国債を交換することも選択肢
※PFI契約に係る統制を行うとともに、全ての事業を見直し、「必要があれば」公有化するとの趣旨
※契約締結期間中でも「直ちに」公有化するのか、契約期間終了後に再度PFI契約を行わない趣旨であるのかは明らかでない

(出典)Financial Times” Labour party threatens to nationalise PFI contracts”等

2.英国における今後のPFIと日本への影響

(1)英国におけるPFIへの影響

①現状のPFI事業

契約期間中のPFI事業については2016年3月31日時点で716事業、Capital Value(事業開始時点での調達金額:施設整備費相当)£59.4億となっている。新規のPFI事業を実施しない場合であっても契約期間中のPFI事業については契約に基づいて支払いを履行することが必要となる。現在契約期間中のPFI事業に係る支払額見込みは合計で£2,091億、2016年度から2021年度までは毎年£100億を超える支払が見込まれている。

契約期間中のPFI事業に係る今後の支払額見込み(名目値)

画像タイトル
契約期間中のPFI事業に係る今後の支払額見込み(名目値)
(出典) Private Finance Initiative and Private Finance 2 projects:2016 summary data(HMT・IPA)

2012年に導入されたPF2について、これまでPF2手法が採用された事業は、学校改修プロジェクト5件、病院1件の合計6件のみであった。そうした中、メイ政権(保守党)が2016年のAutumn StatementにおいてPF2手法の採用を推進することを明らかにした。2017年には道路網の建設・管理を行うHighways Englandが新たに道路整備事業2件にPF2手法を採用する旨を公表したところである。

事業 事業規模
A303 Amesbury to Berwick Down road improvement project
※ストーンヘンジ下のトンネル1.6マイルを含む
£13億
Lower Thames Crossing project
※テムズ川下のトンネルを含む
£15億

2010年代に入り、英国の新規PFI事業は縮小を続けてきたが、メイ政権の発足後のAutumn StatementにおいてPF2の推進が掲げられ、実際に大規模なPF2事業が計画されるなど明るい兆しが見え始めていた。そうした中、McDonnell氏の発言によって、PFIの将来が更に不透明なものとなってしまったのではないか。

②PFI事業解除の条件

なお、契約期間中のPFI事業を公共側の事由により解除するためには、①任意解除権についての規定があること、②任意解除権の行使にあたっての要件を満たすことの2点が必要である。個別事業におけるPFI事業契約書は公表されていないが、一般に標準契約書(Standardisation of PFI Contracts 又はStandardisation of PF2 Contracts)に基づいて締結(注5)されている。標準契約書において、公共側の任意解除権は設定されるが、行使に当たっては、相当な補償が求められる。

規定内容
任意解除権について
  • 政策変更等により公共が事業者との契約を維持できない状況になる可能性があるため、公共は任意解除権を有する。
  • 事業者は、任意解除権が実行された場合に完全な補償が行われる場合には、行政が任意解除権を有することに異議を唱えない
補償額について
  • 事業者は、契約が満期終了した場合と同様の状態になるよう解除時に、事業者に対する支払いを実施。
  • 他用途でのPFI事業資産の使用可否に関わらず、任意解除に係る補償の水準は、公共のデフォルト時と同様とする。

【公共のデフォルト時の補償内容】
・シニアローンに係る借入金残高、金利
・シニアローンに係る清算金
・PFI事業の従業員に対する解雇手当
・解除日までの支払配当
・劣後ローンに係る借入金残高、金利 等

(出典) Standardisation of PFI Contracts (SoPC) Version 4をもとにMURCにて作成

したがって、公共からのPFI事業の任意解除は可能であるものの、事業者に対する補償は膨大な金額になることが想定される。労働党が政権を獲得した場合において、新規PFI事業の抑制についての可能性はあるものの、McDonnell氏が主張するような既存のPFI事業の解除・国有化については困難であるものと思われる。

PFIは民間事業者に利益をもたらすものではあるが、政府にとっても、政府財務残高を増加させることなく公共事業を実施することができる等の利点がある。今回、労働党はPFI廃止に係る提案を行ったものの、政府債務残高の制約もあることから、政権獲得時に実際に実行する可能性は高くないだろう。保守党についても、野党時代の2007年から2009年頃に「PFIはばかげたものになった」「労働党のPFIモデルは欠陥があり、取り替えるべき(Labour’s PFI model is flawed and must be replaced)」と主張していたものの、保守党・自由民主党の連立政権成立後には多数のPFI事業を締結した(注6)

(2)日本におけるPFIへの影響

わが国においては、現在、官民を挙げてPPP/PFIの更なる活用が進められているところであるが、仮に英国において労働党が提案するような内容が現実のものとなった場合には、日本におけるPFIの推進にも水を差すことが想定される。

わが国において、実務レベルでは、「地方債の起債制限」から派生する財政制約がPFI手法採用の動機となっているケースが多いのではないかと考えられる。地方公共団体においてハコモノ整備を行う場合、地方債の起債制限によりその一部を初年度に一般財源より調達することが必要となるが、非常に難しい状況にある団体も多く見られる。したがって、初年度に支払う必要のある一般財源分を延払いするスキームとして、PFI手法を採用せざるを得ない状況にある。したがって、英国における動向とは関係なく、わが国においてPFIの新規件数がゼロになる、あるいは現在契約期間中のPFI事業が中止されるとは考えづらい。

ただし、地方行財政制度全般の見直しとセットになり、抜本的な見直しにつながる可能性はある。例えば、地方債の起債制限とPFIの関係についての整理・見直し、あるいは新地方公会計制度による発生主義の財政指標とPFIの関係についての整理・見直しがなされると、財政面からみたPFIのメリットが変わる可能性がある。

英国におけるかつてのPFI批判の中心は「民間事業者による儲けすぎ」であったが、日本におけるPFI事業の収益率(出資に対する収益)は英国と比較して低い水準となっている。英国では、「儲けすぎ」の源泉として、事業期間中の民間資金借り換えやPFI事業のSPV株式売却益が挙げられるが、日本においては民間資金の借り換えが発生する案件が少ないうえ、当初の調達金利が低いため、借り換えにより多額の利益は発生しない。また、事業期間中に株式売却が行われないことが一般的である。ただし、わが国におけるPFI事業に問題点として、近年は応募事業者が少なくなっていることも挙げられ、1者入札の事業も多くなっている。1者入札が増加すると、VFMの低下と民間収益の増加に繋がることが想定される。また、「儲けすぎ」かどうかの根拠は曖昧なものであることから、民間事業者の活用により生み出される創意工夫と、維持されるべき公共性のバランスを逸した事業となった場合、いかなる収益水準であっても「儲けすぎ」あるいは「民間事業者が公共事業によって利益を上げている」との批判が起こる可能性はあるだろう。


(注1)PFI手法に係る問題点を解決するため、新たなPPPのスキームとして導入されたもの。SPCへの政府出資、ソフトサービスの契約内容からの除外、資金調達の多様化等が図られている。詳細については、http://www.murc.jp/library/column/sn_170215/参照
(注2)野党が設置する政策立案機関である影の内閣の一員である。影の内閣はイギリス政府・与党の内閣と対する組織として存在し、議場では与党と野党が相互に向き合う形になっている。
(注3)A new approach to public private partnerships(2012.12 HMT)においても当該批判について記載されている
(注4)PFI事業における収益率(出資に対する収益)は8%-15%程度であり、決して高い水準とは言えない。
(注5)原則として、当該契約書の規定を採用することが必要となる。ただし、公共側の任意解除権行使時の補償額を含むいくつかの条項については、複数の選択肢が示されている
(注6)その後、労働党時代のPFIを大きく変えるPF2を導入することとなる。

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