ポストコロナ時代の災害時避難所運営生活環境改善・感染症対策・在宅避難者支援のあり方
避難所運営に求められる機能の変化
災害時の避難所運営については、昨今は人道的な配慮が求められるようになってきており、災害の被災者や紛争による難民などの人々の権利や、支援活動の基準を定めた「人道憲章と人道支援における最低基準」(スフィア基準)ⅰを参照する動向がみられる。地方公共団体等においても、このスフィア基準に基づいて「災害や紛争における人道支援の質および影響を受けた人びとへの、人道支援活動の説明責任を向上させる」ことを目的とした避難所運営のあり方が重要となってきている。さらに、近年における災害の頻発化・激甚化とそれに伴う避難生活の長期化に加えて、要配慮者への対応の必要性、被災者の生活再建の迅速化への要請の高まり、新型コロナウイルス感染症対策の必要性といった社会情勢の変化を踏まえて、人道的な生活環境の整備が着目されている。これらの整備を実現するため、地方公共団体が開設する避難所において実施すべき取組内容の具体的な検討や、取組を実現するための専門人材との連携、資機材の確保、関連団体との協定締結などが進んでいる。
内閣府事例集と避難所運営の3つの視点
こうした背景を踏まえ、令和4年7月に、内閣府(防災担当)より「避難所における生活環境の改善および新型コロナ感染症対策等の取組事例集」ⅱが公開された。災害の避難所運営に係る先進的な取組事例が類型別および最近の災害対応にあたった自治体別に掲載されている。
本稿では、本事例集の内容を踏まえながら、①生活環境改善、②新型コロナウイルス感染症対策、③在宅避難者・車中避難者支援の3つの視点で、今後新たに取組が望まれる点を概説する。
生活環境改善について
避難所においては、被災者の心身の安全の確保のみならず、短中期的な肉体的・精神的疲労に配慮した環境整備を行い、生活再建への円滑な移行につなげることが望まれる。このとき、スフィア基準やその対応指針がまとめられたスフィアハンドブックでも技術的な対処として示されているように、ウェルビーイングの向上を目的とし、衛生環境の改善、食料安全保障の確保、居住スペース確保・家庭用品の提供、脆弱性の高い人々への配慮に加えて、情報通信の確保についても新たに取り組んでいく必要があると考えられる。
衛生環境の改善
避難所の衛生環境の維持を見てみると、特にトイレ周辺環境は生活衛生に影響を与えると考えられている。そこで、既存施設等のトイレが使用できない事態に備え、携帯トイレの備蓄のみならず、マンホールトイレの設置・トイレトレーラーの派遣など、衛生環境を管理できる資機材の導入が望まれる。こうしたニーズを受けて、整備・管理計画を立案し、設備導入予算を確保する自治体(東松島市)も見られる。
食料安全保障
食料安全保障については、備蓄・救援物資による提供が進められてきた。さらに人々のウェルビーイングを向上させるためには、寒冷地等における温かい食事の提供などが望ましい。事例集でも、企業・関連団体との連携による弁当等の提供(神戸市、和歌山県)、学校給食室のガス設備等の活用(福井市)、キッチンカー利用などによって実施されている例が紹介されている。
居住スペース確保・家庭用品の提供
避難所の設置・運営にあたっては、スフィアハンドブックにおいて、居住スペースの確保と、家庭用品の提供が技術的対応として記載されている。
居住スペースについては、一定面積の配分による居住性の確保とプライバシー配慮が求められる。体育館などの屋内一室においてこうした配慮を実現するために、先進事例では、簡易に組み立てられる段ボールベッド(人吉市、雲仙市)・パーティションや簡易テントの活用が紹介されており、事業者との連携等で比較的容易に導入できるとされている。さらに、人々のウェルビーイングの向上のために、快適性を確保する室温管理も重要とされており、特に季節による気温・湿度変化が激しい我が国においては、最新の例ではLPガス・都市ガス利用による避難所の空調設備設置(箕面市、江戸川区)や、救援物資でのスポットクーラー設置(広島市)が行われている。
家庭用品の提供については、備蓄・避難物資での支援が行われてきたが、多様なニーズを踏まえた上での備蓄計画策定による計画的な運用・改善(北上市)や、協定締結による事前準備などが望まれる。また、提供の際に、ジェンダー等の人道性に配慮して、受けた物資の内容を秘匿できるように配慮する取組(北上市)も行われている。
脆弱性の高い人々への配慮
上記のような衣食住の環境整備に加えて、スフィアハンドブックでアセスメントが求められている脆弱性の高い人々への配慮も必要である。避難者には子ども、高齢者、ジェンダー、障害者など、多様かつ脆弱な避難者がみられる。地域における避難者の多様性を分析したうえでのニーズへの対応が求められており、先進事例では、要配慮者対応(大町町)、妊婦・乳幼児の専用避難所の確保(文京区)や、外国人向けの平時からの案内、子どもの居場所づくり(人吉市)、ペット同伴の容認・対応(熊本市、京都市)など、地域の多様なニーズへの対策が行われている。
情報通信の確保
これまで見てきたヒト・モノに着目した取組に加え、スフィアハンドブックには指摘がないものの、我が国においては避難生活および生活再建にあたって情報の提供・取得が重要であり、生活に不可欠なライフラインとして、昨今は通信環境の整備・提供が求められている。このため、先進事例では、通信端末として避難者が利用する携帯電話等のための電源確保について検討されており、太陽光発電(さいたま市)、電気自動車派遣(神戸市)、バイオマス発電(足寄町)などの再生可能エネルギー等の活用が行われている。
以上のような生活環境改善は、自治体のリソース・ノウハウだけでは実現が難しいため、外部機関・専門家との連携は不可欠であり、社会福祉協議会・NPOとの連携、協定締結、協議体の設置など、専門知見を避難所運営に反映する取組が望まれる。
新型コロナウイルス感染症対策
新型コロナウイルス感染症対策については、受付時の検温・消毒、3密回避など、感染者の把握・区分・隔離と、感染拡大予防策がとられている。こうした基本的な対策のうち、スペース確保・レイアウト例ⅲ、Q&Aⅳ、取組事例集ⅴなどについて、内閣府(防災担当)から通知が発出されているが、より具体的かつ効果的な対策の実施のために、専門的な知見を活用できるよう、保健師・保健所との連携が有効である。さらには、運営の実現可能性・実効性の向上のために、関係機関と連携して避難所運営会議を定期的に開催し、その中で課題の共有やマニュアルの改訂、訓練に取り組むことが望ましい。
こうした運営面での管理に加えて、避難所のキャパシティーの確保と運営の多元化も有効である。事例集でも、ホテル・旅館等の宿泊施設利用のための協定締結・補助金制度(熊本県、江戸川区)など、指定避難所以外の利用に関する取組が行われている。
在宅避難者・車中避難者の支援
在宅避難者・車中避難者に関しては、自助での対応とみなされ、これまで被災・避難状況の把握と情報提供が難しかったことから、具体的な支援策につなげることができていなかった。しかし、新型コロナウイルス感染症蔓延に伴い在宅避難が推奨されていたこともあり、在宅避難者・車中避難者が増加し、より支援の必要性が広範化していることから、計画的な支援を行う観点で、在宅避難者の情報収集から積極的な対応をとることが望まれる。具体的には、保健師・行政職員や自治会メンバー協働での巡回訪問(人吉市)を行うほか、車中避難者のための避難用駐車場の確保等支援指針・注意事項(群馬県、京都府)などを周知する事例も見られ、共助・公助での支援が必要である。
地方公共団体の取組の工夫とノウハウの蓄積の重要性
今後の災害時の避難所運営にあたっては、上記の3つの視点に基づく対策が望まれる。しかし、地方公共団体によっては人員・資機材・予算等の資源の制約があり、十分な対策が講じられない場合もある。そこで、取組事例集にも掲載されている通り、小規模自治体であってもスモールスタートで外部組織と連携しながら取り組むための工夫を施すことが重要である。地方公共団体でのノウハウ蓄積が進み、全国的に避難所運営の品質向上につながることが期待される。
地方公共団体の避難所運営において今後望まれる取組の3つの視点・内容
取組の視点 | 取組内容 |
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避難所の生活環境改善 | 〇衛生環境の改善
〇食料安全保障
〇居住スペース確保・家庭用品の提供
〇脆弱性の高い人々への配慮
〇情報通信の確保
以上を実現するための関係機関連携(社協・NPO連携) |
新型コロナウイルス感染症対策 |
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在宅避難者・車中避難者の支援 |
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ⅰ スフィア基準は対応指針も含め「スフィアハンドブック」として、1997年に初版、以降2004年第2版、2011年第3版、2018年第4版が公開されている。
「スフィアハンドブック(第4版)」
ⅱ 内閣府「避難所における生活環境の改善および新型コロナ感染症対策等の取組事例集」(令和4年7月)
ⅲ 内閣府「新型コロナウイルス感染症対策に配慮した避難所運営のポイント(第2版)」
ⅳ 内閣府「避難所における新型コロナウイルス感染症への対応に関するQ&A集(第2版)」(令和2年7月6日)
ⅴ 内閣府「避難所における新型コロナウイルス感染症対策等の取組事例集」(令和3年5月)
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