COP26で完成したパリ協定下における透明性枠組みの実施ルール全締約国が共通して使用する報告表を採択

2021/11/30 森本 高司
サステナビリティ
気候変動

1. はじめに

英国・グラスゴーで2021年10月31日から11月13日まで開催された第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)は、会期日程を1日延長した上で「グラスゴー気候合意(Glasgow Climate Pact)」を採択し、閉幕した。グラスゴー気候合意では、産業革命以降の気温上昇を1.5℃に抑える努力を追求することに合意し、「2℃を十分に下回る水準に抑制し、1.5℃に抑える努力を追求する」としていたパリ協定の長期気温目標と比べ、一歩踏み込んだ内容となった。また、採択の最終段階で中国およびインドの反対により表現が弱まったものの、削減対策を講じていない石炭火力発電の段階的削減と非効率な化石燃料への補助金の段階的廃止に向けた努力の加速が要請された。2℃ではなく1.5℃が目指すべき目標であり、その達成に向けて石炭を始めとした化石燃料からの早急な脱却が必要という方向性が世界的に共有されたと言える。

今回のCOP26では、このグラスゴー気候合意に加え、2018年のCOP24(ポーランド・カトヴィツェ)で決定したパリ協定の実施ルールのうち、未解決となっていた3つの要素(市場メカニズム(パリ協定第6条)、透明性枠組み(同第13条)、自国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution : NDC)の共通時間枠(同第4条10)の細則が採択された。このうち、透明性枠組み(温室効果ガス排出量や削減対策、途上国支援といった気候変動関連情報の報告と審査に関する制度)の実施ルールは、その大枠はCOP24で「モダリティ・手順・ガイドライン(MPGs)」として採択されたものの、各国が条約事務局に情報を報告する際に用いる報告表の様式や、各種報告書のアウトライン等の作成が宿題として残っていた。これらがCOP24後の2019年から約3年にわたる交渉を経て、今回のCOP26で合意に至った。

今回の合意によってパリ協定第13条下の透明性枠組みにおける実施ルールが完成し、実施段階に移行する。本稿では、この透明性枠組みの概要に触れつつ、今回のCOP26における主な合意内容を紹介する。

2. パリ協定における透明性枠組みの役割

パリ協定では、2℃ないし1.5℃目標の達成に向け、各国がNDC(いわゆる排出削減目標)を5年おきに提出することとなっている。各国は、それぞれのNDCの実施や達成に向けた進捗を2年おきに隔年透明性報告書(Biennial Transparency Report : BTR)で報告し、内容の審査を受ける。長期気温目標に向けた世界全体の進捗は、5年おきに実施されるグローバル・ストックテイクと呼ばれるプロセスで確認され、その結果を踏まえつつ各国は新たなNDCを作成する。これがパリ協定における一連のサイクルである(図表 1)。

図表 1 パリ協定における野心向上メカニズム

図 パリ協定における野心向上メカニズム

(出所:The Paris Agreement’s Ambition Mechanism – review processes and the global stocktake, Walters Tubua, UN Climate Change Secretariatを一部改変)

パリ協定下における各国の排出削減目標は、長期気温目標の達成に必要となる排出削減量からトップダウン的に割り当てられたものではなく、NDCの名前の通り、各国が自ら設定する。それゆえ、各国の排出削減目標が緩いレベルに留まる傾向がある。実際、条約事務局の分析によれば、各国の2030年排出削減目標が全て達成されたとしても今世紀末までに約2.7℃の上昇が見込まれ、長期気温目標は達成できないものと予測されている

1.5℃目標の達成には、各国がこの目標に整合した削減目標を設定し、その達成に向けた排出削減対策を確実に実施し、その進捗を的確に把握・報告し、グローバル・ストックテイクにおける世界的な進捗評価につなげるというサイクルを回していかねばならない。また、各国が作成するNDCは自国決定ゆえ、国によって目標のタイプやカバー範囲、達成評価の方法等が異なっていることから、各国の目標達成に向けた進捗や排出削減の取り組みを客観的に評価するためには、自らの排出削減目標がどのような内容で、自国の排出量がどのような状況にあり、どのような削減対策・施策を実施して目標を達成しようとしているのか等について、各国が透明性のある形で情報を公開していくことが求められる。

パリ協定では、各国における削減目標の達成可否に対する罰則が設けられていない。ゆえに、パリ協定の仕組みを機能させ、実効性のある形で世界全体の排出量を低減させていくためには、各国の取り組み状況を可視化し、世界全体の温室効果ガスの排出実態や将来見通しを提供する透明性枠組みが重要かつ不可欠な要素であると言える。

3. パリ協定下の透明性枠組みへの移行

温室効果ガス排出量や削減対策の実施状況等の情報に関する報告と審査に関する透明性枠組みは、パリ協定で初めて設けられたものではない。気候変動枠組条約の下で、「共通だが差異のある責任」の原則に則り、1990年代後半に先進国と途上国で異なる報告・審査制度が設けられ、今に至るまで長きにわたり運用されてきた。例えば先進国は、毎年4月15日までに1990年以降各年の温室効果ガス排出・吸収量を推計し、セクター別・ガス別の排出量を含む詳細な報告表と、その算定方法や背景データ等を詳説した報告書(国家年次温室効果ガスインベントリ)を条約事務局に提出する義務がある。また、2年に一度報告する隔年報告書(Biennial Report : BR)において、排出削減目標の達成に向けた進捗や対策・施策の概要、排出量の将来予測等の情報を報告しており、これら条約事務局に提出された各種報告書は、国際的な専門家から構成される専門家審査チームにより、その報告内容が精査されている。

一方、途上国には毎年の温室効果ガスインベントリの提出義務がなく、温室効果ガス排出量の情報は、2年に一度の報告が求められている隔年更新報告書(Biennial Update Report : BUR)のなかで、限られた年の排出量推計結果の報告が求められているのみである(しかも、2年に一度という報告頻度の規定を遵守し、2014年末の第1回BURの提出期限以降、計4回のBURをスケジュールどおり提出した国は、シンガポールの1か国のみである)。加えて、提出されたBURは、先進国のBRと同様に国際的な専門家によるチェックを受けるものの、その分析結果に基づく報告の改善が制度上求められていない。

このように途上国は、これまで毎年の温室効果ガス排出量を推計しておらず、かつ報告内容の改善に向けたインセンティブが弱かったゆえに、温室効果ガスの排出量算定に関する国内の法的・手続き的制度や組織体制の整備、人材育成、専門的知見の蓄積等が遅れており、正確なかつタイムリーな排出量算定や報告書の作成ができていない状況にある。

途上国の急激な経済発展に伴い、温室効果ガス排出量が急増している現状を踏まえると、世界全体の排出量を削減していくためには、途上国における排出量や削減対策の実施状況を適切に把握していく必要がある。この認識の下、2015年のCOP21で合意されたパリ協定では、先進国・途上国の差異を排除した全ての国に共通する単一の透明性枠組みが規定された(図表 2参照)。この新しい透明性枠組みの下で、各国は遅くとも2024年末までに第1回BTRを提出し、以後2年おきに同報告書を提出することとなっている。BTRの報告内容はCOP24で合意したMPGs(決定18/CMA.1)で規定されたが、途上国における能力的な制約を踏まえ、特定の報告要件への対応を猶予するなどの「柔軟性」が付与されているものの、温室効果ガス排出量や削減目標達成に向けた進捗等の報告・審査に対して、先進国・途上国の区別は設けられていない

図表 2 パリ協定下への透明性枠組みへの移行

図 パリ協定下への透明性枠組みへの移行

4. 報告様式の作成における論点

COP24(2018年)でのMPGs採択後、透明性枠組みの実施ルールにおいて残された要素は下記の5点である。これらについて、2019年以降、COP26での採択を目指して交渉が進められてきた。

  1. 温室効果ガス排出・吸収量の共通報告表
  2. NDCの実施・達成に向けた進捗に関する情報の共通表様式
  3. 資金・技術移転・能力開発の提供・受領に関する情報の共通表様式
  4. 隔年透明性報告書、国家インベントリ文書、技術専門家審査報告書のアウトライン
  5. 技術専門家審査に参加する技術専門家のためのトレーニングプログラム

本稿では、特にパリ協定下における温室効果ガス排出量の削減に関連が深い1.と2.の要素における論点に焦点を当てたい。1.は、各国が算定した温室効果ガス排出・吸収量データを条約事務局に提出する際に用いる報告表一式を指す。また、2.は、各国が提出したNDCの排出削減目標に向けた進捗やその達成を評価するために必要となる各種情報(NDCで対象とされている温室効果ガス排出量、LULUCF(土地利用、土地利用変化および林業)分野からの貢献量(吸収量)、排出削減クレジットの使用量等)などを提出する際に用いる報告様式を指す。これらについては、MPGsで規定された報告要素をいかに客観的かつ適切に報告する表を作成できるかが大きな論点であった。

パリ協定第13条およびMPGsの規定では、明確に先進国と途上国で役割が分かれている資金・技術移転・能力開発の支援に関する報告を除き、上述のとおり先進国・途上国の二分論は排除されている。しかし、途上国の現状に配慮した柔軟性条項が存在していることに加え、これまで長年にわたり継続されてきた先進国・途上国別の報告・審査制度の下で生まれた経験、能力、国内制度等の差は大きく、途上国には依然として先進国と全く同等の報告が求められることに対する強い抵抗感があった。加えて、これまで気候変動枠組条約や京都議定書の下での報告・審査制度において、自国の報告内容に対する第三者による客観的な審査を繰り返し経験してきた先進国に対し、途上国には同様の経験が蓄積されておらず、自国の詳細な排出量や対策・施策の進捗に関する情報を国際的につまびらかにし、客観的に評価されることに対する拒否反応もあったものと思われる。

途上国のこのような実情に過度に配慮し、温室効果ガス排出量の算定結果に関する報告表を簡素化したり、先進国・途上国間で報告方法に再び差異を設けてしまうと、報告される情報の詳細さや透明性が下がり、透明性枠組み自体の実効性が低下する。一方で、先進国が現行制度の下で使用している詳細な報告表を単純に移管しては、能力的な懸念を抱える途上国の反発を招き、合意が遠のく。枠組みの実効性と合意可能性の間のどこに着地点を探るのかがひとつの論点となった。

NDCの実施・達成に向けた進捗に関する情報の共通表様式に関しては、上記の点に加え、多種多様な各国のNDCに適用可能な共通表をどのように設計するかが論点となった。各国のNDCは自国決定であるがゆえ、各国の削減目標は、日本を含む先進国が採用している温室効果ガス総排出量の基準年比削減率といったタイプの目標だけでなく、特定のガスやセクターのみを対象としている目標や、なりゆきシナリオ(BAU)比での目標、GDPあたり排出量の削減率目標、再エネの導入率やシェアといった特定政策の定量的な目標、エネルギー効率規制の実施といった定性的な目標など、多岐にわたる。このような実情に鑑み、一部の途上国は、表形式ではなくグラフや文章を用いた自由度の高い報告形式を提案するなど、各国共通の報告表の使用に後ろ向きな姿勢が見られた。削減目標を自国が自由に決定するというNDCの概念はパリ協定の合意を可能とした重要な要素であったが、その進捗評価までフリーハンドとなると、客観的な評価が困難となり、透明性枠組みの実効性を弱体化させることになりかねない。これについても、実効性の担保と途上国における国情の配慮とのバランスの中で、適切な落としどころを探る必要があった。

また、NDCの実施・達成の評価には、パリ協定第6条下の市場メカニズムからの排出削減クレジット(ITMOs)を用いるケースがあるため、ITMOsの獲得量や移転量、排出削減量の相手国との二重計上を回避するための相当調整といった情報の報告欄を設ける必要があった。しかし、6条の交渉は同時並行で進められていることから、交渉プロセス上、当該部分をどのように作成するのかも論点のひとつであった。

5. COP26での交渉結果

4.に示した5つの要素については、2019年6月に開催された第50回補助機関会合(SBSTA 50)から議論が開始されたものの、2020年はコロナ禍により対面形式での交渉が開催されず、また技術的な作業を進めるための公式な追加会合も開催されなかったため、COP26前までの交渉の進捗は芳しくなく、合意を危ぶむ声も聞かれた。しかし今回のCOP26では、事前の懸念を払拭し、5つの要素が全て合意に到り、2016年から続いてきたパリ協定下の透明性枠組みに関する実施ルールの策定が完了した。

温室効果ガス排出・吸収量の共通報告表に関しては、詳細な報告表の使用に対する途上国の能力面での懸念に対処するため、報告表を作成するための報告ツールに対する定期的なトレーニングワークショップの開催や、透明性報告全体に対する途上国支援の強化が盛り込まれた。また、途上国に付与された柔軟性を適用した部分の報告については、表の行列構造は変更せず記号等を用いて報告を行うことを求めた先進国と、当該部分を含む表や行・列の削除を主張してきた途上国の妥協案として、表の構造は維持しつつも、柔軟性を適用した行や列を非表示とすることを可能とし、その旨の説明を付記する方法もひとつの選択肢として認められた。これらの措置により、全ての国が、現在先進国が使用している温室効果ガス排出・吸収量の報告表と同水準の報告表を用いて報告することで合意に到った

NDCの実施・達成に向けた進捗の報告表については、自国のNDCに該当しない部分を削除可能とすることで、多様なNDCに対応可能な各国共通の表形式を用いた報告が確保された。また、ITMOsの報告に関しては、6条に関する議題で検討された報告要素を暫定的に報告表案に配置し、6条のガイダンスが採択された場合はそのまま反映する(逆に採択されなかった場合は当該部分を削除する)という内容での最終案となった。最終的に、6条のガイダンスがパリ協定締約国会合(CMA)の閉会会合で採択され、NDCの実施・達成に向けた進捗の報告表も無事に完成した(図表 3)。

図表 3 NDCの実施・達成に向けた進捗の報告表の概要(一部割愛)

図 NDCの実施・達成に向けた進捗の報告表の概要

(出所)Guidance operationalizing the modalities, procedures and guidelines for the enhanced transparency framework referred to in Article 13 of the Paris Agreement, Annex II Common tabular formats for the electronic reporting of the information necessary to track progress made in implementing and achieving nationally determined contributions under Article 4 of the Paris Agreement, 4. Structured summary: Tracking progress made in implementing and achieving the NDC under Article 4 of the Paris Agreement
<https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma3_auv_5_transparency_0.pdf>より作成

今回のCOP26をもって、全ての国が共通の報告表を用いて報告する仕組みが確立した。透明性枠組みの実効性が担保された形となったことは、今回のCOP26における大きな成果のひとつと言えよう。

6. 終わりに

実施ルールの交渉が終わり、パリ協定は実施段階に移行することとなる。図表 1に示したパリ協定における野心向上メカニズムを有効に機能させるためには、国際的な透明性枠組みの下、自国の温室効果ガス排出・吸収量を正確に把握し、客観的なデータに基づく効果的かつ適切な排出削減対策を立案・実施し、排出削減目標の達成に向けた進捗を評価していく仕組みを、各国が自国内で構築していく必要がある。アジア地域唯一の先進国として気候変動枠組条約および京都議定書の下で報告を行ってきた日本は、温室効果ガス排出・吸収量の正確な算定・報告や削減対策・施策の進捗評価、およびそれらに関連する国内体制や背景データの整備等に関する経験ならびに専門的知見を有している。今後急速な経済成長が見込まれるアジア各国における温室効果ガス排出量の大幅削減は、1.5℃目標の達成に向けた重要な鍵であり、アジア各国における透明性枠組みへの対応と削減対策実施の強化に向け、日本が積極的にノウハウを共有していくことが求められるだろう。


i Glasgow Climate Pact <https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma3_auv_2_cover%20decision.pdf>

Modalities, procedures and guidelines for the transparency framework for action and support referred to in Article 13 of the Paris Agreement (Decision 18/CMA.1) < https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2018_3_add2_new_advance.pdf>

NDC Synthesis Report (UNFCCC), < https://unfccc.int/process-and-meetings/the-paris-agreement/nationally-determined-contributions-ndcs/nationally-determined-contributions-ndcs/ndc-synthesis-report>

ただし、後発開発途上国(LDC)、小島嶼開発途上国(SIDS)といった小国に対しては、BTRの報告頻度を自主裁量とするなど、一定の配慮がなされている。

パリ協定下の透明性枠組みにおけるBTRの提出と審査においては先進国と途上国の区別はないが、気候変動枠組条約の下で先進国(附属書I国)に課されている毎年の温室効果ガスインベントリの提出義務と国別報告書に対する詳細審査は継続される。

LMDC Informal Note on Methodological Issues under the Paris Agreement for Transparency (June 2021) <https://www4.unfccc.int/sites/SubmissionsStaging/Documents/202106081419—LMDC%20Transparency%20Informal%20Submission%20Option%202%20Structured%20Summary.pdf

Guidance operationalizing the modalities, procedures and guidelines for the enhanced transparency framework referred to in Article 13 of the Paris Agreement.< https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma3_auv_5_transparency_0.pdf>

行・列の削除ではなく「非表示」であり、再表示が可能。

Common Reporting Tables (CRT) on NIRs <https://unfccc.int/documents/311076>

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