「地域を魅せる」ユニークベニューを活用した小規模MICEの事例MICEの裾野拡大に向けた「ユニークベニュー」の再定義(5)

2022/05/27 前河 一華
MICE
観光
地方創生

前稿(第4部)では、地域におけるMICE誘致を念頭に「ユニークベニュー」を再定義し、従来とは異なり、地域側の視点に立った上での、地域特性の発揮や特別感の演出に寄与するユニークベニューのあり方について提案を行った。本稿では、実際にこのような施設で行われているMICEの実態や、地域にもたらす効果について、事例を交えて紹介する。

従来のユニークベニューは、地域外から訪れる人々(MICE主催者、参加者)から見た対外的な価値を武器として、MICEの誘致や実施において重要な役割を担っていた。一方で、今回の再定義においては、地域内で受け入れる人々(施設運営者や地域住民など)側の視点に立って、地域が大切にしている物語や雰囲気、空間などの価値を重視し、それらを伝える手段としてのユニークベニューおよびMICEのあり方を提案している。

再定義は、地域イメージの発信と、地域の人々が大切にしている空間の活用という2つの視点で行っており、それぞれの代表的な事例について紹介する。なお、いずれの事例もコロナショック前の令和元(2019)年時点での状況に基づいてとりまとめている。

図表 ユニークベニューの再定義とその代表例

再定義の視点 ユニークベニューの性質 代表例
地域イメージの発信 ユニークベニューを通じて、地域固有のイメージを発信し、参加者により深く地域イメージを体感していただくことで、地域イメージの強化に結び付ける。 神戸酒心館(兵庫県神戸市)
地域の人々が大切にしている空間の活用 地域の人々にとって大切な空間をユニークベニューと捉えて活用し、その良さを分かち合える共感者を見つけることで、価値の再認識やコミュニティの拡大に結び付ける。 Ueda Village(岡山県真庭市)

1.地域イメージを発信し強化するユニークベニューの例

地域側が捉えている価値としてはまず、対外的にも発信力を持つ、その地域固有のイメージが挙げられる。ユニークベニューを通じて地域イメージを発信し、MICEによって体感、体験することで対外的な認知度を高め、深めることが可能であると考えられる。地域イメージは、例えば代表的な産業や特産品、著名な観光資源、地域出身の著名人や舞台となっている文学作品などさまざまなものがあると考えられるが、日本酒の酒どころとして有名な灘(灘五郷)において、そのイメージを存分に魅せるMICEを実践している「神戸酒心館(兵庫県神戸市)」の事例を紹介する。

神戸酒心館は、蔵を改築して造られたホールの他、見学可能な酒造施設、市場に出回らない生酒などを含むさまざまな製品の試飲スペース、日本酒に合う食事が楽しめるレストランなどを併設している。今の施設形態になったのは平成9(1997)年のことであるが、日本酒生産量が全国的に減少傾向である中、小規模な会社は生産量が限られており、全国に出荷して認知してもらうのは難しいため、実際に足を運んでもらい、日本酒を知り、楽しんでもらうことが酒蔵の存続に繋がるのではないかとの考えが基になっている。

開館当初は、自主公演などを行っていたが、採算が取れず、貸しホール、ウェディングと事業の幅を広げていき、さらには法人営業に着手したところ、MICEでの施設活用が広がりを見せていった。MICEとしての活用は、主催者や関係者の「一目惚れ」に端を発していることが多い。例えば、外資系企業の社員研修の一環で、伝統産業施設見学として酒造見学およびレストランの利用が定期的に行われているが、これは、平成29(2017)年に関係者が一人で酒造見学に訪れたことがきっかけとなっている。また、ある大学の先生が個人的に訪れたことが契機となり、その先生の伝手で、現在医療系の学会が頻繁に開催されており、コアなファンの獲得が、地域イメージの発信と強化につながっていることが分かる。

図表 神戸酒心館の様子

神戸酒心館の様子1
神戸酒心館の様子2

2.地域の人々が大切にしている空間を活用したユニークベニューの例

次に、地域側が捉えている価値として、人々が心の拠り所としている原風景や居場所が挙げられる。この価値は万人に受け入れられるものではなくとも、このような空間で体感できるノスタルジーは誰かの共感を呼び、地域側の価値の再認識や、地域外の人々を含めたコミュニティの拡大につながる可能性がある。地域住民に愛され、心の拠り所となるような空間として、青春時代を過ごした学校や、日頃から通っている商店街、仲間と集う公民館などさまざまなものが考えられるが、今回は、役割を終えて地域のコミュニティ拠点となった小学校が、MICEにおいても活用され始めている、「Ueda Village(岡山県真庭市)」の事例を紹介する。

Ueda Villageは、平成23(2011)年4月から休校、その後廃校となった旧上田小学校を改築し、平成31(2019)年4月に開業した施設であり、イベントスペースとして利用される八角堂や、音楽室の雰囲気をそのまま残したゲストハウス、元職員室のカフェなどを備えている。旧上田小学校は、休校になって以降は地域の集まりの場として利用されていたものの、利用を継続するためには多額の経費の支払いが生じるという問題に直面した。持続的な形で地域の拠点を残したいという住民たちの強い想いから、真庭市内を中心にさまざまな地域課題の解決に取り組んでいた、一般社団法人地域支援機構サトビトの沼本代表が、施設の再生および運営を引き受けることとなった。

これまでにUeda Villageでは、地元行政および大学関係の会議や、研修プログラムなどを受け入れてきた。参加者からは、「都会ではないものの、田舎過ぎるわけでもない」日本の原風景が、高評価を得ており、地域住民も、若い世代が地域に訪れるようになったことについて好意的に捉えている人が多い。今後は、施設関係者にベンチャー企業の社長が複数名いることを踏まえ、企業の新入社員研修の場として活用していくことが検討されており、MICEの実施により施設や地域のファンがさらに増え、共感者のコミュニティが拡大していくことが期待される。

図表 Ueda Villageの様子

Ueda Villageの様子1

3.プチMICEにおいて「地域を魅せる」ユニークベニューがもたらす効果

本稿では、ユニークベニューを通じた地域イメージの発信によって、イメージの強化を図るMICEや、地域の大切なものをユニークベニューと捉え、その価値を再認識し強化するMICEの実施事例を見てきた。以下では、再定義したユニークベニューがMICEそのものや地域にもたらす効果について、得られた示唆を整理する。

(1)地域イメージの発信によるシビックプライドの向上

通常、MICEの推進にあたっては、受け入れる地域側のメリットが見えにくく、地域の事業者や住民の理解を得にくいことが障壁となりやすいため、経済波及効果の算出および開示などによって理解促進に努めることが多い。今回提案するMICEにおいては、神戸酒心館の例のように、地域の強みであるイメージを活用し、その価値を広めることで、地域が望ましいと考える方向性で地域のブランド力を高めていくこととなる。そのため、地域のイメージアップによる住民のシビックプライドの向上が期待でき、地域理解の得やすいMICEを開催できると考えられる。

(2)地域の人々が大切にしている空間の活用による、共感・共有を呼ぶコミュニケーションの創出

従来のユニークベニューにおいては、その対外的な価値基準と照らし合わせた唯一性などに重きが置かれ、参加者に非日常感をもたらすものが主であった。一方で、再定義によるユニークベニューは、Ueda Villageの事例のように、地域側の捉える価値に共感した人がMICEの主催者や参加者となり、活用されている。このように、地域やユニークベニューの所有者と、主催者による価値観の共有が前提になっているからこそ、MICEというコミュニケーションの場で重視される、主催者と参加者、そして参加者同士における「共感」が得られやすいと考えられる。

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