高齢期の所得保障を考えるシリーズⅠ:高齢者世帯の家計の現状高齢者世帯の家計の現状
<高齢期の所得保障を考えるシリーズ>
6月に公表された金融庁の報告書を契機に、高齢期の所得保障への関心が高まっている。本シリーズは、高齢期の所得保障に関するファクトを簡潔に整理し、議論の素材として使っていただくことを目的としている。第1回目となる本稿では、世帯主が65歳以上の高齢者世帯における家計の状況を整理し、高齢期の所得保障を考える際に注意すべき点を提示したい。
1.高齢者世帯の類型
まず、現在及び将来の高齢者世帯の類型を確認する。図表1は世帯主の年齢階級別に、類型別世帯数を示したものである。高齢者世帯の多くを単独世帯と夫婦のみ世帯が占めるが、2040年に掛けて、(特に80歳以上の)単独世帯が大きく増加する見込みとなっている。
図表1 世帯主の年齢階級別の世帯類型(単位:万世帯)
(資料)国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(平成30年推計)より作成
(注)2015年は国勢調査に基づく実績値、2040年は推計値である。
2.高齢者世帯の年間所得
ここからは、高齢者世帯 の家計の状況をみていく。図表2では高齢者世帯の年間所得の分布を示している。ここで所得には、稼働所得(働いて得た所得)や財産所得(利子、配当金等)、社会保障給付(年金等)等が含まれている。
図表2 世帯類型別にみた高齢者世帯※1の年間所得の分布
(資料)厚生労働省「平成29年国民生活基礎調査」より作成。
※1:対象は65歳以上の者のいる世帯である。
※2:最も分布の多い所得階級を「最頻範囲」としている。
※3:中央値は、各所得階級の中間値等を代表値として、各所得階級の構成比ウェイトとして累積分布を描き、累積構成比が50%となる年間所得の額を直線補完により推計したものである。個票ではなく集計表をもとに算出した値であることに留意が必要である。
これをみると、いずれの世帯類型でも、年間所得の平均値が中央値や最頻範囲を上回っている。これは年間所得の非常に高い世帯が、全体の平均値を押し上げているためである。また、男女問わず、単独世帯では年間所得が200万円に満たない世帯が過半を占めている。高齢者世帯の所得については、世帯の類型による違いが大きく、特に単独世帯に所得水準の低い世帯が多いことを押さえておく必要がある。
3.高齢者世帯※の公的年金依存度
※高齢者世帯の定義は、データの利用可能性から図表によって異なる。詳細は各図表下に示す注記を参照。
次に、高齢者世帯の所得に占める公的年金の割合(公的年金依存度)をみてみる。図表3に示した通り、高齢者世帯全体では、約半数の世帯で所得の100%を公的年金が占めている(すなわち、公的年金が唯一の所得源となっている)。
図表3 高齢者世帯※1の所得に占める公的年金の割合の分布(所得階級別)
(資料)厚生労働省「平成29年国民生活基礎調査」より作成。
※1:対象は65歳以上の者のみで構成されるか、またはこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯である。
※2:最も分布の多い「世帯所得に占める公的年金の割合」を「最頻範囲」としている(赤枠)。
※3:グラフ上は50%の線(青線)に該当する割合の中に中央値が含まれる。
※4:平均値は、各「所得に占める公的年金の割合」の中間値等を代表値として、加重平均により推計したものである。個票ではなく集計表をもとに算出した値であることに留意が必要である。
世帯の年間所得階級別にみると、所得が低い世帯ほど公的年金への依存度は高まる。先にみたように、単独世帯では年間所得200万円未満の世帯が過半を占めるが、例えば年間所得100~200万円の世帯では、所得に占める公的年金の割合が100%である世帯が6割を超える。また、夫婦のみ世帯の所得分布の最頻範囲である300~400万円の世帯であっても、約半数の世帯で公的年金が唯一の所得源となっている。
4.高齢者世帯の支出額
では、高齢者世帯の支出額(消費額)はどうだろうか。図表4では、高齢者世帯の月間支出額を所得階級別に示している。
図表4 高齢者世帯※1における月間支出額の分布(所得階級別)
(資料)厚生労働省「平成29年国民生活基礎調査」より作成
※1:対象は世帯主の年齢が65歳以上の世帯である。
※2:最も分布の多い月間支出額を「最頻範囲」としている(赤枠)。
※3:グラフ上50%の線(青線)に該当する月間支出額の中に中央値が含まれる。中央値は、各月間支出額階級の中間値等を代表値として、各月間支出額階級の構成比をもとに累積分布を描き、累積構成比が50%となる月間支出額を直線補完により推計したものである。また、平均値は、各月間支出額階級の中間値を代表値として、加重平均により推計したものである。中央値、平均値とも個票ではなく集計表をもとに算出した値であることに留意が必要である。
男女問わず、単独世帯の所得の最頻範囲である年間所得100~200万円の世帯では、月間支出額は5~10万円が最も多く、例えば月間支出額が10万円(年間120万円)であれば、収入と支出は概ね均衡している。同様に、夫婦のみ世帯の所得の最頻範囲である年間所得300~400万円の世帯では、月間支出額は20~25万円が最も多く、例えば月間支出額が25万円(年間300万円)であれば、こちらも収入と支出が概ね均衡することとなる。ただし、ここで年間所得は、税・社会保険料が引かれる前の金額であり、支出(消費)に使える金額(可処分所得)は所得額よりも少ないことに留意が必要である。
5.高齢者世帯の貯蓄状況
前項でみた通り、多くの高齢者世帯では、フローの所得に応じて支出を調整しながら、家計をやり繰りしている様子がうかがえるが、フローの所得だけで支出を賄えない場合は、貯蓄を取り崩すことになる。そこで最後に、高齢者世帯の貯蓄状況をみることにする(図表5)。
図表5 高齢者世帯※1における貯蓄額の分布(所得階級別)
(資料)厚生労働省「平成28年国民生活基礎調査」より作成
※1:対象は65歳以上の者のみで構成されるか、またはこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯である。なお、貯蓄額については、「平成29年国民生活基礎調査」では把握していない。
※2:表の所得階級は、全世帯での所得五分位値(第Ⅰ分位値200万円、第Ⅱ分位値346万円、第Ⅲ分位値529万円、第Ⅳ分位値800万円)をもとにしており、グラフでは第Ⅳ分位と第Ⅴ分位は区別していない。
※3:グラフで最も分布の多い月間支出額を「最頻範囲」としている(赤枠)。
※4:グラフの50%の線(青線)に該当する貯蓄額の中に中央値が含まれる。中央値は、各貯蓄額階級の中間値等を代表値として、各貯蓄額階級の構成比をもとに累積分布を描き、累積構成比が50%となる貯蓄額を直線補完により推計したものである。また、平均値は、各貯蓄額級の中央値等を代表値として、加重平均により推計したものである。中央値、平均値とも個票ではなく集計表をもとに算出した値であることに留意が必要である。
高齢者世帯全体の貯蓄額については、「貯蓄なし」から「2,000万円以上」まで、かなり広がりを持って分布している様子がみて取れる。一方で、単独世帯の所得の最頻範囲が含まれる年間所得0~200万円の世帯では、貯蓄が200万円に満たない世帯が過半を超え、フローの所得のみに生計を依存している世帯が相当数に上ると考えられる。
6.高齢期の所得補償を考えるに当たっての注意点
本稿では、高齢者世帯の家計の状況を整理してきた。今後、高齢期の所得保障を考えていくに当たっては、このようなファクトを押さえた議論が不可欠となるが、その際に注意すべき点を提示して、本稿を締めくくりたい。 まず、平均値だけでなく、中央値や最頻値、全体の分布をみながら議論することである。高齢者世帯の所得、支出、貯蓄のいずれとも、平均値は中央値や最頻値を上回る。平均値だけをみた議論では、高齢者世帯の格差の大きさを見落としてしまう。
次に、公的年金への依存度の高さを前提とすることである。公的年金が唯一の所得源となっている高齢者世帯は半数を超える。私的年金の拡充等、自助を促進する手立てが重要となっているが、並行して、公的年金の給付水準を底上げするための改革も急ぐ必要がある。
最後に、公的年金の給付水準低下の影響を、世帯・個人単位のミクロの視点で捉えることである。マクロ経済スライドによって、公的年金の給付水準は抑制されていくが、これまでは受給者全体でみたマクロ的な所得代替率の議論が中心であった。高齢者世帯は所得のバラつきが大きく、マクロ経済スライドによる給付抑制が厚生年金よりも基礎年金で大きくなることも踏まえれば、給付抑制の影響は各世帯・個人で大きく異なると考えられる。家計の個票データを用いたような、従来よりも精緻な分析を前提とした検討が望まれる。
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