本シリーズ「『高校生と地域』をめぐる新潮流」では、教育政策、地域政策など、多様な観点からの注目が高まっている「高校生と地域社会との関わり」の実態及び求められる方向性について、様々な事例や調査データを通して考察を深めていきたい。第3回となる本稿では、「地方留学」に焦点を当て、その推進による地方創生政策の核としての「地方留学」の可能性を示す。
日本財団が「地方留学の推進に関する調査研究」(本稿では便宜的に「地方留学調査」という。以下同じ。)という日本初となる地方留学の実態調査を行った。本調査では教育委員会・高校や高校生・保護者等のアンケート調査を行い、地方留学という選択肢に対する期待と関心が高まりつつある実態が分かった。地方留学へのニーズが高まりつつある一方で、地方留学に取り組む受入側の行政機関の連携体制は必ずしも十分でないことも本調査では明らかとなった。地域の魅力を伝えることを得意とした首長部局と、地域における学校教育、学校の魅力化を専門とした教育委員会部局はこれまで、必ずしも十分な連携が果たせていなかったかもしれない。本稿では、両者が政策的「旨み」を感じながら有機的連携をし、地方創生政策を牽引する「地方留学」の可能性を考えたい。
なお、本寄稿の基となる詳細な調査結果は「地方留学の推進に関する調査研究」(公益財団法人 日本財団)(https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2018/12/new_inf_20181024_01-5.pdf)を参照されたい。
1. 高校の存続・魅力化が移住政策へ寄与~地方留学は移住政策へも好影響をもたらす?~
総務省が平成29年11月に「過疎地域への移住者に対するアンケート調査」(http://www.soumu.go.jp/main_content/000529976.pdf)(本稿では便宜的に「移住者調査」という。以下同じ。)を実施しており、平成29年11月7日から12月5日の間に過疎関係市町村に転入届を出した者に対しアンケート調査を行った。
移住者調査のうち、都市部から農山漁村地域への移住者を増やすために必要だと思う支援について、10・20代、30代の男女問わず、「子育て環境(教育・子どもの医療充実など)」の項目が3位までにランクインしていた。(なお、1位は就労支援、2位は住居支援)30代以下の年齢層を中心に移住先の子育て環境充実を求めていることが分かった。
また、「地域の魅力や農山漁村地域への関心が移住に影響した」と回答した人が実際に移住する際に最も重視した条件をみると、「生活が維持できる仕事(収入)があること」が最も高い割合となっているが、 第2位は「子育てに必要な保育・教育施設や環境が整っていることが挙げられている。本項目も年齢別にみると、10・20代、30代では特に顕著に求めている。
移住者調査の結果から、過疎地域への移住という地域政策で見た場合、30代以下の働き手として期待の高まる年齢層を転入させるキラーコンテンツに「充実した子育て環境」があると言えるだろう。充実した子育て環境の提供には、小児医療などの福祉政策も重要となるが、言わずもがな教育政策も同様に重要となるだろう。通常、「子育て環境」というワードからは幼稚園・保育所段階や小学校段階の環境充実がイメージされやすいが、高校段階の教育環境充実も重要な要素になるだろう。
今回の地方留学調査のうち、全国募集高校へ進学する「決め手」について高校生、その親に調査を実施した。すると、高校生では、「在学生の学習・体験内容の充実度」の割合が最も高く4割強、親についても「卒業生の進学・就職実績の充実度」に次いで第2位となり4割弱の選択があった。これは、現地での生活のサポート体制や金銭的補助などを上回るポイントで、高校段階であっても教育環境の充実は保護者にとって、重要な観点となることが分かった。
これまでも、地域の「課題」という観点からは、過疎地域を中心に、生徒数減少により、高校の存続が危ぶまれていることは問題視されていた。(「地域の自立・活性化に資する「生活圏」の形成に向けた検討業務報告書」(平成21年 国土交通省(http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/21seikatuken/04/02.pdf))でも、地域の自立・活性化実現のための共通した地域課題として、高校の廃止・合併が挙げられている。)
地域「課題」として捉えていた教育政策を再度捉え直し、地域政策・移住政策、地方創生の起爆剤として再定義することは出来ないだろうか。
2. 地方留学の導入理由・効果について~地方留学に対する期待は全国的に高まりつつある~
地域政策・移住政策、地方創生の起爆剤として、本稿では、「地方留学」という取組について紹介したい。本シリーズ第1稿「なぜ、いま「高校生と地域」が注目されるのか(後編)」(https://www.murc.jp/library/column/sn_180620/)でも紹介した通り、従来、主として自県内の生徒のための教育機関であった都道府県立(公立)高校において、人口減少による生徒数の減少や、その結果としての統廃合の危機などといった課題を主な背景として、全国から生徒の募集、受入を行う事例が広まりつつある。本稿では、公立高校が生徒の全国募集を行うことを「地方留学」と称し、論を進める。
今回、日本財団による「地方留学調査」で地方留学は37都道府県中の約6割が実施していることが初めて明らかとなった。地方留学は、必ずしも特定のエリアに限定した取組ではなく、全国的に広がりつつある取組であると言える。
地方留学を導入するきっかけを実施高校に調査した結果、図表 1のとおり、「生徒数減少状況の解消への期待」の割合が最も高く73.2%となっており、特定のエリアに限定されることなく、地方留学に対する「生徒数減少対策」への期待があることが分かった。まさに、高校段階の「量」的な課題解決策として地方留学が採用されていると言えよう。次いで、「高校の教育レベルの向上等の魅力化への期待(40.8%)」の割合が高く、高校段階の「質」的充実(=充実した子育て環境)の実効策としても地方留学に注目が集まっている。
図表 1 全国からの生徒の受け入れの導入を検討した理由
出典:「地方留学の推進に関する調査研究」本編 図表16(公益財団法人 日本財団)
(概要版:https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/01/new_pr_20180620_01.pdf)
また、教育委員会、高校において、総評としては一定程度の効果は感じられていることが分かった。(詳細は「地方留学の推進に関する調査研究」概要版p8(https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/01/new_pr_20180620_01.pdf)を参照)
さらに、地方留学実施済みの教育委員会に対して今後の継続意向を調査した結果、生徒数の減少率が30%以上(注1)の教育委員会のうち、その約5割が「積極的に推進していきたい」を選択した。一方、生徒数の減少率が30%未満の教育委員会が、「積極的に推進していきたい」を選択する割合は2割程度で全体に比べると1割程度低くなった。このことから、生徒数の減少率が相対的に高い自治体ほど、積極的に地方留学を進めたいことがうかがえる。このデータからも、地方留学が、高校段階の特に量的な課題解決策として期待されていることが読み取れる。
図表 2 今後の地方留学に対する意向×生徒の減少率
出典:「地方留学の推進に関する調査研究」(公益財団法人 日本財団)より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
3. 地方留学の実施体制について~首長部局との連携を求めるも、首長部局側は現状を把握していない?~
高校段階の教育の量的な課題解決策だけでなく、子育て・教育環境の質的充実策としても地方留学に対する期待が高いことが分かった。地方留学の取組を通じ、高校の存続という量的課題へ対応するだけでなく、高校・教育環境の質的充実による移住促進、地方創生の可能性に期待が高まる。
ここからは、この地方留学が十分に効果発現するための要因について述べたい。地方留学調査では、地方留学実施済み教育委員会の感じる効果発現の要因として、「地域住民からの協力・賛同が得られた点」の割合が最も高く85.7%となっている。次いで「関係団体からの協力・賛同が得られた点」が57.1%、「市町村教育委員会・高校との連携が十分であった点」が42.9%となっている。これらは、予算支援を上回るポイントとなっており、地方留学の効果発現には、周囲の関係者の参画・協力を得るかが肝要だと言える。
図表 3 地方留学実施による効果発現に貢献したと考えられる評価すべき点
出典:「地方留学の推進に関する調査研究」本編 図表66(公益財団法人 日本財団)(概要版:https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/01/new_pr_20180620_01.pdf)
また実施教育委員会において、図表 4のとおり、実施段階で留意すべき事項として、「実施高校との特別な連携を図ること」の割合が最も高く60.9%となっている。さらに、生徒数が5万人未満(注2)の教育委員会の場合、そのマンパワーからか、「首長部局との特別な連携を図ること」を選択する割合は、5割程度で全体に比べると20%程度高くなった。生徒数が小規模な都道府県の教育委員会では、実施高校だけでなく首長部局との連携を図ることも重要になると言えよう。
図表 4 地方留学を実施する段階で留意すべきだと感じた点
出典:「地方留学の推進に関する調査研究」(公益財団法人 日本財団)より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成)
4. 過疎地域における地方創生・移住促進政策として見る地方留学の「旨み」
ここまでで、1.地方留学が地方創生政策としての期待が高まっており、2.地方留学の効果発現には、首長部局も含めた関係者の参画・協力が重要であると述べてきた。ここからは、数ある政策の中でも特に地方留学という取組の特筆すべき「旨み」(実施意義が十分ある)を、地方創生・移住促進の観点で見ることとする。
1点目は、高校の教育コンテンツ充実や地方留学の活用により、域外からの高校生自身の転居が期待できる。幼稚園、小学校段階では、子供のみで移住することは現実的ではないが、高校段階は、生徒のみで移住することも可能な段階と言える。つまり、幼稚園、小学校段階と比べ、転居に当たっての障壁が低く身軽な転居が可能とも捉えられる。(もちろん家族を伴う移住も否定されるものではない。)また、移住した大人だけでなく、地方留学等により移ってきた子供自身が地域貢献活動に有機的に参画することも期待できる。(高校生を牽引役とした地方創生の推進については、本シリーズ第2稿(https://www.murc.jp/library/column/sn_180723/)を参照。)
2点目は、高校生の場合、充実した教育コンテンツや地方留学を経た経験・実績を、社会人となって新たに地域活動を実践するまでのリードタイムが短い。つまり、教育投資をした政策効果の発現までのリードタイムという観点からは、幼稚園、小学校段階よりも優れているといえる。
上記の観点から見ると、地方創生、移住促進政策のための教育環境充実として、高校段階を最初の一手とし、その手法として地方留学を実行することは有効ではないか。
5. 総括~地方留学は首長部局・教育委員会双方にとって旨みのある政策~
地方留学調査では、高校段階の量的課題解決、質的充実策として地方留学に対する期待が高まっていること、「首長部局との連携」をはじめとした関係者からの協力が地方留学の成功の鍵であることが分かった。
教育現場にとって、地方留学は高校存続という観点から非常に旨みのある取組だが、首長部局にとっても、地方創生という観点から旨みのある政策とも言える。高校段階の教育環境の充実、地方留学の充実は、30代以下の年齢層の移住や地方創生の牽引役である高校生自身の移住のきっかけにも繋がりうる。
このことから、地方留学を「高校廃止」と課題解決策として捉えるだけでなく、「地方創生政策の核」として教育委員会、首長部局双方にとって「旨み」のある政策と捉え直し、両者が有機的に連携することで、地方留学を起爆剤とした地方創生が実現できるのではないだろうか。新たな人材の流入により、新たな地域の魅力化政策が生まれるかもしれない。
図表 5 地方留学の生み出す好循環
6. 今後の課題~「地方×教育」政策に対する効果測定指標の見直し~
前述のとおり、地方留学調査では、地方留学について、教育委員会は総評としては効果を感じている。一方で、定量的な教育効果について、教育委員会・高校が正確に把握出来ていないことが分かった。また地方留学未実施の教育委員会の未実施の主な理由の一つとして「教育効果が分からないこと」だった。
このことから、地方留学の教育効果を把握することは、今後重要なアプローチとなると考えられるが、その際、学力等の教育による直接的効果だけでなく、地域への移住者増加や地域の魅力、認知度向上等の効果についても把握することで、首長部局にとっても「旨み」を感じながら、「地域×教育」政策を一層推進できるのではないだろうか。
今回の調査では、地方創生政策を牽引する「地方留学」の可能性を導出したが、今後も地方留学に止まらず、教育政策の効果を測定する指標として、地域への賑わい創出、関係人口増加等の波及効果等の効果指標を設定することは重要ではないだろうか。
(注1)平成29年学校基本調査(文部科学省)における高校生(学年別生徒数(全日制・定時制)の合計(都道府県別))の生徒数と平成9年学校基本調査(文部科学省)における高校生(学年別生徒数(全日制・定時制)の合計(都道府県別))の生徒数の比較。
(注2)平成29年学校基本調査(文部科学省)における高校生(学年別生徒数(全日制・定時制)の合計(都道府県別))の生徒数
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