2018年6月15日に、住宅宿泊事業法(以下、「民泊新法」)が施行された。
本稿では、民泊事業主と宿泊客の交流等による農山漁村活性化の観点から、「家主居住型」民泊を前提に、農山漁村地域の活性化への影響について考察する。1
1.民泊新法施行に伴い宿泊業への参入が容易に
民泊新法が施行される以前は、「宿泊サービスの対価として料金を徴収」するためには旅館業法第二条に定義される「旅館業」の開業許可を受ける必要があったが、これには、消防法、建築基準法などを始めとする各種法令に基づく施設基準等への適合が求められる。
一方、民泊は、有償の宿泊サービスではあるが、都道府県等への届出のみ2で開業することが可能であり、その点が従来との大きな違いである。3
民泊には、営業日数の制限(民泊は180日以内、旅館業は365日営業可能)等、一定の制約はあるものの、民泊新法の施行によって宿泊業への参入が容易になった点は、大いに評価できる。
2.市街化調整区域での農家民宿開業のハードルが大幅に低下
さて、話題を本稿の趣旨である農山漁村活性化に移すが、単に「農山漁村」と一括りに表現しても、旅館業の開業許可の観点からみると、その立地場所によって、大きく扱いが異なる。特に当該地域が市街化調整区域内に位置する場合は、原則として旅館業を開業することは不可能であった。
例外として、「農林漁家民宿(以下、「農家民宿」)」は、農業体験等の役務を提供することと等を条件に、市街化調整区域での開業が可能4であったが、施設基準に適合するための初期改修費が必要であること等のほかに、開業しようとする地域の自治体によっては、開業許可を受けるための手続が煩雑であることから、一定のハードルがあった。
一方、前述の通り、民泊は原則として市街化調整区域においても開業することが可能であり、開業に関する手続き等が簡素であるため、民泊新法の施行により、農山漁村地域における宿泊サービスの提供に対するハードルも大幅に下がったといえる。
3.民泊開業による農山漁村滞在型観光の活性化に期待
農家民宿を始めとした農山漁村滞在型の観光は、いわゆる発地型のツアーとは異なり、訪問者である都市住民や外国人が地域住民と交流し、地域の生活文化や伝統産業、農業を始めとする地域の生業(なりわい)に深く触れることが可能であるため、リピートにつながりやすい。また、直売所等、地域内の各種集客施設が連携して観光客を受け入れる体制を整えることにより、滞在中の消費が喚起され、域内経済にさらに大きな効果がもたらされる。
しかし、当該地域が滞在型の観光地として認知され、一定の地域ブランドを獲得するためには、地域内で面的に宿泊滞在拠点を整備・育成していく必要があり、複数のプレイヤーの事業参画が必須となってくる。
ここで、宿泊業への参画手段として、従来の農家民宿だけでなく、より開業のハードルが低い民泊が登場したことで、地域全体としての宿泊拠点整備が促進され、地域活性化の一助となることが期待できる。
最後に、本稿に関係が深いと考えられる2つの都市を紹介する。
(1)京都市
京都市は言わずと知れた日本有数の観光都市であり年間5,500万人の観光客が訪れる。5世界中から観光客を集めているエリアの外縁部は市街化調整区域であり(図表1中黄色部分)、前述の通り、農家民宿か民泊以外の手法で新たに宿泊サービスを提供することは不可能である。
当該地域が一丸となって、日本独自・京都独自の農村滞在型観光コンテンツ及び観光客受入体制の整備を進めることができれば、京都市中心部から比較的アクセスが良い立地特性も強みとなり、多くの観光客を呼び、大きな経済効果を生み出すポテンシャルを有する地域となることが予想される。
図表1 京都市の市街化区域・市街化調整区域の都市計画
(出所)京都市ホームページ
(2)奈良市
奈良市への観光入込客数は年間1,500万人を超えるが、宿泊率が低いこと、観光客の滞在時間が短いことなどが観光政策上の課題としてあげられる。6
当市における市街化調整区域は図表2の通りであり、東部の中山間地域のうち旧月ヶ瀬村と旧都祁村を除く全域が市街化調整区域である。
当地域内は、国宝「円成寺」や剣聖の里「柳生」などの豊富な歴史観光資源に恵まれるほか、大和茶やブランド米の生産地でもあるため、民泊新法を活用し、戦略的に宿泊環境を整備することができれば、市域全体の観光客動線及び観光コンテンツの多様化に資するであろう。
図表2 奈良市の市街化区域・市街化調整区域の都市計画
(出所)奈良市改訂都市計画マスタープランを一部加工
1 民泊新法において、サービス提供の事業主となる「住宅宿泊事業者」には「家主居住型」と「家主不在型」の2種類がある。
2 届出にあたっては消防法令適合通知書の提出が必要とされるため、消防法で定められる施設基準を遵守していることが必要とされ、宿泊室の面積によっては旅館施設と同等の設備が必要とされる。また、自治体によって合理的と認められる限度において、開業可能な地域や期間を制限している場合がある。
3 正確には、民泊新法施行以前からエリア限定、宿泊日数の下限設定などを要件とする「特区民泊」は存在した。(東京都大田区、大阪府等)
4 他にも宿泊室の面積制限等はあるが、農業者が自宅等を用いて開業しようとする農家民宿は、建築基準法上「住宅」として取り扱われ、市街化調整区域での開業が可能である。建築基準法上「住宅」として取り扱われない場合は原則、市街化調整区域では開業することができない。
5 京都市「平成28年京都市総合観光調査」より
6 奈良市「奈良市観光振興計画」(平成29年3月)等より
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